昔テレビの華やかな番組でよく見かけた有名女性アナウンサーが突然亡くなった。
本当に突然。
それも「亡くなっていた」という結果報告で。
スレンダーで背の高い、大きな瞳がクルクルよく動く、とても綺麗な女性アナウンサー。
亡くなる1ヶ月前まで仕事をしていたという。
年明けからの仕事は自分都合として断っていた、と。
誰にも自分の病を告げず、身辺整理をすっかり済ませて
家族にすら自身の命の灯火が消えるのを看取らせず
独りで人生の幕を引いて。
あまりにも潔く、あまりにも突然に。
たった独りで戻ることない旅に出ていった。
ニュースで知ったあたしは
「こんな風に幕を降ろせたらいいなぁ」
そんなことを一瞬チラリと思った。
でも。
………何かが引っ掛かる。
心の古傷のささくれに何かが引っ掛かってチクチク痛む。
この2日間、それがなんなんだろうって考えていて
ふ、と。
「大切な人がある日突然目の前から消えてしまったら……」
昔、同じような出来事があり
残される側になったときの、やり場のない哀しみを思い出した。
-----------------------------------------------------------------
数ヶ月後には逢える。
初めて地元を離れて遠征(東京、武道館)に行く。
そう彼女(あたしの古い友人)は嬉しそうに2枚のチケットを大切そうに見せながら浮かれた声でそのミュージシャンの話しを延々としていた。
「東京、1人で行くの怖いから付き合ってよ」
彼女がそう言ってあたしに電話をしてきたのは
そのミュージシャンが亡くなるほんの少し前の早い春の話しで。
あたしは1度だけ、やっぱり彼女に付き合って
地元名古屋でそのミュージシャンのライブを見ている。
「1人じゃ寂しいもん。」
必ずそう言う。
ショッピングも映画も。
「1人じゃ寂しい。」
あたしとは真逆の小さな女の子みたいな彼女。
仕方ない、いいよ付き合うよ。
そう言ってカレのライブも行った記憶。
武道館の時は、その1か月前にあたしは千葉に引っ越すことになっていて
「じゃあ夜は泊めてよ!」
そんな話しをしながら、武道館行きを決めて彼女はチケットを押さえた。
あたしはそのミュージシャンの楽曲は
ホントに初期の頃の曲しか知らなくて
それでも「楽しそうに嬉しそうな彼女」に
1人で行きなよ、とは言えずに
慌てて彼女に新しい楽曲の入ったアルバムを貸してもらいサラリと聴いておいた。
チケットを引き換えて、
「武道館ってどんな感じなんだろう」だの
「尾崎、見えるかな?ちっちゃくて見えないかな?」だの
「尾崎見たあと、何を食べようか」だの
「次の日は何処に行こうか」だの
とりとめのない話しを続けて
武道館のあとまで彼女の未来は続いていたはずなのに。
-1週間後。
日曜日の早朝に彼女は泣きながら喚きながらあたしに電話を掛けてきた。
いいから今すぐニュースを見ろ、って。
寝惚けた頭でテレビをつけてただ愕然と、茫然と。
「……………どうして。」
ニュースが何を言ってるのか理解するのに時間がかかった。
ウソだよ。ライブ行くんじゃなかった?あたし。
曲を覚えろ、って言われてたよね?あたし。
受話器の向こう、ただ聞こえるのは彼女の泣き声と言葉にならない言葉だけ。
何も言えずにあたしは黙ってそれを聞いていて。
どうやって受話器を置いたのかも思い出せないけれど
ふと思い出したのは
「……ねぇ。あたしのこの気持ちはどこにやればいいのかな。」
そう彼女が言った言葉。
数ヶ月後にはカレに逢える。
そして新しい楽曲をまたいつか聴かせてもらえる。
それがいつになろうが、彼女は尾崎豊に逢えるんだ、って幸せそうな顔をして話していた。
それが。
その未来が。
あまりに突然。
断ち切られてしまって。
「生きていても仕方ない気がするよ。尾崎のところに行こうかな……」
未来を突然奪われて残される人の絶望。
あたしは「なんだか尾崎らしい終演だよな」なんて思ってしまって。
あの頃は、歳を重ねて歌をうたう尾崎を想像したことがなかった。
だけど彼女は違ってた。
自分と同じように歳を重ね、歌を歌い続ける尾崎を信じて未来を見てた。
サヨナラを言うなんて想像もしてなかった。
いきなり目の前から永遠に消えてしまった。
暫くして彼女が「お茶しよう」って誘ってきて
騒々しいくらい賑やかなファミリーレストランに行って話しをした。
どれだけ待ってもその日が永遠に来ない2枚のチケットをテーブルに置いて。
「払い戻しをしちゃったら、あたしの中から尾崎消えちゃうのかな」
-あたしの分のチケット代、渡しておくから。払い戻すか手元に置くかは自分で決めなよ。無理に忘れる必要は無いとあたしは思うよ。あたしの分のチケットは○○に渡しておくからずっと持っててよ。
結局彼女は払い戻しすることなく、今もあの武道館のチケットを大切にしまっている。
ミュージシャンが亡くなってしばらくして。
全国でフィルムコンサートというイベントが開催され、
彼女が「行かない?付き合ってよ。」って誘ってくれてついていった。
フィルムの中の尾崎を見ながら、視線を横に流して彼女を見ると
彼女はハンカチで口を覆い、声を漏らすことなくポロポロと涙を溢れ流していて。
「………そうか。この人はもうここにはいないんだ。」
そこであたしは多分漸く彼の死を実感した覚え。
あちこちで彼の曲が流れ、雑誌には彼の情報が溢れてて
彼のいない現実、なんてそんなこと有り得ない
そんな風にさえ思えてならなかった。
彼女がどうやって尾崎のいない現実を受け止めて受け入れたのか
それは今もわからない。
もしかしたらまだ受け入れていないのかもしれない。
だけど。
彼女の尾崎に対して流す涙を見たのは多分このフィルムコンサートが最後。
あたしが千葉に行くその日に
「……みんなあたしを置いていっちゃうんだ。独りにするんだ……」
あたしは彼女を置いていかなかったけれど
彼女は尾崎に「置き去りにされた」って思ってたんだろうなぁ、って。
尾崎はあなたを置いて先にいってしまったけれど
あたしはいるよ、ちゃんとここに。
寂しくなったら声をあげてよ。
話しを聞きに行くからね。
あたしはサヨナラって言わないから。
女性アナウンサーのあまりにも潔い最期の知らせに
遺された父親や最愛の子どもは
その、突然の別れのやり場のない気持ちを
今、持て余して慟哭の涙を流しているんじゃないんたろうか、と。
あの日の彼女を思い出して、フッ、とそう考えた。
-------------------------------------------
あたしもね、1度だけそんな不安に苛まれて泣き狂った時期があったけど。
「いいよね、岡村くん生きててくれてるもん。新曲出してくれるじゃん。」
彼女、アッケラカンと笑いながら今はそう言うけれど
ホントに一時期、靖幸が死んじゃうんじゃないか、死のうとしてたんじゃないか、って不安になって泣いてた時
彼女は
「………でもさ、岡村くん死なないでいてくれたじゃん。大丈夫だよ。絶対戻って来てくれるから。待っててあげるんでしょ?」
あぁ、彼女の中できっと尾崎のこと、なんとか気持ちに折り合いつけたんだな、って思いながら
その言葉を聞いていたあたし。
そんな古い傷のささくれに引っ掛かってチクリと心の痛みを思い出した出来事。
有賀さつきさん、ご冥福をお祈りします。
ご家族の方には、気持ちの整理に時間はかかると思いますが
どうか笑顔の彼女の思い出だけになる日まで
お身体を労わってお過ごしください。
心に大きな空洞のあいた出来事でした。