吉田健一著『シェイクスピア』を読む(四)フォルスタフ | 俺の命はウルトラ・アイ

吉田健一著『シェイクスピア』を読む(四)フォルスタフ

吉田健一(よしだ・けんいち)

英文学者・作家・翻訳家・評論家。

1912年4月1日(3月27日説あり)誕生。

1977年8月3日死去。



吉田健一著『シェイクスピア』を読む(一) 8002


吉田健一『シェイクスピア』を読む(二)ロメオとジュリエット


吉田健一著『シェイクスピア』を読む(三) 真夏の夜の夢



シェイクスピア (新潮文庫)/吉田 健一
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 『フォルスタッフ』は1961年5月10日発行・

新潮文庫版『シェイクスピア』において、46

頁から57頁にかけて論じられている。


  1.Henry Ⅳ,1597

     2 .Henry Ⅳ,1598

    Merry Wves of Windsor,1598

    HenryⅤ,1599


 「ヘンリイ四世」第一部、「ヘンリイ四世」第

二部、「ウィンザアの陽気な女達」において

活躍し、「ヘンリイ五世」でその死が語られる

人物が、サ・ジョン・フォルスタフである。


   シェイクスピアの作品に登場する人物で、

   それがどの作品に出てくるのか解らない

   程、一般にその名が通っているものの中

   にフォルスタフがいる。(46頁)


  FALSTAFF  We have heard the chimes

  at midnaight, Master RShallow.


  フォルスタッフ 深夜の鐘を二人で聞いた

            よな、ロバート・シャロ―さん。


  フォルスタッフは太った老騎士だが、追剥を

働き、賭博と女郎屋通いが大好きで、大法螺

吹きで愛嬌をふりまき巧みな機智で誰からも

愛され放蕩無頼の暮らしをしている。

 ヘンリイ四世の皇太子ハルは彼と共に遊ん

でいる。若き皇太子と老いた肥満騎士の友情

の楽しさは、対照が絶妙の二者・コンビとして

鮮やかな存在感を産み出し、「ヘンリイ四世」

二部作の二人の関係は、観客の心を喜ばせる

ものとなっている。

 二部作ラストの二人の切ない別れは、切なさ

を胸に呼び起こす。


 エリザべス一世が「恋するフォルスタフを見

たい」と要望し、シェイクスピアが短期間で描

いた戯曲が「ウィンザアの陽気な女達」とも言

われている。この戯曲は「ヘンリイ四世」の筋

と直接的な繋がりはない。

 二人の金持ちの夫人に言い寄って貢がせ

ようとするフォルスタフが、その計略を見抜か

れて、夫人たちにやり込められる物語である。

 「筋が通り過ぎていて、フォルスタフの個性

が発揮される余地がない」(47頁)と吉田は確

かめる。


 吉田は「ヘンリイ四世」第一部序盤のロンド

ン王宮のフォルスタフの目覚めとハル王子の

からかいの会話の楽しさを尋ねる。


    ハル王子がそうした口実を述べるの

    は、助六が親の死と因縁がある名剣

    を探すと称して吉原をのし歩いている

    のに似ている。(48頁)


 「ヘンリイ四世」の皇太子ハルが、「助六由

縁江戸桜」の花川戸助六に似ているという指

摘は鋭い。


 フォルスタフは追剥強盗を働くが、潜んでい

たハルと悪友ポインスが変装した姿に恐れて

逃げだし、二人のもとに帰ってくると、「沢山の

敵に襲われて戦って金は取られた」と大嘘を

付き、敵の数が増え、暗がりでも服装の色ま

で覚えていると法螺が大きくなり、「俺たちの

姿を見て震えて逃げただろ、お前は」と指摘

されると「本能は恐ろしい、本物の王子を殺

せる訳ないだろ」と鮮やかに切り返す。


 その場その場で思いつくまま本能が赴くまま

に行動して語り、矛盾や嘘がばれても一向に

平気で楽しく返答する。愛される不良老年がフ

ォルスタフなのである。


    彼のような人物を、豪放と呼ぶことは出

    来ない。併し豪放とでも言う他ない印象

    を彼から受けるのは何故であろうか?(51頁)



 ハル王子は父王に放蕩を詫びて、シュールズ

ベリーの戦いに参加する。フォルスタッフは「名誉

の戦死で死ぬのは真っ平御免」と命を惜しみ、死

んだふりをして逃げる。


    死んだ振りをすることは、それで一人の人

    間の命が助かるならば、人を騙すことでは

    なくて、生命そのものの本当の姿なんだ。

    (「ヘンリイ四世」第一部 第五幕第四場

     吉田訳)


 ハルは強敵パーシーと戦い彼を刺殺し、勇名を

あげる。フォルスタフはパーシーの遺体を刺して、

「俺が殺ったぜ」と恩賞を狙うが、ハルに嘘を暴

かれる。ここでも小狡いことをしながら、何処か憎

めない印象を与えることに注目したい。


  吉田は、フォルスタフが酒に酔ってくだを巻い

ている時でも、王子やポインスの変装に怯えて逃

げる時でも、生き甲斐を感じているのだと確認す

る。ハルと俄か芝居を興じて、彼の役とヘンリイ四

世の両方を劇中劇俄か芝居で演じて、共にフォル

スタフ自身を絶賛するのも彼の「生命そのものの

本当の姿」を明かしてる。


  吉田は「人間が存在する為に最も必要」なこと

は「我々が生きていること」であり「生命あっての

一切」(56頁)と確かめ、「フォルスタフの生命感を

欠いてハムレットもリヤも描くことは出来ない」(56

・57頁)と述べている。食欲が旺盛な者がビフテキ

を食べている時に彼は生き甲斐を感じていると指

摘しているが、この例はフォルスタフの在り方を

鮮明に示している。



 フォルスタフは、「ヘンリイ四世」第二部大詰でハ

ル王子改めヘンリイ五世に否定されて悲しみを覚

え、「ヘンリイ五世」で仲間達の言葉によって、淋し

い心境において熱病にかかり、神の名を唱えて死

んだ事が語られる。


 一代の暴れん坊老騎士の最期は痛ましく悲しい。

同時に仲間達は哀しみと共に愛すべきフォルスタ

フへの友情を語り合って彼を送る。

 読者・観客にとっても、忘れられない存在となっ

ている。


 彼の死は誰からも顧みられないが、「万人に受

け継がれた」(57頁)と吉田は述べている。



                       文中敬称略


                          合掌