(続き)

 

■想像を絶する売場面積

 
タワーレコード渋谷店がアメリカ型レコード量販ビジネスの襲来だとすれば、六本木WAVEは日本型レコード量販ビジネスの革命と言っていいのではないでしょうか。
 
例えるなら、タワーレコード渋谷店は黒船来襲。そして、六本木WAVEは明治維新です。両店舗ともに社会に絶大なるインパクトを与えましたが、その根幹とも言えるビジネスモデルは全く違うものでした。
 
タワーレコード渋谷店のワンフロアの売り場面積でも驚いた時代です。六本木WAVEは全てが規格外でした。6階建て(だったと思う)のビルを丸々音楽と映像の専門店として開放したのです。当時の常識からすれば驚異、いや狂気と言ったほうがいいでしょう。とにかく全てが想像を超えていました。
 
現在のタワーレコード渋谷店を知れば、さほど驚きはないかも知れません。でも六本木WAVEは現在のタワーレコード渋谷店の15年前にオープンしています。一昔前に既に同一コンセプトでビジネスを行っていたのです。この先見性には誰もが少なからず衝撃を受けるはずです。
 
 
 
オープンは80年代初め。確かタワーレコード渋谷店の旧店舗と同じくらいだったと思います。タワーレコード渋谷店がワンフロアでレコードを売っていた時代に、すでに各階ごとにジャンルとメディアで分類し、地下一階には映画館、上の階にはイベント会場までも有するビルとして、レコードのみならず娯楽映像や映画までもを網羅したトータルなビジネスを行っていたのです。
 
店内は黒色を基調としたシックな雰囲気で統一されていました。レトロやモダンというのではなくハイテック。当時のお洒落の最先端を演出していました。子供ではなく大人をターゲットにしたお洒落感。これが当時まだ子供だった私には特別なものとして目に映りました。
 
■日本流のサービス
 
今では当たり前の試聴サービス。これを定型的な形として店頭でサービスに組み込んだのは、確か六本木WAVEが最初です。
 
当時はレコードが主流でしたから、レコードの試聴はレコード盤を痛めることに繋がります。レコード店によっては試聴盤を聴かせたり、店頭で販売しているレコードをターンテーブルに乗せ客に試聴させるサービスはありました。しかし気軽に、普通に試聴できるようなサービスは存在しなかったのです。間に必ず店員が介在しないと試聴できませんでした。
 
これは面倒です。客も気が引けてしまいます。何よりも試聴=レコード盤の劣化を意味しますから、いつもお店側がいい顔をして試聴させてくれるとも限りませんでした。
 
 
それを、~どういった形だったのかはハッキリ覚えていませんが~試聴用の機器を設置して試聴コーナーの中から気になったものを客がヘッドフォンで自由に試聴できるようしたのです。これは本当に画期的でした。
 
当時は店頭で気になったレコードを音も知らずに買う、という行為が当たり前でしたから、試聴コーナーに限ったとしても気軽に試聴できるのは客側にとって大変なメリットでした。
 
■雑多な取り扱い
 
取り扱いは国内盤から輸入盤まで幅広く取り揃えていました。ジャンルも多義に渡っており、とにかく音楽に関して言えば何でもアリな世界に思えました。
 
中でも輸入盤の品ぞろえには定評があって、当時話題にもなっていました。その頃は深く考えませんでしたが、後から聞くと専属のバイヤーがいて、とても優秀だったようです。
 
 
バイヤー専門の担当者が世界中を飛び回り、とにかく面白い音楽を続々と発掘してきたのです。そして、そのレコードが店頭に並ぶと飛ぶように売れていた。今みたいに音楽に食傷気味ではありませんでしたから。皆が音楽に飢えていたから知らない音楽を聴きたいという客のニーズに、ピッタリ当てはまったのだと思います。
 
■海外からも受けた高い評価
 
その評価は日本だけのものではありませんでした。すぐには信じられないでしょうが、海外から音楽プロデューサーがわざわざ六本木WAVEでレコードやCDを購入するために日本へ来ていた、ということです。この事実を知った時は本当に驚きました。
 
坂本龍一氏のインタビューで、彼の友人の音楽プロデューサーが六本木WAVEまで購入しに来日していた、という発言を読みました。相当昔のインタビューなので、ソースがどこにあるのかは分かりません。ひょっとすると思い違いしているところもあるかも知れませんが、そのような内容だった事はハッキリと記憶しています。
 
 
マイケルジャクソンは2回、プリンスは1回、六本木WAVEを貸し切ってショッピングしたそうです。普通はありえません、そんなこと。どれほど六本木WAVEの名が世界に鳴り響いていたのでしょうか。
 
世界中を回って音楽を探す手間を考えたら、六本木WAVEのバイヤーが選んだレコードやCDから選ぶ方が楽というのはあったかもしれません。でも、その為には六本木WAVEへの質の信頼が根底になくてはいけません。信頼があるからこそ、六本木WAVEは巨大なセレクトショップとして世界中にその名を轟かすことができたのです。
 
■惜しまれた閉店
 
80年代初めにオープンして99年の閉店まで約20年間。激しく変わる時代の中で六本木WAVEは先頭を走ってきました。
 
99年に閉店というのは店舗がただ単に閉店したというのではなく、音楽産業の転換期を象徴しているようで意味深く感じます。98年をピークにCDの売り上げ枚数は減っていきます。音楽産業の縮小の象徴が99年という年でした。そういう意味では皮肉と言えば皮肉。先見の明と言えば先見の明、だったのかもしれません。
 
何より六本木WAVEの後にできたのが、六本木ヒルズですから。時代の象徴です。その負の象徴的なシンボルとしてだけでも、六本木WAVEはこれからも語り継がれるのかもしれません。全く不名誉なことですが・・・。
 
 
私は偶然このころ関東におり、六本木WAVEへ行こうとしたことがあります。でも、見つからなかった。あれ?どこにあったっかな?と思いながらグルグル辺りを回って、結局わからず帰りました。その時は既に閉店して取り壊されていたのです。せっかくなら閉店前に一度は伺いたかった、と悔やんでも悔やみきれません。
 
■六本木WAVEで購入した想い出のレコード
 
1)カメレオン/ストリートスライダーズ
 
これ以外が思い出せないです。何故だろう。
 
確かに六本木という場所は私にとっては不便な場所で、いつも行く店ではありませんでした。ですが、それでもそれなりにレコードは買っていたと思うのですが・・・。
 
私には六本木はあまり魅力がなかったです。どうしても渋谷とかJR圏の都市へ行くことが多かった。東京は広いから便利なのですが、広いからこそ不便な面もあるのです。どちらがいいというわけでもなく、どちらも良さなのでしょうけども。
 
 
今日はこの辺で。
 
(続く)
(2018年3月25日に掲載写真を追加)