伊勢で神宮の式年遷宮があった年から、神社庁では神をGODと翻訳するのを止めました。神とGODは違うからです。そう翻訳することで海外の人達は神を自分達のGODと同じようなものとしてイメージしてしまいます。しかし、日本の神は日本独自の概念です。漢字文化圏では「神」の文字の共有がされているので漢字文化圏でのイメージを覆すのは難しいかもしれませんが、文字の共有のないところでなら翻訳せずにKAMIとするだけでそのイメージを正すのは文字を共有している所よりも容易にできます。ですから、今神社庁や神宮のHP等を見ると神はKAMIと書かれています。
同様の事は「天皇」という言葉にもいえると思います。「天皇」は英語ではThe Emperorとされています。エンペラーといえば皇帝ですが、世界中の皇帝と天皇は全く異なるものです。しかし、それを知らない人からすれば、皇帝と聞いた時に当てはめるのは自分が知っている皇帝のことなのです。だから私は、天皇はTenouとしたほうがいいのではないかと最近考えています。翻訳が難しくそのまま日本語が使われる言葉が増えていますが、テンノウもそういう言葉の一つなのです。そうすれば、例えば大陸の皇帝やナポレオン等のように天皇をイメージされることを防ぐことができるはずです。
そうしたら下記の本にも書かれていました。
去年出版された「歴代天皇で読む日本の正史」(錦正社)です。正史とあるように、『古事記』、『日本書紀』に始まる国が編纂した公式な歴史書及び、歴代天皇実録などをもとに作成されたものです。なぜ今までこのような本がなかったのかと思うような本です。
著者の吉重丈夫さんは、大阪竹田研究会の幹事長をされているそうで、この本の帯及び文頭には竹田恒泰さんご推薦の言葉が寄せられています。

「はしがき」と「あとがき」が素晴らしいです。
「はしがき」
我が国の歴史書は学校の教科書を含め、全て天皇抜きである。天皇について書かれるとしたら、天智天皇の大化の改新、後醍醐天皇の南北朝くらいである。それも関係者の一人という位置づけで書かれる。
日本は世界で断トツに一番古い国である。しかし、世界に二〇〇余りある国で、子供に建国を教えない国は日本だけである。一番古い国ということは一番良い国ということを意味する。悪い国は途中で潰れて長続きはしない。今の主要国を見れば歴然としている。
ところが日本は国の歳を表すのに、キリストの誕生を基準に教えるキリスト歴(いわゆる西暦)を使用している。西暦といって世界標準のように使用しているが、別に東歴、南歴、北歴があるわけではないので、キリスト歴といった方が内容をよく表していて正確である。西暦は誤魔化しである。
普通は国の歳はその国の建国から数えるものである。日本の建国ははっきりしている。今から二六七五年前(平成二十七年現在)、皇紀元(神武天皇元<キリスト歴紀元六六〇>)年に初代神武天皇が橿原の地で即位されたときが日本の建国であり、それ以外では有り得ない。現在の東京裁判史観が一世を風靡するまでは、このことに疑問を抱く人はいなかった。初期の歴史が事実において少々矛盾を含んでいても、それが歴史であり、何処の国の歴史も同じで、キリスト歴についても同様のことがいえる。
国の歴史において、歳を数えるのは建国から何年とするのが当然のこと、日本では皇紀ということになる。今では知る人も少ないが、これが日本国の正式な年齢である。従って本書では全て皇紀を使用し、その時々の天皇がお決めになった年号を記し、参考のためにキリスト歴を括弧書きで添えた。
現在日本の年齢は二六七五歳(平成二十七年現在)であるが、この数字については争いがあることを承知している。学校教育ではこのことには全く触れず、天皇についても、最初に出てくる天皇は第三十三代推古天皇であるという。第二代綏靖天皇から第九代開化天皇まではわざわざ「欠史八代」という名称を付けて存在すら否定している。しかもその根拠は年齢が一〇〇歳を超えている天皇がおられるということだけである。そして『古事記』、『日本書紀』は都合が悪いので偽書として無視している。随分乱暴な話といわざるを得ない。
この点については、長浜浩明氏が「日本の古代史においては、一年を春・秋の二年と数えた」と指摘しておられる。
・・・省略・・・
また『古事記』『日本書紀』は天皇を神格化するために創られたもので、信用できない偽書と教えられる。しかし、この両書には天皇の暗殺など天皇家にとって都合の悪い出来事がいくらでも出てくる。神聖化するのであればもっと別な記述をすればよい。編纂を命じられた天武天皇は「良いことも悪いことも、伝えられているままを書くように」と指示された。
日本は天皇の統治(しら)される国である。これは「天壌無窮の神勅」、肇国の言葉に示されている。天皇の統治されるのは力によるものではなく、教科による。天皇は国民一人一人の幸せと日本国の安寧を日夜祈っておられる。歴代天皇が毎日祈って二六七五年経ったのである。この祈りが天皇のお勤めである。具体的には宮中祭祀を催行される。世俗の政治は誰かに委嘱される。天皇の主要任務は祈りであるから、時の世俗の為政者が天皇の意に添わないことをしても、この祈りは天皇お一人でなさることなので妨げられることはない。従って、日本の天皇は「キング」でもなく「エンペラー」でもない。天皇を「キング」「エンペラー」と訳すと天皇とは全く違った内容として伝わる。従って天皇は「テンノウ」とそのまま表現しなければならない。
天皇は誰かに実際の統治を委嘱される。委嘱されたら後は余程のことがない限り何も仰らない。うまく行くようにひたすら祈られる。
・・・省略・・・
明治以降は臣民(国民)が選挙で選んだものに委嘱しておられる。現在も三権の長を始め、主要政府高官は天皇の認証を受けて任に就く。
天皇制反対と叫んでいる政治家も、大臣になるときは認証式に嬉々として臨んでいる。「私は天皇制反対だから認証式には出ない、大臣になれなくても仕方がない」と意思表明をした大臣候補者は今まで一人もいない。天皇制反対の人でも園遊会に招待されると着飾って出掛けている。報道陣も「あなたは天皇制反対ですが、どんなお気持ちで認証式に臨みましたか」という質問をしたことがない。
任務を委嘱された者は、天皇の意を体して政治を行う。委嘱を受けたものが天皇を蔑ろにし、自分が最高責任者か王になったつもりで政治を行うこともままあった。或いは天皇を自分の思い通りに動かそうとする者もいた。しかし、天皇を殺して自分が天皇になろうとした者は一人もいない。従って、日本国は天皇のおられる王国として二六七〇余年、立派に存続している。曾てモスクワの第三インターナショナル本部は日本支部の日本共産党に「天皇を処刑して社会主義共和国を作れ」と指令してきた。当然のことながら、日本政府は「日本共産党」を、国家を破壊する非合法団体に指定した。
日本の国体は「君民一体」「君民共治」である。統治(政治)は天皇だけがするのではないし、国民(臣民)だけでするものでもない。天皇と国民と国とは一体である。天皇がおられない日本は日本国ではない。従って日本人が国を大切にするということは、天皇を大切にするということと同義である。天皇を大切にするということは国を大切にするということである。だから先の大戦で日本は「ポツダム宣言」を受諾するに当たって「国体の護持」だけを条件にして受諾した。
我が国の国民は歴代天皇と共に概ね幸せに生きてきた。地震、津波、火山の噴火、大火、台風といった自然災害に屢々見舞われ、大雨、干魃、冷害による飢饉などもあり、厳しい環境の中を、天皇の祈りの中で無事生きてきたのである。
・・・省略・・・
「あとがき」
日本の新聞、テレビ、雑誌など報道機関は天皇、皇族に対しては敬語を使用しない。このことを指摘すると、彼らは「これは協定しています」と答える。訂正する意志は全く持たない。協定があるということは、いつか誰かが言い出して、誰かが協議し決定されたのである。しかしその経緯は誰かいつ何処で聞いても明かしてはくれない。
敬語を使用しないと尊敬の念は生まれない。f誰しも自分の尊敬する人に対しては自然と敬語を使用するものである。心と言葉は直結しているからである。従って天皇、皇族に敬語を使用しないということは、国民が天皇、皇族を尊敬しないように導いているということである。「いや、敬語は使用しないけど尊敬している」という人がいたら間違いなくその人は嘘をついている。
日本国憲法は「天皇」を「象徴」と規定している。従って、日本の報道機関が天皇、皇族に敬語を使用しないということは、象徴を認めないといいうことを意味し、厳密にいえば憲法違反である。心ある報道機関はこのことは理解しているのであるが、敢えて使用しないで、故意に国民をあらぬ方向へ導いているのである。
また今の国民は国旗を掲揚しない。国旗は侵略の象徴などという連中と通底している。旗日(祭日)に国旗を掲揚する家は殆どない。国旗を掲揚すると白い目で見られる、右翼と間違えられる、などという人も多い。そういう風潮を創ってしまったのが日本の学校教育と報道陣の行動である。
天皇、皇族の敬称は「陛下」、「殿下」、「王」とそれぞれ「皇室典範」という法律で決まっている。それを決して使用しない。全て「さま」という。「親しみを込めて」とか「民主的に」とか言い訳するが、これも誤魔化しで、天皇、皇族潰しという明確な意図を持ってのことである。社長・専務・常務・博士・先生とかは、一般に決まった呼び方をしているのに、天皇、皇族に対しては頑なに敬称の使用を避ける。
・・・省略・・・
日本の歴史で天皇に言及することは殆どない。しかし、日本の歴史は天皇を「王(きみ)」とする歴史である。天皇を抜きにして日本の歴史はない。天皇を「王(きみ)」という場合、世界の「王」や「皇帝」とは意味内容が全く異なるので、王とか皇帝と言うべきではなく、矢張り天皇とするべきである。はしがきでも書いた通り、「天皇」を「王」とか「皇帝」と翻訳すべきではない。「王」、「皇帝」と訳したら、その途端に相手を誤解させてしまう。世界に王や皇帝が存在しなくなればいいかも知れないが、それでも歴史上存在する以上は、その概念が存在し、これと同一視され誤解を与える。天皇の統治は「支配」ではなく「しらす」である。天壌無窮の神勅に「・・・爾皇孫(子孫)、就きて治らせ・・・」とある通りである。
・・・省略・・・
画家の藤田嗣治氏は、大東亜戦争中パリから帰国し、軍に請われて従軍画家として戦地に赴き、戦争の悲惨を絵に表現した。戦後これを画壇が糾弾し、戦争協力者として迫害し、藤田は画家としての活動も出来ず、たまりかねてまたパリに戻った。そして暫くしてフランスに帰化した。そうすると日本の画壇は「藤田は日本から逃げ出して日本を捨てた」とまた非難した。そこで藤田は「私が日本を捨てたのではない、日本が私を捨てたのだ」と言った。
天皇は日本国の安全と発展を、そして日本人の一人一人の幸せを日夜祈られる。そして天皇は代々の天皇同様、日本国に起こる苦難、災難はご自身の身の不徳として神に詫びられる。しかし、日本国民の多くは天皇を捨てた。敬語を使用しないだけでなく、戦争責任があるとしきりに言う。悲しいことである。
天皇はマッカーサーとの初会見で、
「今回の戦争の責任は全て自分にあるのだから、自分に対してどのような措置を採られても異存はない。戦争の結果現在国民は飢餓に貧している、・・・米国に是非食糧援助をお願いしたい。ここに皇室財産の有価証券類をまとめて持参したので、その費用の一部に充てていただければ幸いである」と仰った。最初は命乞いにでも来たと考えたマッカーサーを吃驚させている。何処の国の王でも、このような状況に立ち至ると、隠し財産を持って他国に亡命するものである。王と天皇の違いの一端であろう。
最後に本書を書く切っ掛けは竹田恒泰先生の教えを受けたことにある。先生には多くのことを教えて頂いた。部分的には先生の著書の剽窃であることもここで白状しなければならない。
本書を読んで、日本の国は非常に古い国であり、しかも万世一系の天皇がこれを「しらし」てこられ、「統べて」来られ、我々祖先もその天皇に良く仕えて国造りをし、国を守ってきたのであるということを、多少なりとも感じて頂ければこれに過ぎる喜びはない。
日本の歴史は中心にいらっしゃる歴代天皇を抜きに語れませんが、なぜか日本の歴史書にはその中心となる天皇が登場しないのが当たり前とされてきています。だからこそ、要らぬ謎が生まれたり辻褄があわなくて歴史がつまらなくなってしまっていることも多くあると思います。この本では、天皇毎、月日順に出来事が記されていますので、これを辞書のように確認しながら歴史書を読み解けば、国史がより理解しやすくなるはずです。
あとがきには、現在の敬語の問題点も上げられています。敬語とは人間関係の潤滑剤といいますが、敬称はその人間関係の尺になるものです。敬称があることにより敬語の位置がわかりやすくなり正しい人間関係が築きやすくなるというわけです。何でもかんでも平等とか公平と言っていては正しい関係性が図れなくなってしまいます。
さらにあとがきには、
日本は天皇を捨てたと書かれています。天皇の歴史を知らず、知ろうともせず、敬称も使わない日本人は天皇を捨てた、と書かれても致し方ないと思います。勝手に派閥を作ってバッシングしあって貶めようとする人々もいます。しかし、それでも天皇は日本や日本人の為に祈られる生活をずっと続けていらっしゃるのです。有難いことではないですか。
東日本大震災を機に天皇陛下を見る目は変わってきているといいますし、天皇に関する興味も上がってきているかと思います。せっかくですから、今こそ今上陛下をはじめとするご歴代の天皇を知り、天皇を、つまり天皇にまつわる全てを私達の日常に取り戻す時期だと思います。何気ない日常の言葉やしきたり等の伝統が天皇由来というのは沢山あるのに、そういうことを教わらなくなってしまっているのは勿体ないことです。そして誰でもできるその第一ステップは敬称を使うこと、そして第二は御歴代の天皇について知る事だと思います。天皇についてのきちんとした知識がついた時には、昨今あるようなおかしなバッシングに振り回される人々も減ると思うのです。
(私が書くのも畏れ多いことですが、)
天皇を取り戻しましょう!
世界が憧れる天皇のいる日本
同様の事は「天皇」という言葉にもいえると思います。「天皇」は英語ではThe Emperorとされています。エンペラーといえば皇帝ですが、世界中の皇帝と天皇は全く異なるものです。しかし、それを知らない人からすれば、皇帝と聞いた時に当てはめるのは自分が知っている皇帝のことなのです。だから私は、天皇はTenouとしたほうがいいのではないかと最近考えています。翻訳が難しくそのまま日本語が使われる言葉が増えていますが、テンノウもそういう言葉の一つなのです。そうすれば、例えば大陸の皇帝やナポレオン等のように天皇をイメージされることを防ぐことができるはずです。
そうしたら下記の本にも書かれていました。
去年出版された「歴代天皇で読む日本の正史」(錦正社)です。正史とあるように、『古事記』、『日本書紀』に始まる国が編纂した公式な歴史書及び、歴代天皇実録などをもとに作成されたものです。なぜ今までこのような本がなかったのかと思うような本です。
著者の吉重丈夫さんは、大阪竹田研究会の幹事長をされているそうで、この本の帯及び文頭には竹田恒泰さんご推薦の言葉が寄せられています。

「はしがき」と「あとがき」が素晴らしいです。
「はしがき」
我が国の歴史書は学校の教科書を含め、全て天皇抜きである。天皇について書かれるとしたら、天智天皇の大化の改新、後醍醐天皇の南北朝くらいである。それも関係者の一人という位置づけで書かれる。
日本は世界で断トツに一番古い国である。しかし、世界に二〇〇余りある国で、子供に建国を教えない国は日本だけである。一番古い国ということは一番良い国ということを意味する。悪い国は途中で潰れて長続きはしない。今の主要国を見れば歴然としている。
ところが日本は国の歳を表すのに、キリストの誕生を基準に教えるキリスト歴(いわゆる西暦)を使用している。西暦といって世界標準のように使用しているが、別に東歴、南歴、北歴があるわけではないので、キリスト歴といった方が内容をよく表していて正確である。西暦は誤魔化しである。
普通は国の歳はその国の建国から数えるものである。日本の建国ははっきりしている。今から二六七五年前(平成二十七年現在)、皇紀元(神武天皇元<キリスト歴紀元六六〇>)年に初代神武天皇が橿原の地で即位されたときが日本の建国であり、それ以外では有り得ない。現在の東京裁判史観が一世を風靡するまでは、このことに疑問を抱く人はいなかった。初期の歴史が事実において少々矛盾を含んでいても、それが歴史であり、何処の国の歴史も同じで、キリスト歴についても同様のことがいえる。
国の歴史において、歳を数えるのは建国から何年とするのが当然のこと、日本では皇紀ということになる。今では知る人も少ないが、これが日本国の正式な年齢である。従って本書では全て皇紀を使用し、その時々の天皇がお決めになった年号を記し、参考のためにキリスト歴を括弧書きで添えた。
現在日本の年齢は二六七五歳(平成二十七年現在)であるが、この数字については争いがあることを承知している。学校教育ではこのことには全く触れず、天皇についても、最初に出てくる天皇は第三十三代推古天皇であるという。第二代綏靖天皇から第九代開化天皇まではわざわざ「欠史八代」という名称を付けて存在すら否定している。しかもその根拠は年齢が一〇〇歳を超えている天皇がおられるということだけである。そして『古事記』、『日本書紀』は都合が悪いので偽書として無視している。随分乱暴な話といわざるを得ない。
この点については、長浜浩明氏が「日本の古代史においては、一年を春・秋の二年と数えた」と指摘しておられる。
・・・省略・・・
また『古事記』『日本書紀』は天皇を神格化するために創られたもので、信用できない偽書と教えられる。しかし、この両書には天皇の暗殺など天皇家にとって都合の悪い出来事がいくらでも出てくる。神聖化するのであればもっと別な記述をすればよい。編纂を命じられた天武天皇は「良いことも悪いことも、伝えられているままを書くように」と指示された。
日本は天皇の統治(しら)される国である。これは「天壌無窮の神勅」、肇国の言葉に示されている。天皇の統治されるのは力によるものではなく、教科による。天皇は国民一人一人の幸せと日本国の安寧を日夜祈っておられる。歴代天皇が毎日祈って二六七五年経ったのである。この祈りが天皇のお勤めである。具体的には宮中祭祀を催行される。世俗の政治は誰かに委嘱される。天皇の主要任務は祈りであるから、時の世俗の為政者が天皇の意に添わないことをしても、この祈りは天皇お一人でなさることなので妨げられることはない。従って、日本の天皇は「キング」でもなく「エンペラー」でもない。天皇を「キング」「エンペラー」と訳すと天皇とは全く違った内容として伝わる。従って天皇は「テンノウ」とそのまま表現しなければならない。
天皇は誰かに実際の統治を委嘱される。委嘱されたら後は余程のことがない限り何も仰らない。うまく行くようにひたすら祈られる。
・・・省略・・・
明治以降は臣民(国民)が選挙で選んだものに委嘱しておられる。現在も三権の長を始め、主要政府高官は天皇の認証を受けて任に就く。
天皇制反対と叫んでいる政治家も、大臣になるときは認証式に嬉々として臨んでいる。「私は天皇制反対だから認証式には出ない、大臣になれなくても仕方がない」と意思表明をした大臣候補者は今まで一人もいない。天皇制反対の人でも園遊会に招待されると着飾って出掛けている。報道陣も「あなたは天皇制反対ですが、どんなお気持ちで認証式に臨みましたか」という質問をしたことがない。
任務を委嘱された者は、天皇の意を体して政治を行う。委嘱を受けたものが天皇を蔑ろにし、自分が最高責任者か王になったつもりで政治を行うこともままあった。或いは天皇を自分の思い通りに動かそうとする者もいた。しかし、天皇を殺して自分が天皇になろうとした者は一人もいない。従って、日本国は天皇のおられる王国として二六七〇余年、立派に存続している。曾てモスクワの第三インターナショナル本部は日本支部の日本共産党に「天皇を処刑して社会主義共和国を作れ」と指令してきた。当然のことながら、日本政府は「日本共産党」を、国家を破壊する非合法団体に指定した。
日本の国体は「君民一体」「君民共治」である。統治(政治)は天皇だけがするのではないし、国民(臣民)だけでするものでもない。天皇と国民と国とは一体である。天皇がおられない日本は日本国ではない。従って日本人が国を大切にするということは、天皇を大切にするということと同義である。天皇を大切にするということは国を大切にするということである。だから先の大戦で日本は「ポツダム宣言」を受諾するに当たって「国体の護持」だけを条件にして受諾した。
我が国の国民は歴代天皇と共に概ね幸せに生きてきた。地震、津波、火山の噴火、大火、台風といった自然災害に屢々見舞われ、大雨、干魃、冷害による飢饉などもあり、厳しい環境の中を、天皇の祈りの中で無事生きてきたのである。
・・・省略・・・
「あとがき」
日本の新聞、テレビ、雑誌など報道機関は天皇、皇族に対しては敬語を使用しない。このことを指摘すると、彼らは「これは協定しています」と答える。訂正する意志は全く持たない。協定があるということは、いつか誰かが言い出して、誰かが協議し決定されたのである。しかしその経緯は誰かいつ何処で聞いても明かしてはくれない。
敬語を使用しないと尊敬の念は生まれない。f誰しも自分の尊敬する人に対しては自然と敬語を使用するものである。心と言葉は直結しているからである。従って天皇、皇族に敬語を使用しないということは、国民が天皇、皇族を尊敬しないように導いているということである。「いや、敬語は使用しないけど尊敬している」という人がいたら間違いなくその人は嘘をついている。
日本国憲法は「天皇」を「象徴」と規定している。従って、日本の報道機関が天皇、皇族に敬語を使用しないということは、象徴を認めないといいうことを意味し、厳密にいえば憲法違反である。心ある報道機関はこのことは理解しているのであるが、敢えて使用しないで、故意に国民をあらぬ方向へ導いているのである。
また今の国民は国旗を掲揚しない。国旗は侵略の象徴などという連中と通底している。旗日(祭日)に国旗を掲揚する家は殆どない。国旗を掲揚すると白い目で見られる、右翼と間違えられる、などという人も多い。そういう風潮を創ってしまったのが日本の学校教育と報道陣の行動である。
天皇、皇族の敬称は「陛下」、「殿下」、「王」とそれぞれ「皇室典範」という法律で決まっている。それを決して使用しない。全て「さま」という。「親しみを込めて」とか「民主的に」とか言い訳するが、これも誤魔化しで、天皇、皇族潰しという明確な意図を持ってのことである。社長・専務・常務・博士・先生とかは、一般に決まった呼び方をしているのに、天皇、皇族に対しては頑なに敬称の使用を避ける。
・・・省略・・・
日本の歴史で天皇に言及することは殆どない。しかし、日本の歴史は天皇を「王(きみ)」とする歴史である。天皇を抜きにして日本の歴史はない。天皇を「王(きみ)」という場合、世界の「王」や「皇帝」とは意味内容が全く異なるので、王とか皇帝と言うべきではなく、矢張り天皇とするべきである。はしがきでも書いた通り、「天皇」を「王」とか「皇帝」と翻訳すべきではない。「王」、「皇帝」と訳したら、その途端に相手を誤解させてしまう。世界に王や皇帝が存在しなくなればいいかも知れないが、それでも歴史上存在する以上は、その概念が存在し、これと同一視され誤解を与える。天皇の統治は「支配」ではなく「しらす」である。天壌無窮の神勅に「・・・爾皇孫(子孫)、就きて治らせ・・・」とある通りである。
・・・省略・・・
画家の藤田嗣治氏は、大東亜戦争中パリから帰国し、軍に請われて従軍画家として戦地に赴き、戦争の悲惨を絵に表現した。戦後これを画壇が糾弾し、戦争協力者として迫害し、藤田は画家としての活動も出来ず、たまりかねてまたパリに戻った。そして暫くしてフランスに帰化した。そうすると日本の画壇は「藤田は日本から逃げ出して日本を捨てた」とまた非難した。そこで藤田は「私が日本を捨てたのではない、日本が私を捨てたのだ」と言った。
天皇は日本国の安全と発展を、そして日本人の一人一人の幸せを日夜祈られる。そして天皇は代々の天皇同様、日本国に起こる苦難、災難はご自身の身の不徳として神に詫びられる。しかし、日本国民の多くは天皇を捨てた。敬語を使用しないだけでなく、戦争責任があるとしきりに言う。悲しいことである。
天皇はマッカーサーとの初会見で、
「今回の戦争の責任は全て自分にあるのだから、自分に対してどのような措置を採られても異存はない。戦争の結果現在国民は飢餓に貧している、・・・米国に是非食糧援助をお願いしたい。ここに皇室財産の有価証券類をまとめて持参したので、その費用の一部に充てていただければ幸いである」と仰った。最初は命乞いにでも来たと考えたマッカーサーを吃驚させている。何処の国の王でも、このような状況に立ち至ると、隠し財産を持って他国に亡命するものである。王と天皇の違いの一端であろう。
最後に本書を書く切っ掛けは竹田恒泰先生の教えを受けたことにある。先生には多くのことを教えて頂いた。部分的には先生の著書の剽窃であることもここで白状しなければならない。
本書を読んで、日本の国は非常に古い国であり、しかも万世一系の天皇がこれを「しらし」てこられ、「統べて」来られ、我々祖先もその天皇に良く仕えて国造りをし、国を守ってきたのであるということを、多少なりとも感じて頂ければこれに過ぎる喜びはない。
日本の歴史は中心にいらっしゃる歴代天皇を抜きに語れませんが、なぜか日本の歴史書にはその中心となる天皇が登場しないのが当たり前とされてきています。だからこそ、要らぬ謎が生まれたり辻褄があわなくて歴史がつまらなくなってしまっていることも多くあると思います。この本では、天皇毎、月日順に出来事が記されていますので、これを辞書のように確認しながら歴史書を読み解けば、国史がより理解しやすくなるはずです。
あとがきには、現在の敬語の問題点も上げられています。敬語とは人間関係の潤滑剤といいますが、敬称はその人間関係の尺になるものです。敬称があることにより敬語の位置がわかりやすくなり正しい人間関係が築きやすくなるというわけです。何でもかんでも平等とか公平と言っていては正しい関係性が図れなくなってしまいます。
さらにあとがきには、
日本は天皇を捨てたと書かれています。天皇の歴史を知らず、知ろうともせず、敬称も使わない日本人は天皇を捨てた、と書かれても致し方ないと思います。勝手に派閥を作ってバッシングしあって貶めようとする人々もいます。しかし、それでも天皇は日本や日本人の為に祈られる生活をずっと続けていらっしゃるのです。有難いことではないですか。
東日本大震災を機に天皇陛下を見る目は変わってきているといいますし、天皇に関する興味も上がってきているかと思います。せっかくですから、今こそ今上陛下をはじめとするご歴代の天皇を知り、天皇を、つまり天皇にまつわる全てを私達の日常に取り戻す時期だと思います。何気ない日常の言葉やしきたり等の伝統が天皇由来というのは沢山あるのに、そういうことを教わらなくなってしまっているのは勿体ないことです。そして誰でもできるその第一ステップは敬称を使うこと、そして第二は御歴代の天皇について知る事だと思います。天皇についてのきちんとした知識がついた時には、昨今あるようなおかしなバッシングに振り回される人々も減ると思うのです。
(私が書くのも畏れ多いことですが、)
天皇を取り戻しましょう!
世界が憧れる天皇のいる日本