「父ちゃん、今回の『母ちゃんクイズ』の解答状況はあれからどうだえ?」
「現在おひとり様だけだよ」
「うみゅみゅみゅみゅ〜ッ
」
「か、癇癪を起こすんじゃありません
」
「父ちゃんッ❗️何をボヤッとしてるんだえッ?さっさと第3ヒントを出さないかッ
」
「無駄だと思うけどなぁ•••」
「何か言ったかえッ
」
「いえ、何も•••
」
「今回の『母ちゃんクイズ』の問題は以下の通りとなっています」
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「父ちゃん、今週の『母ちゃんクイズ』は『武家屋敷当てクイズ』にしよう♪」
「武家屋敷の画像はほとんど無いぞ」
「うんにゃ•••」
と、大きく首を横に振った母ちゃん。
「父ちゃんのスマホに入ってる画像を検閲したら2箇所ほどあったよう。今回はその2箇所をみなさんに当てていただくことにしよう❗️」
「○○家屋敷跡とか当ててもらうのか?」
「そこまでは難しいだろうし、それほど規模の武家屋敷が並んでいるところも無いから画像を見てもらって『地名を当てていただく』こととする」
「地名?市町村名か?」
「それでも構わないし、旧地名として残る通称でも構わないよう♪」
「例えば昔の宿場町だったところで言えば『中山道の浦和宿は現代では長いあいだ埼玉県浦和市だったけど現在では大宮市や与野市、岩槻市と合併して埼玉県さいたま市になっている』から答えは浦和市でもさいたま市でも構わないということか?」
「その通り❗️」
「なるほど」
「父ちゃん、ボヤッとしてないで早く出題画像を貼り付けておくれよう❗️」
問題
「以下のA群•B群それぞれの画像を見て『地名』を答えよ❗️解答はいつものようにこの父ちゃんブログへのコメントまたはメッセージで答えていただくが、コメントの公開と返信は締切後の正解発表後とさせていただく。締切は本日(10月28日土曜日)20時00分とする❗️」
「か、母ちゃん•••学校の試験や国家試験じゃないんだから『上から目線』で出題するのはおやめなさい
」
「あはは♪」
A群
A群のヒントです。
最寄駅です•••というより最寄駅でした。現在では路線が廃止されているので駅ではありません。
私鉄の駅でしたが、かつては国鉄の急行列車が乗り入れてきてこの駅にも停車していました。
この武家屋敷跡がある城下町の藩祖は歴女のみなさんに「人気の武将」の兄です。
A群の第2ヒントです
前述した国鉄の急行列車はこの形式の車両が乗り入れてきていました。11両編成のうち付属の3両編成が国鉄の路線との接続駅で切り離されて乗り入れてきていたのです。
「あちらこちらで見かけたからわからない❗️」
いえいえ、開発•製造された目的からわりと限定された地域で活躍していました。車両の特徴をご覧になると鉄道が好きな方にはピンと来るかも?
※この車両の撮影場所は解答とは関係の無い場所での撮影です。
○○城跡です。このお城のルーツを遡るとここに築城するための縄張りを張ったのはかの武田信玄の軍師と伝えられる山本勘助だとの説も•••。
A群の第3ヒントです。
この方がこの城下町がある◯◯藩の藩祖です。優秀な政治力があり、この時代としては驚くほどの長命を保ちました。
武家屋敷の他、藩主が母親のために建てた◯◯邸や文武学校などが残ります。これらは観光施設として内部を見学することもできます。
第二次世界大戦中、この地に大本営を移す計画もありました。
B群
B群のヒントです。
こちらは最寄駅の駅舎にあった絵の部分を拡大した画像です。
美人さんが多そうですね。
B群の第2ヒントです。
○○駅に停車しているのは第3セクター鉄道の車両ですが、元を辿ると国鉄のローカル線でした。この駅から内陸地域の山間部へと進みます。△△マ◯ギの里を通ります。国鉄時代の路線名にはこの△△に入る文字が含まれていました。
こちらも同じ駅です。わかるかなぁ•••?
B群の第3ヒントです。
左上の御幼君はのちの殿様、右でおっぱいを飲んでる赤ちゃんはこの地の生まれです。後に藩主の家臣となり、ここを訪れた平賀源内に見出され、解体新書の図を描いたことでも有名なこの赤ちゃんは長じて藩主にも絵を教えるほどとなり◯◯蘭画を打ち立てました。
「よし。父ちゃん御苦労❗️ヒントはここまでとしよう」
「前述した通り地名でお答えいただければ十分ですが、○○家屋敷跡とまで答えられたら凄いですよう♪あと、言い忘れたけどA群もB群もそれぞれひとつの屋敷跡ですよう❗️」















