小学校の日記書かされるやつ
低学年では
「先生あのね、」で書き始めなあかんかったな。(笑)
謎(笑)
「先生あのね」の書き始めはなくなったけど
4年生になっても休みの日記が宿題やって
足のこと書いたの今でも覚えてます
思い出したら客観的になって
4年生の自分に
そーかそーかそう思ってるんか
って思うw
そのとき書いた内容を書きます。
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わたしは○人兄弟の末っ子ですが
わたしを生む前に男の子を死産してたそうです。
名前も決まってたそうです。
和馬(かずま)くんというそうです。
親はその子で子どもを生むのは終わりって思ってたらしいけど
死産してしまってどうしてももう一人欲しかったそうで
わたしが生まれたんだそうです。
生まれた瞬間お母さんは
足に障害があるのを知ったけど
「息をしている、元気に泣いている」ということだけで
安心してすごく嬉しかったんだそうです。
わたしは死んでしまった和馬お兄ちゃんが
神様にもう一度生まれたいとお願いして、
わたしの足になって一緒に生まれてきたんだと思います。
決まりで生き返るのは形が変わってしまうけど
それでも和馬お兄ちゃんが生きたいと思ったんだと思います。
だからわたしは自分の足を恥ずかしく思わないし、
これからも和馬お兄ちゃんと元気に生きていこうと思います。
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時々ね。
思ったらいけないこと思ってしまうんです。
思いたくないこと
ふと思ってしまうんです。
あえてここに書いてしまいます。
和馬お兄ちゃんが死んでくれてよかった
って
ほんとに
ふと
思ってしまって
それに気付いたとき
怖くて怖くてたまらなくなります。
もし和馬お兄ちゃんが元気に生まれていたら
今ここに自分はいない。
彼と逢うことも知ることもない。
意識も形も存在しない。
タナトフォビアってご存じでしょうか。
死恐怖症です。
死の何が怖いのかは人それぞれみたいですが、
わたしの場合は
死による意識の「無」が怖いです。
それを考え出したら
ジェットコースターの落ちる感覚に似たものが急にきて
頭が真っ暗になって目の前が真っ白になって
めまいがして
心臓がばくばくして
声を出して
あかん、だめって言わないと
おさまりません。
最近は
発作は起きていませんが
考える暇があるとき、
特にわたしはお風呂に入ってるときによくなっていました。
今は防水のちっさいTVを持ってその音に気がいくようにしています。
一度だけ、仕事中になったことがあるので
それはまいりました。
辛かったので
Twitterでタナトフォビアっていうらしい、みたいなこと
軽く書いたら
わたしをよく知っている友達が心配してくれて
ちょっとほっとしました。
誰かに知ってもらうだけよかったのかも。
そのあと彼と会ったとき
言葉には出さんけど
安心させてくれてるんやろなって思えたし
ほんとに支えです。
今は決まって日記を書かないといけないことはないから
自分のこと知ってもらう機会ないけど
溜めないで言わないとなって思います。
相手の負担にならないように。
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