夏の日の思い出② | 【引き寄せの法則】の講話録 

 

 

すっかり、怯え切ってしまった彼女を、車に戻した私達は、さらに森の深部へと歩みを進めていた。

 

 

そんな中、私はひとり心配をしていた。

 

 

『誰かがこっちを見ていた』、という事の方ではない。そんな物はおそらく、この場の異常な雰囲気が彼女にある種の催眠をかけてしまい、幻覚もしくは、思い込みを引き起こしたのだろうと結論づけていた。

 

 

問題となったのは、彼女は、ひとりで車で待っていると言うからだ。いつも思うのだが、ひとりで戻ると言い出す人や、ひとりで待っていると言い出す人が居るが、私なんかは、そちらのほうがよっぽど恐いと思う。

 

 

彼女が言うのには、『わたしのせいで台無しにしたくないから……』と、そうは言っても先ほどの様子を考えたら、そういう訳にもいかないと誰もが思っていたのだが、彼女は珍しく聞かなかった。

 

 

『大丈夫、鍵を掛けておけば』そう言って、車に籠もってしまったのだった。

 

 

仕方が無いので、彼女ひとりを車に残し、再び進行を開始したという次第であった。

 

 

 

 

私たちは、先程の、ろうそくを囲んで会議を繰り広げた場所を通り過ぎ、更に奥まで進行していたが、今のところ何も怪奇現象の類いは起きていない。

 

 

皆、安心と落胆の絶妙な天秤の中で、この場を楽しんでいるようだった。

 

 

見上げた夜空のディテールは、端々を木の葉が遮り、ほとんどが隠されていたが、月の灯りがそこにあることだけが私たちの心に安堵の明かりを灯していた。

 

 

そこに、あろう事か仲間のひとりが、場を盛り上げる為の余興として、私に占ってみてくれと言い出したのだ。

 

 

 

 

しかし、占いという物は一種の降霊術的な要素もはらんでいるので、この様な邪悪な場所でやることは、決して、よろしくはないのである。

 

 

それは、さながら心霊スポットの、ド真ん中で、『こっくりさん』をやれと言っているのと何も変わらない。

 

 

その様に伝え、断ろうとしたのだが、その説明が逆に皆の心に火を灯す結果となってしまった。

 

 

そして、強引に言い寄られ、その場の空気、盛り上がりを壊すことも出来なくなり、仕方なしに、その場にまた、ろうそくを灯し、囲み、余興として占って見ることになったのだ。

 

 

 

 

私は、普段からタロットカードを持ち歩いていた。それはいつでも占えるようにという意味合いもあるが、カードは一種の護符の作用も持っていたからだった。

 

 

とりあえず、最低限その場の霊的浄化だけは必要だと思い、私はカバラ十字を切り、五芒星追儺の儀式を小さく執り行なった。

 

 

そして、カードを切ろうと思ったその瞬間、後方より鳥の鳴き声が響き渡った。思いの外、耳元で聞こえた鳴き声の大きさに、私は驚き、カードを手から滑らせ、地面にばらまいてしまった。

 

 

 

 

その場にいた、全員が驚いていたが、鳥だと分かると、すぐに落ち着きを取り戻した。

 

 

『なんだ、鳥じゃないか、驚かすなよ』と、仲間のひとりが言い、皆がお互いを見合わせ、ほっと安堵のため息をついた。

 

 

しかし、私は氷ついていた。地面に散らばったカードは、そのほとんどが裏を向いていたが、数枚だけが表を向いていたのだった。

 

 

背中に数本の冷たい筋が流れた。あろうとことか、ひっくり返ったカードは、『悪魔』、『死神』、『吊された男』であった。

 

 

その瞬間、私の脳裏には、拷問死【吊された男】に合った男の怨念【悪魔】が、成仏【死神】出来ずに恨みを晴らすべく浮遊しているという映像が強烈に流れ込んできた。

 

 

 

 

これは、駄目だと思った。私はすぐに引き返すべきだと、皆に説得を試みた。ここまで強烈な警告をカードが発している以上、笑って済ませられる事態では無かった。

 

 

しかし、私の意見は、瞬殺で却下された。カードの絵柄を見た仲間達は、『おぉ』という歓喜の声を漏らしており、その瞳は輝いていた。もはやここまで来ると皆の心理状態は、恐い事態を歓迎していた。

 

 

結局は、嫌がる私を引きずるように、夜中の百鬼夜行は継続された。

 

 

 

 

『あった、ついたぞ』という、声が轟いたのは、それからほんの数十分後の事だった。

 

 

それは、仄暗い空間にひっそりと顔を現していた。コンクリートで打ち固められた壁にぽっかりと口を開けた、防空壕跡地。入口は大人数人が通れる位の大きさであり、堅く鉄格子が打ち付けられたいた。

 

 

しかし、過去に誰かが、開門した様子で、入ろうと思えば入れる程には裂けていた。

 

 

その仰々しいまでの雰囲気に圧倒されていた私たちを尻目に、『俺、ちょっと入ってくる……』と言い出したのは、今回の立案者である、言い出しっぺの彼である。

 

 

さすがに盛り上がっていた皆も、それは止めた方がいいんじゃ無いかと彼に進言したが、『大丈夫、大丈夫、中を確認したら、すぐに戻ってくるよ』と言い残し、仄暗い闇の中へと消えていった。

 

 

 

 

私は、まったく大丈夫じゃないと思っていたのだが、こうなってしまうと、もう誰も、私の話は聞かないので、心の中で祈る事しか、出来なかった……。

 

 

そして、幾ばくかの時間がたっただろうか。時刻の感覚も怪しげになりそうな、この雰囲気の中で、私たちは彼が出てくるのを刻一刻と待っていた。

 

 

しかし、待てど待てど、彼が出てくる気配はない。

 

 

 

 

次第に、今までの盛り上がりは鳴りをひそめ、『えっ……、やばいんじゃないの……』という空気が、私たちを浸食し始めた。

 

 

彼の名前を呼ぶも反応が無い。

 

 

仕方なしに彼を探しに、数人が中に入ろうかという意見も出たのだが、その場にいた女性陣から、大きな反対に遭った。

 

 

そんな事をして、あなたたちまで出てこなくなってしまったら、私たちはどうしたらいいの?と言う、最もな意見だった。

 

 

とは言え、彼を放って置くわけにもいかず、途方に暮れていた矢先、仲間の一人の女性が、口を押さえて固まっているのに気がついた。

 

 

私たちは、また、何かが起きたのかと心配し、どうしたんだと、彼女に詰め寄った。

 

 

彼女の目は大きく見開かれており、およそ完全な三白眼になっていた。そして、震えているだけで声は全く発しようとしない、その異様な彼女の光景に、その場にいた誰もが強烈な悪寒を感じた。

 

 

 

 

そして、彼女は、ゆっくりと小刻みに震える右手を挙げ、防空壕跡の中を指さした。

 

 

私たちの視線が彼女の右手の指の指揮にあわせて、その暗闇の中へと誘われた瞬間。

 

 

『それ』と目が合った。

 

 

次の瞬間、私たちは絶叫の渦に巻き込まれながら、元来た道へと走り出していた。元来た道がどうだったかなど、この混乱のさなかでは、考えてなどいられなかった。

 

 

ただ、本能が、指し示していたのだ。

 

 

振り向きざまに見た、最後の光景は、固まっていた彼女の断末魔だった。

 

 

続く