イタリアでも米国の原子力潜水艦の配備・寄港問題があるようです。この原潜には核弾頭付きの巡航ミサイル「トマホーク」が常時搭載されているそうですが、地元のイタリアではそれほどの騒ぎにはなっていないとか。お国柄の違い、核兵器に対する受け止め方の違いがあるのでしょうが、一応ご参考までに。

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イタリア:旧米軍基地の島 原潜寄港は公然の密約 軍頼みの歴史
(2009/08/27 毎日新聞) 

 みんなの密約、あからさまな密約--。72年から08年まで35年余りにわたり米原子力潜水艦がイタリアにある米海軍基地に配備された。その根拠となった米国との密約をめぐるイタリア政府、メディア、国民の反応は、日本とは違う。「事実上の米国の植民地だし」(軍事評論家)といった声も聞かれる。そこには、核や米軍に対する打算ともとれる意識が見える。【マッダレーナ(イタリア西部)で藤原章生】

 ◆2600人駐留

 地中海に浮かぶサルデーニャ島とコルシカ島の間に小さなマッダレーナ島がある。今年の主要8カ国首脳会議(サミット)の開催地が今年4月、急きょ震災の被災地ラクイラに変更されるまで、会場として準備が進んでいた島だ。その沖合にあるのがサントステファノ島。ここに、米軍基地があった。

 基地の目的は米第6艦隊の原潜・ハートフォードなどの停泊で、多い時で米兵や家族2600人が駐留した。

 「米軍が出ていくまで、近付けなかった」。そう語る漁師の青年に船外機付きボートで島を回ってもらった。1周するのに20分。花こう岩と低木で覆われた丘のような島の岸辺にはコンクリートむき出しの平屋の倉庫が並び、脇には事務所風の新しい2階建てがある。狙撃者が顔を出しそうな小窓が並ぶ高台の監視棟も見える。高さ30メートルほどの電波塔と周囲を隔てる高さ3メートルほどの厚い壁を除けば、製造業の事業所のように見える。

 現在はイタリア海軍が所有し、日々見回りに来るが、もぬけの殻という。

 ◆住民は不快感

 「原潜は突如現れ、1週間ほど停泊すると去る。その繰り返しだった。地元民を160人ほど雇ったから、大きな声では言えなかったが、住民はみな不快だった。72年の基地開設も03年の海底衝突事故(地元の被害なし)も、しばらく後に外の報道で知らされた。政府は『国家機密』の一点張りだった」。マッダレーナ島出身の記者、アンドレア・ニエドゥさん(70)が話す。

 基地開設は72年8月、米ニクソン政権とイタリアのアンドレオッティ政権との密約で決まった。法令上は51年制定の米相互安全保障法に根ざした54年調印の2国間基盤整備協定に基づいたものだった。両政府はこれを発表せず、ソ連(当時)の共産党機関紙「プラウダ」が72年10月12日付記事で初めてその存在を明かした。

 「当時、マッダレーナの住民の反応は是でも非でもなく、ただ受け身だった。深刻さがわからなかった」。島出身で「原子力基地--マッダレーナ・サントステファノ」(08年)など島の軍事史を著した伊法務省教育担当官のサルバトーレ・サンナさん(64)は語る。

 島は1767年、サルデーニャ王国の軍事基地となり、19世紀初頭にネルソン提督の英海軍を迎えた。1880年から伊海軍が駐留するようになった。「島の経済は常に軍頼り。1970年ごろ、伊海軍が減り続け、米軍到来で暮らしが良くなると思う者も多かった」

 米ソ冷戦下の72年はデタントと呼ばれる緊張緩和に入った時期でもある。「地中海の原潜配備は、ソ連が基地を築いた北アフリカに対する威嚇の意味もあったが、むしろ、当時、共産圏に柔軟な姿勢を見せていたイタリアに対する米軍のプレゼンスという意味合いも強かった」とサンナさんはみる。

 ◇「今も植民地状態」 「憲法さえも無視できる、この国の現実」
 サルデーニャの左派団体らを中心に、原潜基地への反対運動が盛り上がるのは80年代だ。81年、マッダレーナ市は政府に「原潜の接近阻止」を陳情したが返答はなかった。87年、本島は署名運動で国民投票を呼びかけたが、実現しなかった。

 政府は80年代まで、米軍基地の存在も認めていなかった。

 「島に米軍基地はない。潜水艦の支援船が係留するだけだ」「私、外相の発言を疑うべきではない。閣僚が言う事は事実だ」(72年、メディチ外相)

 「基地はイタリア海軍のものであり、北大西洋条約機構(NATO)の下、加盟国に設備を利用させているだけ。米艦が係留する地点もある」「(伝えられるような)核ミサイルや原潜はイタリア領にはない」(85年、スパドリーニ国防相)

 だが、その国防相が同じ年、ヌオバ・サルデーニャ紙にこう漏らしている。「地中海のどこかで爆発するかもしれない原潜を、レーガン米大統領が配備するのを、私が阻止することなどできない」

 核弾頭付きの巡航ミサイル「トマホーク」34基の島への配備が米軍資料で明るみに出た88年には、ザンベルレッティ災害救助相(当時)がこう発言した。「マッダレーナ周辺での(米軍の)緊急計画はあるが公表できない。密約だからだ」

 現外務省に密約に関する資料を求めると、「米軍基地についての密約は我々の担当ではなく国防省だ」と言いつつも、こんな資料ならと反核団体がまとめた原潜基地や事故の資料を送ってきた。

 匿名を求める国防省の広報司令官は「2国間の密約や島の原潜基地についての資料はない。あったとしても、密約についてのものは残さないようにしている」と語った。

 議会でも閣僚がよく使う「密約」という言葉が公表を阻む一つの言い訳になっている。海軍関係者は「密約は61年制定の軍事顧問派遣に関する伊米協定に基づいたもの」と語り、軍事機密に関する「1161法(41年制定)」の下、その隠匿は合法だと言う。

 米国との密約の存否が問題となる日本とは違い、イタリア政府は密約を認め、だからこそ公表できないという。これは、現在、北部に推定で70~90基配備されている米軍核兵器についても同じだ。憲法80条はすべての国際協定に議会の承認が必要とうたうが、原潜や米軍の核兵器についての議決はなく議論もほとんどない。

 「国際原子力機関(IAEA)は核搭載船は爆発物、可燃物保管所の近くに停泊してはならない、としているが、近くではなくイタリア軍の武器庫と密着状態だった」と、サンナさんは振り返る。

 他にも、滞在許可証のない軍人やその家族が基地に出入りし、米国旗が基地や軍艦に常にあった、という。

 「米国との密約なら憲法さえも無視できる、というのがこの国の現実だ。それをほとんどの人々が議論しない。それがイタリアの問題なんです」

 そんな国民意識について軍事評論家のディジョバンニさん(43)はこう話す。「米軍は44年にローマをナチスから解放して以来、一度も立ち去らない。軍事的には今も植民地状態と言える。それがわかってるから、誰も文句を言わないんだ」