飯を食い部屋へ戻ればまた相葉君とふたり。だからと言ってさすがの俺も浮かれてばかりではいられない。明日までにやるべき課題をさっさと終わらせなくては。生まれ持った性格なんだと思うけど、やるべきものは早くに済ませてしまいたい。後々に残しておくのは気持ち悪かった。
「櫻井くん、終わったー?」
一段落し、机に向かったまま体を伸ばした。ベッドに寝転びながらスマホをいじっていたはずの相葉君が眠そうな声で俺の名前を呼ぶから堪らない。その一言でその時まで保っていた集中は即切れた。
「終わったよ?相葉君は?」
「オレはー、今から、やる?」
「やる?疑問形?今から?」
「んー、多分……やる」
やっぱり眠そうな声は正直かなり唆る。一応区切りの付けた課題をカバンの中にしまい相葉君の方を見ればもう半分以上眠っている。
「ははっ!ぜってーやらねぇじゃん」
他に人になら俺なら笑うどころかやるように促しただろう。だけどふわふわと気持ち良さそうにベッドの上にいる相葉君の余りの可愛さについ声をあげて笑ってしまった。
「…うわ…可愛……」
「え?なに?つーか良いわけ?課題」
「んー、良くないよね。でも櫻井くんのお陰で目が覚めたからやろっかな」
ベッドの上に起き上がり両手を上にあげ今度は相葉君が体を伸ばす。少しだけ見える腹部の肌の色にいちいち反応なんてしていたらこの先身が持たない事を分かっているのにどうしても。
「あのさ……課題、俺終わったからさ。もし、分からないところあったら……って、余計なお世話かもだけど」
とにかく意識を違う方へ移さないと危ない。相葉君と同じ部屋でこれから如何に自分の彼への想いをバレずに3年間過ごすのか。その為には色々なことの習得が必要になるだろう。
「え?マジ?教えてくれんの?!」
あー、この反応。素直で可愛い人だなとやっぱり思う。自分が終わったからと、これからやると言っている相葉君に対して余計なことを言ったかもしれないと後悔したのは秒。
「合ってるか分からないけど……」
「やった!マジでいいの?櫻井くんが教えてくれるなら百人力だよ!」
「いやいや、そんな力俺にはないけど」
「謙遜ーー!!櫻井くん中学の時いっつも成績上位だったじゃん」
そんな事よく知ってるなと思ったけど、そうか。なぜか俺たちのいた中学校ではテストの度に上位者のみ成績が張り出された。だから興味があれば誰でも知ることの出来る情報だったのかもしれない。少なくとも俺は興味が無く、わざわざ見に行くことをしたことは無かったけど。
「とりあえず自分でやるけど、わかんないところあったら聞いていい?」
ベッドから机へと移動した相葉君が教科書やノートをカバンから出し広げる。
「もちろん」
本当なら今終わったばかりの課題のノートを丸写しさせたっていい とすら思う。大好きな彼の役に立つなら何だって喜んでやる。そう思ってしまってるあたりやっぱり相当キてる。盲目一歩手前だと言う自覚はギリギリあるけどノートの件にせよ相葉君がそれを望むかどうかは分からないから言葉にはしなかった。
「よし!あー、櫻井くんは好きに過ごしててね!」
俺に声を掛けてから、やるぞー!と声に出した相葉君が急に静かになる。今の今までベッドの上でふわふわと眠そうにしていたのに、その姿はまるで別人。そんな彼のやる気だったり集中だったりの邪魔をしたくなくて、結局は自分もさっきの相葉君と同じようにベッドの上で壁に背を預けスマホで今日あった世間のニュースなんかを全く集中なんて出来ずにただなんとなく眺めていた。
「風邪ひいちゃうよ?」
この柔らかな声は誰の声だっけ。ぼんやりと聞こえてくる声は知っている人の酷く安心する声なのに。
「櫻井くん?布団、かけるからね?」
少しだけ鼻にかかるその声はものすごく好きな声で。掛けられた声に起きなくてはと思うのに余りの心地良さにまた眠気を誘う。
「ふふ、だから可愛すぎなんだって。同じ部屋とかオレ得でしかないし」
何となく聞こえる声に賛同する。そうなんだよ、相葉君と同じ部屋なんて俺得なんだよ、わかる?なんつーの、めちゃくちゃ緊張と興奮でテンションは上がる一方だし、初めて見ることが出来た表情だって色々あるし。
…………って。……あれ……?
「うわっ!!」
宿題を見るとか何とか自分から言っておきながらいつの間にか寝てしまったらしい。壁に背をつけて座っていたはずの体はベッドに横になりスマホは手から落ちて自分の顔のすぐ側に転がっている。
「風邪、引いちゃうよ?布団入ろ?」
「あ、えっと……課題は?」
「大丈夫。終わったから」
「……ごめん」
「え?」
「分からないところあったら教えるとか調子いい事言っておきながら寝るとか……」
集中なんて全く出来ずにスマホの画面を何となく眺めていた。机に向かう相葉君の横顔をこっそりと見ていることがバレないように慎重に。
「こっちこそごめんね?静かにしてくれようとしたんだよね。オレがいつ声かけるかも分からないからってイヤホンもしないでいてくれたんでしょ」
そんな風に受け取ってくれたことに対して本当に申し訳ない気持ちになる。静かにいたのは単純に相葉君の横顔を見ていたかったから。イヤホンをしなかったのも彼の息遣いを感じていたかったから。なんて言ってしまったらマジで同室解消になるだろうけど。
「とにかくごめん。課題終わったならよかった」
「ん。今日のはギリできた。今度また分からないところあったら教えてくれる?」
「俺で分かることならもちろん」
ノート丸写しでも全然大丈夫です。と言いそうになるのはやっぱり彼に対して盲目だからなのかもしれない、なんて。
「はい!それなら一つ質問いいですか?」
課題は終わった。それ以外で相葉君が今改めて俺に聞きたい事なんてあるんだろうか。眠ってしまった俺に風邪を引いたら困るからと布団をかけようとしてくれた彼は今、俺のベッドに並んで座っている。
「櫻井くん、男にもモテるでしょ?男はあり?男と付き合ったことある?」
どこをどうしたらそんな質問が思い浮かぶんだろうと思った。
「……男?」
それまで深く考えないようにしていたことに気が付いた。
「そう、男。無理?」
触れた肩と肩に、自分がずっとずっと好きでいる人が男であるんだと言うことをめちゃくちゃに意識した瞬間だった。