ハワイに移民した人々

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1868年、日本最初の移民がハワイに向かった。
153名を乗せた船は、ハワイに向かった。
34日かけてハワイに着いた。
ハワイで一旗揚げたい人。
日本の貧しさが嫌で飛び出した人。
ほとんどが17歳から23歳の男性だった。
 
製糖産業で人手不足に悩んでいたハワイ。
夢と希望を持って渡ったものの、
「話が違う」
「帰りたい」
と言う人も出てきた。帰国する機会もあった。
でも、帰国したのは40人。100人のやる気のある
日本人が残った。契約の3年が過ぎた。でも、
日本のほとんどのメンバーは、帰らなかった。
アメリカに渡った人もいる。50人は、ハワイに
残った。そこで、結婚したり、事業を始めたり。
そして、二世、三世が生まれた。
でも、パールハーバーが彼らの運命を変えた。
 
日本人というだけで不当な扱いを受けた。
二世は、自分たちの子孫を守るためにもアメリカ軍に
志願兵となって戦った。
彼らの活躍によって、日本人が認められることになる。
 
彼らが大切にしたもの。
感謝、我慢、責任・・・そんな石碑がある。
「戦争が終わって、無事だったら、アメリカのために
働こう」
ホノルル空港は彼の功績を称えて2017年から、
ダニエル・K・イノウエ空港になった。
 
わたしの祖父もブラジルに移民した。
それだけじゃない。若者に移民を勧めていたらしい。
そして、父は、ブラジルで生まれた。
無性に移民に興味を持っていたところに、今回、
イデアパートナーズの社長の井手さんに、
「移民を学びに行こう」
と、誘われた。彼の祖先は、ハワイ移民。

 

今回、日系7世の人にもお会いしました。
「中国も韓国もイギリスも僕には混じってます」
と、笑っておられた。
 
収容所送りになっても、辛く苦しくても、移民メンバーは、
「次世代に教育」
を忘れなかった。それが、ハワイを元気にする人たちになった。マカデミアナッツのチョコを作ったのも日系人。
議員になった人もいる。
そして、今年は、ハワイ日系移民150周年。
 
またまた、伝えたいことが出てきた。
本当のグローバル化とはどういうことか。
日本人は、日本人を誤解しているかも。
 

またまた、講演に磨きかけます。

台本作り直しです。(笑)