ドクターペッパー大好きブログ

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小川直人の人生劇場という企画はそもそも高円寺U-hAで小川直人40歳の誕生日に小川企画イベントとして始まったもので、人生劇場というタイトルは店のマスター瀧川さんがつけてくれたものなのです。それから年に1回とか年に2回ぐらいのペースで企画させていただいており、「小川直人が見たいデュオ」というのはまた別枠みたいなところのセッション企画なのです。そもそも何故セッションイベントをやりたいかというと、そもそも自分がそういうのに誘われないので、だったら自分で企画するしかないというのがきっかけですね。

 


そして↑上記動画が丁度2年前に行われた企画における小川直人と石原潔さんのセッションなんですが、石原さんは昔対バンして凄く衝撃を受けて、また対バンしたいと思っていても中々そんな機会は訪れないんですよ。だから結局俺は石原さんとセッションしたいという欲求のためにイベントを組んでみたというのもありますね。

その他にも企画意図としては、やはりいろいろな場所でライブをしていると当たり前にいろいろな人に出会う訳でして、その中でも、この人とこの人がセッションしてみたら面白いんじゃないかとか、いろいろ思い浮かぶんですよ。しかし東京のライブシーンは広すぎるものなんで、音楽的な共通項があったとしても、出会ったり対バンしたりする機会が無い事も多いと思うんですよね。だから自分が見たいと思う組み合わせを何組か考えて行ったのが前回の企画で、単純に続編を考えてみたかったのです。

出演者紹介。

 


①小川直人+小山(trikorona)
東京のエクストリームシーンで一際異彩を放つtrikoronaのヴォーカル小山氏は、その変幻自在なバンドの音楽性の中から更に外れた存在感を個人的に抱いており、それは自分の様な存在感とは全く別のもので、派手であればいいとか顔やルックスがおかしいとかではないのに何か強烈なインパクトがあって、そのステージングに釘付けになりますね。そういうのが自分の電子音まみれのサウンドの中で更にどういった違和感が生まれるのか聴いてみたくてオファーしてみました。




②佐野麻呂梨王+コーラ(NA/DA)

 


佐野さんは7年前に山梨にライブをしに行った時に対バンして衝撃を受けたサックス奏者で、バンドではオーソドックスな普通の演奏もやる方なんですけどインプロの強度がめちゃくちゃ強くて凄くかっこいいんですけど、これは私感ではあるんですが、アンダーグラウンドでアヴァンギャルドなサックス奏者というイメージを、ある意味馬鹿にしたような、突き放した冷めた感じがあって、そこに強烈なユーモアを感じて大好きなのです。

 


NA/DAは東京のライブシーンでエクスペリメンタルなポップを実践する意欲的なバンド...そのヴォーカル担当のコーラさんは割とハッキリとした言葉で表現しているのですが、ある日たまたまセッションで何かのバンドに参加した時にインプロでメチャクチャ変で面白いヴォイスを発していてびっくりして、ではそのインプロでヴォイスという所で重点的に聴いてみたくてオファーした次第。




③森本在臣+pikamachi
 

 

バンド「餓鬼道」でしばらく一緒に活動していた森本氏ですが、シンガーソングライターでもありマルチプレイヤーでもあり、ライターでもあったりすると思うんですけど、なんというか表現衝動に対して凄く素直というか、やりたい事をやるという事に対して実直だと思うんですよね。そのやりたい事をやるためには音楽的なボーダーラインを気にせず、音楽は音楽として対峙してくれるんですよね。そういう人が、日本の個人モジュラーシンセメーカー「HIKARI INSTRUMENTS」を主催するpikamachiさんと、どういったふうにセッションするのか見てみたくてこの組み合わせをお願いしました。pikamachiさんはモジュラーシンセを始め、様々なエレクトロニクス機材から面白い部分を見出し抽出して自分のスキルとしてシーンに放り込んでおり、それらが全部本当に楽しみながらやってるのが伝わってくるのが好きなんですよ。そして「No-Yard」というハードコアのバンドのベーシストでもあるので、やはりその、バンドシーンみたいなものと電子音のボーダーラインを軽々と超える事が出来る人だと思うんですよね。勝手な事言ってますが、割と本気で思っています。

 

 




④こまどり社員+武田理沙
 

 

最近はバンド「コンパクト・クラブ」での活動も著しいこまどりさんですが、俺は本当にこのサックス奏者に勝手ながらシンパシーを感じておりまして、なにかこう、出す音は徹底的なキレの良さを保ちながらも人間的な崩壊感とでもいいましょうか、結局なんだかんだアンダーグラウンドでやってますが格好つけてもしょうがないし面倒臭いし、生活するだけで手一杯なのだから気取ってる暇なんてねえよって感じなんですよ。本人がどう思っているか知らないですが。

 


フランクザッパを軽々とピアノカバーする武田理沙さんは確かに「技巧」の人ではあると思うんですが、そのセンス、テクニックと音楽的な意欲はもちろんなんですけど、何かそれだけではない屈折感を感じて、どうにも気になってしまいます。それは彼女の専門のピアノという楽器以外にも例えばコンピューターであったりエレクトロニクスであったり、そういった様々なツールにチャレンジし、あくまでも東京のアンダーグラウンドシーンで実践して試行錯誤する生活感があって、優等生的な雰囲気が無いのが面白いんですね。今回こまどり氏との組み合わせも、そういう所が交錯するのか?という好奇心から来るものです。




⑤risaripa+REMO

 

 

SleepingBeauty、Gallhammerという強豪バンドに属しながらも現在エレクトロニクスソロを実践しているrisaripaさんはバンドマンにありがちなプレイヤー志向とは全く別の考え方で音楽に携わっている気がして面白いのです。音楽のボーダーラインというのは本当に厄介でありまして、ここからがニューウェイヴですよ、ここからがヘヴィメタルですよ、ここからがハードコアですよとかが、やっぱりどうにも存在していて、もちろんそういうものも必要なのは分かるんですけど結局自分のやる音楽は何かという所を見たいんですよね。そこがありきたりになってしまうと、バンドでは良いパフォーマンスをしても、それはバンドの中だけ、という事になってしまいますよね。

 

 

GRIMのドイツ公演にも参加して話題をよんだREMOさんも、やはりそういう、自分が出来る事で面白いもの、納得できるものを追及していると思うんですよ。そして重要なのは、安い感情表現や情緒の演出に陥っていかない部分なのですね。音は音でしかなく様々な付加価値がひっついてくるものです。無意味な音は無意味な音とて存在しているのがやはり面白く、それ以上の価値を無理矢理見せる必要は無いのです。今回risaripaさんと組んで、そういった無意味の相乗効果がどう出るのか楽しみであります。




ざっと紹介文を書いてみましたが、まあともかく今回の企画、ちょっとでも気になったら見に来てみるのも良いんじゃないでしょうか。

 

 

平成30年8月4日(土)

「小川直人の人生劇場~
  小川直人が見たいデュオPart2」

会場:高円寺U-hA(http://coffeeuha.web.fc2.com/
17:00開場 17:30開始
1000円+1d 500円

出演(順)

小川直人+小山(trikorona)
佐野麻呂梨王+コーラ(NA/DA)
森本在臣+pikamachi
こまどり社員+武田理沙
risaripa+REMO

 

 

 

 

 

 

 

 


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7/18(月祝)

 「小川直人の人生劇場~小川直人が見たいデュオ」

 会場:高円寺Cafe&Bar U-hA

 (高円寺南4-4-12 エムズビル101)

  TEL&FAX  03-3317-7732

 開場15:00 開演15:30

 料金:1000円+1Dオーダー(500円)

 

出演:

■小川直人+石原潔

■野本直輝+REMO

■DOKKUN(LIVING ASTRO)+大隅 健司(恥骨)

■マニアオルガン+佐野麻呂梨王

■Katsumasa Motoki(Abisyeikah)+risaripa(Sleeping Beauty)

■Kazumoto Endo+ヤナイアイリ

■キッチュ一人楽団+こまどり社員














































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何故ギャルバンというのは最高なのか?それは音楽に求める根本的な物の違いにあって、例えばギターが上手くなりたいとか、歌が上手くなりたいとか、そういうのは本当にどうでもよくて、楽器が好き、演奏が好きなだけではそれはほんとうにただの音が鳴っているだけの音楽にしか成り得ない。もちろん世の中にはそれで満足するという人は沢山いるけど、音楽の中だけに納まってしまうというのは少々退屈だ。音楽という枠の中にありながらその枠を飛び出すには、音楽に固執していては何も始まらない。Punk/NewWaveというものの美学があるとしたら、それは音楽の事なんて考えないほうがいいという事だろう。なにか極端な事を言っているような気もするが、音楽が好きであると発言する事に対して何の気恥ずかしさも持ち合わせていないようでは、それは趣味の範囲内で満足してしまえるものだと判断する。とにかく、どうにかして音楽というものにひと泡吹かせてやりたいのだ。音楽をやるからには音楽を超えたい。

マラリア!は、80年代ドイツの所謂ギャルバンではあるが、そういった「技術」としての音楽的な志向に収まるところは全く無く、エッジの強い「音」としてのアイディアをバンド演奏で完璧に表現している。この「完璧」というのは、楽器の練習に明け暮れるギター野郎や、演奏が上手い下手だけで音楽の価値を決めてしまうテクニック至上主義の男リスナーには一生かかっても到達できない高みであると言える。とにかく、音楽なんてのはどういったイメージを生み出せるかにかかっていると思う。あいつは楽器が上手いとか、あのバンドは演奏が上手いなんて思われるために音楽をやるなんてのは嫌だし、女だからこそ生み出せる想像力には心底嫉妬するのだ。







Compiled 1981-1984/Malaria

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いつからか、2000年以降くらいからか、「歌もの」という言い方をよく見るようになったが、これが全くピンとこない。いや、なんとなく分かるのは、クラブミュージックやら、エクスペリメンタルやらなんやら、オルタナティヴな音楽シーンからあらゆる音楽が出てきて、その中にはもちろん歌が無い音楽なんかもあって、そういう多種多様な中であえて「歌」という事に焦点を置く感じでしょ?。いや、いいよ、べつに。そう言いたいなら言えばいいよ。おまえらが歌心も分かる良心的な音楽リスナーだって言いたいんでしょ?いろいろな音楽が好きだけど、やっぱ歌ものも大事だよね?みたいな感じで言いたいんでしょ?いやいやいや、全く良い姿勢だと思いますよ。最先端の音楽や、アヴァンギャルドな音楽も好きだけど、歌ものも聴く。立派じゃないですか。やっぱ歌っていいよね。ただ、そういう、あえて「歌もの」と言うような方々が果たして原みゆきの「歌」に対してどいういう感情を抱くのか気になるところだ。

原みゆきのか弱い歌声の存在感は強烈だ。世間で言われるようなウィスパーボイスなんかとも違う、強烈に弱くて安定感の無い歌声。80年代後期にアルバム4枚ほどを残した原みゆきの音楽の需要がこの2010年代にあるのかというと、無いに等しいと言えるかもしれない。深夜営業のディスカウントショップや全国チェーンの古書店、ファーストフードや、若者、サラリーマンの集まる喧しい居酒屋なんかでは、原みゆきの歌の存在感など完全に消し去られてしまうだろう。そして、最先鋭な音楽を聴く耳を持つ人々が言う「歌もの」の中にも原みゆきの居場所は無いように思う。精神的に訴えかけるような力強さ、伝統的、神秘的な響き、深遠な音楽性、そんな物とは程遠い原みゆきの歌が、それでも俺の心をとらえ続けるのは何故だろう。野暮ったいバックトラックに一本調子な歌。誰が聴いても上手いとは言えないこの歌。

実は俺が原みゆきの音楽に初めて触れたのはここ2年ぐらいで、やもすると今の時代に聴くから新鮮に聴こえる(俺には新鮮に聴こえるのだ)のか?とも思う。今という時代は情報過多過ぎて、一見シンプルに見せているような物でも、その人のバックグラウンドには緻密な物が絡んでいる。その微細なノイズが気になって音がぼやけて見えてしまう事が多いのだ。原みゆきの歌はこのうえなくシンプルであり、余計なノイズは一切聴こえない。90年代以降の複雑なものに毒されてしまう前のものだ。なにも80年代至上主義という訳ではなく、極端に情報がカットされた音楽を聴きたいだけかもしれない。「歌もの」なんて言葉は要らない。ポップスで十分だ。









私風景/株式会社フォーライフ ミュージックエンタテイメント

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音楽は時代を超えて愛される、とは言うが、時代に埋もれきってしまった音楽の美しさというのも存在する。松井菜桜子が1991年に発表した2枚のアルバム「世界征服」と「道楽女王」は、今までも、そしてこれからも音楽業界で評価される事は無いと断言できるが、ここに詰め込まれた楽曲は音楽そのものが持つ楽しさを力一杯追求したものであり、気取りの無い驚く程素直なエンターテイメントとして成立している。いい加減、みんなが聴いているからあの曲を聴こうとか、カラオケで歌うためにあの曲を聴くとか、あのDJが良いと言っているから良いに違いないとか、そういうのを全部抜きにして、フラットな状態で音楽と接していかなければいけない。ファションの一部としての音楽の需要も分からないでもないが、見よう見まねのファッションばかりで埋め尽くす均一化したオシャレ空間で、場慣れした業界人の軽薄な挨拶を聞いていると、他人と違う事をするのは空気を読めないキチガイであると宣言されている気分になってくる。自分の理解の範疇を超えるものは大概はスルーされるか、排除されるか、それでも目立った行動を起こすと批判されるか、なんにしろ良い事なんか無い。なにも極端に独創的であれと言っているのではない。着飾る部分、着飾らない部分をうまく使い分けて楽しみたい。

松井菜桜子の「恋のリハリビテーシヨン」という曲は強力だ。詩、曲、アレンジ共に凄く元気があって、パワーをもらえる。ともすると時代遅れにも聴こえる全体的な雰囲気、シンセの音色等を単純に古臭いと言ってしまう事は、俺にとっては本当に退屈だ。かといって古いものをワザとらしく面白がるようなやり方も狙った感じがして嫌だ。つまりこの曲は、本当に素直に、元気一杯で楽しい曲として聴いていたい。新しいとか古いとか、オシャレだとかB級だとかそんな事は抜きにして、力一杯の音楽として松井菜桜子の曲を楽しみ続けたいと思う。











道楽女王/トライエム

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音楽って素晴らしいだの音楽に生きる勇気を貰っただの、音楽が無いと生きていけないだの、軽々しく言っている輩がいるが、実は俺も御多分に洩れず音楽大好き野郎なのだ。ただ面倒くさいのは、俺は音楽以外の事に殆ど興味が無く、何かに付随してくる音楽、つまりなにかしらのパーティでかかっている音楽、みんなで集まっている時にかかっている音楽、あのアーティストのあの曲がいいよねと語り合いながらカラオケで歌ってみんなで盛り上がる、そういうのを音楽だと思っている人たちの求める物にはあまり興味が無いだけで、音楽そのものが目的であり、個人の快楽としての音楽がやはり好きなのだった。だから、音楽自体が目的では無い音楽イベント、と言うと矛盾しているようにも聞こえるが、そういうものは世の中に沢山あって、そういう所へ出向くと疲弊してしまう事が多い。ただその、みんなで集まっている時にかかっている音楽を全否定する訳ではなく、みんなが集まっている時に、俺の好きな音楽はかからないというだけだ。だから、例えば外出先、音楽をかける事を目的としているライブハウスやクラブはもちろん、スーパーやレストラン、本屋やCDショップ等においても、自分が好きな曲がかかる事は殆ど無い。自分の好きな音楽は、自分で聴く以外に触れる事は無いのだ。だから、たまに外出先で好きな曲がかかると本当にびっくりする。そうすると、ああ、外で聴く音楽も良いものだなと思うが、この先そういった機会が訪れるのはどんどん減っていくような気がする。自分が好きな音楽は自分で探すしか無いのだ。

ハネムーンキラーズのユーモア過剰な楽曲は、ロックファンからもプログレファンからも無視されているような気がする。ユーモア自体を目的とした音楽は、音楽にかっこよさやテクニカルなものを求めている人にアピールしないのはしょうがない事なのだろうか。それは「音楽を聴く事の目的」の違いで、ハッキリしていて良いのかもしれない。ただ俺がこのグループのアルバムを20年近く聴き続けても全く飽きがこないのは、そのユーモアが音として普遍的だからだ。音楽を、あの頃は楽しかったというような思い出にはしたくない。










蜜月の殺人者/BIRDSONG/HAYABUSA

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音楽というのは凄く個人的な愉しみで、全く他人と共有する必要は無いと、割と昔から提言している。しかしこういう事ばかり言っていてもしょうがなく、音楽に対する感動はそれぞれ平等であり、他人の愉しみ方をとやかく言っても偏屈な野郎だと思われるだけで全く良い事なんか無い。音楽を他人に薦めたり、他人から音楽を薦めてもらうという行為は実はとても難しい事なのではないかと長年考えており、他人から薦められてピンと来なかった事や、薦めてみて相手がピンときてない感じは誰だって味わった事があると思う。音楽のツボというのは理屈で割り切れるような物ではないと思うし、その時の気分や体調、年齢、知識、経験等でいくらでも変わってくる。単純にジャンルの嗜好で片付けられないところがあって、やはりそこが音楽という物の面白い所であり難しい所かなと思うのだ。

俺が初めて氷上恭子を聴いたのはもう15年以上も前の事になり、以来、常に自分の生活のそこかしこに関わってくる重要な音楽ではあるが、全く持って他人に薦めた事は無いし、他人が氷上恭子を聴いているという話も聞いた事が無い。インターネットを検索するなりしても、失礼な言い方になるが世間的な評価もそれほど無いように思う。氷上恭子というシンガーの曲が好きだというのが共有できない事に対して思う所が無いといえば嘘になるが、自分のツボが他人に理解できる訳がないという、なんとも傲慢な考えもある。氷上恭子に対するそういう思いを長年に渡って自分の中で煮詰めているが、1度インターネットに放流してやる事で気持ち的にリフレッシュさせたい。こういう音楽が評価される時代がやってくるとは思えないが、ツボにはまる人がいないとも言い切れないのだ。ここまで書いて氷上恭子の「音楽」自体について全く書けていないが、この人の音楽はこの人自体の魅力としか言い様が無いし、おれが音楽そのものについて、そこまで語れる技量が無いだけだ。聴いてツボにはまるか、はまらないか、ただそれだけではないだろうか。










Hysteric Noise/マリン・エンタテインメント

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パンクやハードコアは生き方であって、パンクなりの考え方で行動して、パンクとしての結果を出す。常々パンクでありたいと思っているが、パンクという言葉にとらわれ過ぎても癪なので自分なりのパンクという在り方を日々模索する。世の中には知的なパンクもあるし、チンピラなパンクもあるが、いずれにせよパンクなのでたいした物ではないし、こういった音楽に価値があると思い込んでしまうと歳を取ってからしっぺ返しが来るような気がする。社会に対して役に立つパンクなんて何の意味があるというのか。

ハードコア期のソドムの素晴らしさは、そのハードコアというサウンドに何の意味も感情も込めていない所にある。これは単なるエッジの強い音の集積であって、間違っても社会に対するメッセージや、深い情念や感情、固い意志等は存在していない。何も無いゼロから組み上げるハードコアサウンドは聴いたあとに何も残さない。殆ど中身が無いという事がどれだけ素晴らしいか、音楽に意味を求める方々には理解しかねるかもしれないが、余計な装飾品や過剰包装は取り払って、中にある芯さえあればそれで満足してしまうのだ。たとえその芯がシャープペンシルの芯1本ほどの細さであろうが構わない。指に突き刺さったシャー芯はいつまでも黒点を残す。その黒点を見つめながら、ずっとニヤニヤしているだけの頭の悪いパンクスでありたいものだ。

ソドム ‎– 聖レクイエム










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その昔、ロックはもう死んだだかなんだか言ってた人が居たが、死ぬも何もロックなんか最初っからどうでもよくて、ロックというものに対する嫌悪感だけを頼りに今まで生きてこれたようなものだ。ただ、世の中ってやつは結構ロック側に味方する事が多くて、やっぱロックってのは権力であり、流した汗や振り上げた拳の多さで支持を集めて大衆を先導していくんだな。個人個人でしか分かり得ない価値観やらはどうでもよくて、やっぱり共有してこそロック、みんなが楽しくなくてはならないんだな、ほらそこのキミもつまらなそうな顔してないで一緒に拳を振り上げて肩を組んで汗を流して、バーベキュウでも食おうではないか、ボクラはみんな仲間なのさ!。そんな鬱陶しい価値観とは別に、ひたすら個人の中にあるモヤモヤとしたものを形作るのがニューウェイヴである。

ロシアバレエ団の作るサウンドはPunk/NewWaveの流れを汲みながらも、ヴォーカリストの一本調子な歌唱が独自のノリで、聴いていて病みつきになる。ヴォーカリストというのは、そのバンドに対して絶対的な必然があってそこに居なければならないし、独自な声質や考え方、エキセントリックな振る舞いや言動が無ければ全く意味が無い。クラスで人気者ではあるけど個性のカケラも無い凡人はロックバンドに入って、クラスの除け者で友達がいないやつがニューウェイヴになるというのは言いすぎかもしれないけど、押しが強いだけのロックとかいう音楽はやはり苦手なのであった。

ロシアバレエ団 - 移動の民









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音楽、ことロックに関して言えば「かっこいい」という言葉ほど信用ならぬものは無い。ロックは何故かっこよくなければいけないか?というのは愚問なのだろうか。登山家は、そこに山があるから登るというように、ロックはかっこいいから聴くというのは当たり前の理屈であり、かっこよくないものをわざわざ選んで聴くようなロックファンは、いないとは言えないが極少数であろう。いわゆるマイナー嗜好、B級、カルト等と言われるものが有するイマジネーションは、かっこよさとは別の次元で日々育まれており、それは要するにその人個人の中だけの音楽の世界であって、それをかっこいい、悪いの二元論で片付けきれない物として聴き手のイマジネーションを刺激すればそれでいい。

80年代ドイツのバンド、ヴィルシャフツヴンダーは長きに渡ってフェイバリットのグループだ。ロックは勿論、パンク/オルタナティヴの範疇へ入れるのも違和感があるストレンジな感触は独自としか言いようが無いが、世間の評価としては黙殺どころか、知っている人すら居ないというのが実情。このような現実を見るにつけ、やはりロックはかっこいいものでなければ評価されないのかと思う。音の1つ1つから見出せるユーモアの過剰さはロックリスナーの求めるものではないと言ってしまえばそれまでだが、曲がりくねった迷路の中に沢山のトラップを仕掛けていく楽しさは、かっこいいとはまた違った楽しみ方として捉えてほしい。

Wirtschaftswunder ‎– Salmobray









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