保健室 74 | 櫻葉で相櫻な虹のブログ

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濡れたティッシュに虚しさだけが残った。



先生の事を思いながらだったのに、なぜだろう。



こんな事ははじめてだった。









何もする気になれず、だけど風呂だけはと仕方なく浴室へ向かった。




親がまだ帰ってなくてよかったと照明のついていないリビングを通り抜けた。こんな自分を見たらきっと何があったのかと親は心配するだろう。そんな顔をしてる自覚ある分余計に安堵した。







「もう消えそうだな」





背中にある消えそうな爪の痕が先生と会っていない時間を物語っていてまた寂しくなる。なぜ会う事をしないのかと、決めた自分を責めたくなる。ただ意固地になっているだけなのかもしれない、とか、だけど先生からの来ない連絡はこれが正解なのかもしれないとか。





「翔さんのも消えたんだろうな」




先生の体中に付けた痕はきっともう無いんだろう。あんなにも赤く付けたのに。キスマークだけではなく歯の痕だって痛々しいほどにつけたのにきっと消えているんだろう。どんなに自分の印を刻んでも、会わない日はそれを簡単に消してしまうんだと思うとやり切れない気持ちになった。






「……入ろ」




考えれば考えるほど、自分が先生の事を考えているんだと気付かされるばかりでこんなんじゃダメだと思うのに。だけどどうしても考えてしまうのは夢の中でも同じで、毎日と言っていいほど先生の夢を見る。眠りに落ちる瞬間まで先生の事を考えているからなんだろうけど。






「……誰だよ。タイミング悪いな」




着替えの上に置いたスマホが着信を知らせ光る。風呂に入るのに服は脱いだし人と話す気持ちじゃないし……とかグダグダ思いながらも誰からの着信なのかくらいは確かめようと渋々スマホを手に取った。









「タイミング、良すぎ……」




こんなにも待ち焦がれていたなんて自分でも思っていなかった。会いたくて会いたくて夢にまで見ていたのは本当。だけどこんなにも一瞬で。スマホの画面に先生の名前を見ただけで涙が溢れ出た。







「……はい」



「俺。今、大丈夫?」




聞きたかった声がめちゃくちゃ優しくて溢れ出る涙が止まらない。




「……大丈夫」




一言答えるのが精一杯な程に泣いてしまっている。何かを言わなくちゃと思うのに何も言えないのは、裸のまま脱衣所にしゃがみ込み嗚咽が漏れないようにバスタオルで口を抑えたから。そうしないと零れてしまう嗚咽が先生に聞こえてしまうと思ったから。






「返事しなくて大丈夫だから聞いてて」




だけど先生にはオレが泣いてる事なんてバレバレで。どんなに我慢をしたつもりでもタオルで押さえても、漏れる嗚咽は先生にも聞こえていると分かるのに、止めることがどうしても出来なかった。








「放課後、二宮が来たよ。お前のことすげぇ心配してた。最近全然元気ないって。全然笑ってないって。……それは全部俺のせいだって」




違う。先生のせいなんかじゃない。自分が勝手に決めた事で勝手に弱ってるだけ。勝手に寂しくなって勝手に苦しくなっている、だけ。そう思うのに、嗚咽が邪魔をして言葉が出ない。





「ごめんな?俺さ、お前が考えて出したであろう結論の邪魔したくなかったんだ。沢山考えたのを分かってるつもりだったから。だから覚悟決めて俺もとりあえず卒業までは、って思ってたんだけどさ」





やっぱり先生は分かってるくれていた。オレが卒業まで先生を抱かないと決めた事を。言葉に出さないと分からないことがほとんどの世の中で、だけどこれだけは、ということを先生は分かってくれていた。





「やっぱり無理かも。つーか、無理だわ。ごめんだけど俺にはどう頑張っても無理でした。マジで」





って、え?なんだろ、このテンション。思っていた反応と全然違うんですけど。つーか、むしろ真逆。それに無理だと連呼する先生の事が段々と可愛く思えてくる。自分よりも年上でかっこよくて照れ屋で、だけどあんなにもえろい先生が今はめちゃくちゃに可愛いくて子供っぽい。





「いや、え?無理って……」




「えー?無理なもんは無理だし。だって俺めちゃくちゃ会いたいんだもん。お前に会えないとか無理。大人ぶって理解あるフリして頑張ってみたけどさ。やっぱり無理なもんは無理ってわかっただけだったわ」




だから笑えよ。




泣きやめたのに。せっかく涙が止まったのに。先生の言葉が優しすぎてまた振り出しに戻っちゃうじゃん。





「俺さ、二宮に雅紀が弱ってんのが俺のせいだって言われて嬉しかったんだよね。会わないことに参ってるのは俺だけじゃないってことは、同じように雅紀も自分の事を思ってくれてるって事だと思ったからさ。それで合ってる?」





めちゃくちゃに安心する。耳元で聞こえる先生の声が柔らかくて。




「合ってる。合いすぎなくらい」




まだ泣き声な事は先生にも分かるだろう。それでもいいや。無理だと何度も言ってくれた先生の優しさが自分を素直にさせてくれた。







「翔さん」



「んー?」



「元気でた!オレ、めちゃくちゃ元気になった!」



「あ、ほんと?なら良かった」



「でね、やっぱりオレね」



「ん?」



「保健室、行ってもいい?」





抱きしめない、キスもしない。それでもどうしても先生の顔が見たくて仕方がない。





「当たり前だっつーの。今日は来るんじゃねぇかな、とか毎日思ってんのよ?俺」





明日は絶対来いよ、と言った先生が




「二宮にお礼言っといて」




優しい声で電話を切った。