姉のコントロール

テーマ:

父に指示を出す姉は、13年前からヘルパーの仕事をしています。

10年ほど前、姉が、 ヘルパーの仕事について「面白い」 と私に言ったことがありました。

 

当時、在宅訪問でお年寄りの介護をしていた姉に、何が面白いの?と私が聞くと、

 

「(訪問先のお年寄りが)私の言うことを聞くから」

 

「私が映画監督で、(訪問先のお年寄りが)その指示通りに動くのが、面白い」

 

姉は笑いながら姉の訪問先で行っている実態を漏らしたのですが、そのことがあまりにも強烈過ぎたので私は今でも忘れられません。

 

姉は自分の夫に対しても、「とりあえず、(私の)言うこと聞いてくれるからいい。」 と、笑いながら言ったことがありました。

 

これらのことは弱い人をコントロールするのが好きな姉の性格をよく表していると思います。

 

父のことを書いてみます。

 父は偉ぶってはいましたが、若い時から母に生活のほとんどのことを任せていました。

子供のことも家庭のことも自分で考えることはせず、結局は母に任せて母の決断に従っていた父。

一人では何も出来ない人でした。

 

母が亡くなった今、 高齢である父には頼るところがないわけですから、私の姉にすがるしかありません。

父の性格やこれまでの父の行動パターンを利用して、姉は父に指示をだす。

 

そして、「 ハイ、分かりました。」と姉の支指示通りに動くしかない父。

二人のやりとりしているパターンは二人の性格そのままで、私には見え見えで滑稽に思えるくらいです。

 

偶然 聞くことの出来た、姉が父に認知症検査の指示した電話内容から姉 は父だけでなく母までも仕切っていることが分かりました。

 

父が認知症の診断を受け、罪をなかったことにするための言い逃れをすることも、姉のシナリオ通り。

姉の性格を知る私としては姉が関与していると思えば、全ての辻褄が合うのです。

 

父が私にした虐待を認めたくても、姉が認めさせない…

姉の勝気な性格を思うと、そんな構図も想像出来てしまいます。

 

幼い時から感じていた姉の冷たさは、例えばこんなところから。

 

記憶で覚えている限り遡ってみると、私が2歳頃の写真の顔を12歳の姉は、私が嫌いだからとペンで塗り潰したこともありました。

 

それから姉の嫌がらせはずっと続き、私が小学2年生のころには、私はとうとう我慢が出来なくなって自分の顔を塗りつぶされた写真を見ながら泣いた事がありました。

姉は泣いている私を見ても謝りもせず、その嫌がらせは私が12才になるごろまで続きました。

 

他に、姉は町内の私と同世代のよその子とは楽しく遊ぶのに、私はそこにいないかのように私を無視した態度をされました。

そして、姉はよその子と楽しんでいる様子を私の前で見せびらかすようにしていました。

 

これも私が小学2年生の頃、姉に遊んでと言ったら、「遊んで欲しかったら300円払って」と真顔で言われたこともありました。

私はお小遣いで溜めていた300円を払って、姉に相手をしてもらいました。

 

大人になってからは、私が付き合っていたDV相手との辛い日々を姉に話しても、アドバイスをくれるどころか、「あんた、あほやなぁ・・」と冷ややかに笑い飛ばした姉。

 

その頃の私は、姉から冷たい目を向けられてバカにされていても、姉が私の方を向いてくれている味方と錯覚していました。

姉は私が他に相談できる人がいないことを知っていて、その弱みを利用し私をコントロールしていました。

 

でも、今冷静に思えばそれは私をバカにしていただけ。

私も父と母がしていたように、姉を怒らせないように機嫌をとる様に、コントロールされていただけ。

 

昔から姉は家族をコントロールしていた人でした。

父が罪を認めたくても姉にたてつくと他に頼る人もいないのでできないのでしょう。

 

ようやく姉からのコントロールから、目覚めた私だから分かります。

父が私にした虐待を認めたくても、姉が認めさせない‥ 姉の家族に対しての昔からの支配欲、心の無い冷たさを思うと、そんな構図も想像出来てしまいます。

 

認知症を利用する父、それを指示する姉。

姉が父の罪を100%無実と信じているなら、あのタイミングで認知症の検査を受けてくるようになんて指示を出さないのではないでしょうか。

 

そして認知症検査を、あのタイミングで受けさせたことは、姉が父の罪を 隠そうとしているということではないでしょうか。

 

姉と父、二人がしている誤魔化しの矛盾を、私はどんなに時間をかけてでも必ず明かしていきます。

 

 

 

AD