前立線癌ステージ4 専門医を変えました | オレゴンの微風

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在米49年、木々のざわめきで知るオレゴンの微風の中に小さな幸せを感じる今日この頃。特別養子で授かった愛しい娘の事や、結婚生活36年でこの世を去ってしまったオットとの日々、それにチワワのむ〜ちゃんを交え、徒然なるままに書くブログです。

昨日のマウイのブログとは打って変わって、墨絵の世界にいます。ま、冬のポートランドですものね、このくらいは仕方ありません。

 

早朝の癌専門医のアポイントメントだったのですが、途中でドクターSのオフィスから、『停電中なので、後でドクターSが電話しますから来なくても良いですよ』と電話がありました。

 

『帰ろうよ〜』と言うオットを無視して、『ドクターSがオフィスに来られるのなら、今回、初めてお会いするので、是非伺います』と強行突破。だって、この為にわざわざフライトを変更してクリスマスに帰って来たのですもの。

 

病院に着いたら、看護婦さんに『今日はMAX(路面電車)が停電で動いて無いので、ドクターSは来られません』と言われてガッカリ。でも、看護婦さんと話している間に、ドクターS登場!MAXが動いて無いので、車でいらしたそうです。日本だったら『当たり前でしょ!』と言われそうですが、アメリカでは感謝の域です。笑

 

実は、OHSU大学病院の前立腺癌専門医のドクターBに担当して頂くつもりで、保険の変更を試みたのですが、やはり既往症の関係で却下されてしまい、今の病院に残らざるを得なくなったのです。

 

そこで仕方なく『悪くすれば、三ヶ月の命』とか、『ハワイに行ったら帰って来られないかもしれないよ!』と言った今までのドクターLから、患者の評判と『日系人』を頼りにドクターSにお会いしたと言うわけです。

 

前立腺癌は専門では無いと仰っていましたが、とても良さそうな日系人のお医者様だったので、これからの事をお任せすることにしました。またオットを受け入れて頂く条件として『緩和ケア』に掛かる事を指示されました。

 

*** この一ヶ月半 ***

 

ハワイに主発予定の前々日に急遽入院を余儀なくされたオットですが、、、

 

空港では車椅子のお世話になりながら、数日遅れで無事ハワイに来ることができました。

 

でも、ハワイ到着後の数日は熱が出て、コンドでお休みをする事になってしまいました。

 

それでも、ハワイのお医者様に直ぐに見て頂く事が出来、輸血もし、少し元気になりました。

 

次の週にはPSAもポートランドにいる時よりも下がりました。ドクターLが効いていないからやめましょうと言われたエクスタンディという薬を、捨てるのも勿体ないからと飲み続けたのが良かった様です。

 

お陰で開店前日のテレビの取材に応じることも出来ました。

 

が、少し動くと疲れる様でしたし大事をとって、(オットがいると返って仕事が捗らないので)コンドにカンズメ状態が続きました。

 

すると、何をする気にもなれないのか、今まで自分のことは自分でしていたオットが、食べた物は食べっぱなし、一日中コンドにいるのにお洗濯を頼んでも、無理になってしまいました。

 

食欲も無い様で、病院の帰りに何か食べようかと聞くと、『シェイブアイス』としか言いません。そのせいで20キロは痩せてしまいました。

 

兎に角、亜美か私を捕まえてはマッサージを要求し、正直、16時間以上働いていた私たちにとってはとても辛かったです。

 

仕事が一段落してカハラのブッフェランチに行っても、いつもの半分も食べられない状態でしたし、ツリーを見に行っても、椅子に座って眺めるだけでした。

 

それでも、オアフ島にいる家族と(ほとんど食べませんでしたが)食事会をしたり、

 

マウイ島の家族と楽しい時を過ごす事もできました。

 

こうして無事ポートランドに帰って来てヤレヤレと言いたい所ですが、、、

 

世の中、そんなに甘くは無かったのです。

 

***

今日の音楽は昨日の続きで、ハワイアンの調べと美しいフラで年末のお忙しいひと時を癒してくださいな。