こんばんは照れ

 

第二章のあらすじ

イクスの息子チョンホは10歳になった。彼は色白でかつ痩せていて、イクスには毎日嫌がらせのように叩かれ、書房では他の生徒にからかわれてばかりいた。ある日授業に出ないチョンホを先生が問い詰めると、彼は既に独学で本を何冊も読破していたことが分かった。彼の才能に気づいた先生は密かに都にいるスボクを呼び寄せる。スボクの説得によりミン家の父子は漢陽に戻り、チョンホはスボクの書房で勉強することになった。敏腕教師のスボクのもとで勉強することをチョンホは喜んだが、スボクの息子ソンはそうではなかった。何でも一番だった彼は自分より優秀でかつ内向的なチョンホを良く思わなかった。2人は初日からいがみ合い、喧嘩が絶えなかった。しかし、イクスのチョンホへの扱いが周知のものとなったことをきっかけに、チョンホとソンは距離を縮める。やがて2人は親友となり、2年の月日が過ぎていた。

 

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第三章

思春期の始まり

 

1503年の初夏は国中大騒ぎであった。燕山君は4年前より政に身を入れず遊びに興じていたが、王の遊び相手は官妓たちだけでは全く足りなかった。この頃、採紅使と呼ばれる官員達が朝鮮全土に派遣されており、燕山君のため、貴貧はもちろん既婚・未婚に関わらず美しい女性を片っ端から集めていたのだ。彼が国中から集めた美女の数は実に一万人とも言われている。

名士の妻子もその例外ではなかった。チョンホの同級生の中でも、母や姉を採紅使に盗られた者がいた。その中には、屈辱から父が自害し、姉弟とともに親戚の家に預けられスボクの書房を去った子もいた。

この頃、イクスは妓生遊びをやめていた。このような時勢故、燕山君に目をつけられてもおかしくないとパク・ミョンホンに説得されたためである。ミョンホンはチョンホに会うたび、もし燕山君が婦女子に飽き美少年も集め始めたらこの子も例外ではなくなると危惧していた。だが、十分すぎるほどの婦女子を抱えても燕山君は満足することが無かった。

チョンホたちは授業が終わると街に出かけることがほとんどだったが、最近は川や池で過ごすことが多くなった。市場に出ると少なからず採紅使に出会ってしまうからだ。

チョンジンの母はチョンジンに似ず小柄で華奢な女性だった。病気がちのためほとんど外に出なかったが、ある日庭で日を浴びているところを採紅使に見られてしまい、そのまま捕らえかけられた。しかし、彼女があまりに咳をするものだから、何か良くない病気にかかっていると思った採紅使はそのまま帰って行った。不幸中の幸いなことに、彼女は重病ではなく生まれつきの喘息だった。

しかし、母親が連れて行かれそうになったことからチョンジンは極端に採紅使を恐れた。がたいがいい割に気が小さかった彼は、彼と同じぐらいの身長まで背が伸びて来たチョンホやソンのように堂々とはしていなかった。大きな背中を丸め、採紅使と目を合わせないようにびくびくしながら街を歩いた。

「考えてみると、まともな女性にとって美しさは害の方が大きいような気がしないか?」

みんながあくびをする中、ソンは一人真剣な表情で言った。

授業後、チョンホとソン、イド、チョンジン、リョウォンは池のほとりで寝そべっていた。暖かい日差しが彼らを照らし、眠気を誘う。

「ううん、そうかなあ・・・・チミはどうやったら美しくなれるか毎日悩んでるようだけど・・・」

リョウォンは眠そうに言った。彼の妹のチミは彼らの1歳下の11歳である。

イ・リョウォンの父は儒医(両班出身の医官のこと)だった。彼も医学に興味はあったが、父が儒医になることを禁じていた。

「お前の妹がまともな女性じゃないだけじゃないか?」

イドはリョウォンをからかう。

リョウォンはイドの腹を殴った。

「いてっ!腹はやめろって!!」

イドは起き上がってリョウォンの袖を掴む。

チョンホは起き上がってそっと2人を引き離した。

「うちだって、姉上が毎日どんな服が似合うかばかり言っててうるさいよ。だけど、それと美貌とは別の話じゃないか」

ソンは仰向けだった体を横に向け言う。

「うーん、やっぱり、かわいいと男が喜ぶからいいんじゃない?」

チョンジンが言う。

「そりゃ、夫とかまともな男だけに見えるんならいいんだけど、ほら、見てほしくない人にも見られるだろ?ただ外出しただけで、変な男に絡まれるとか」

「確かになあ。一長一短かもしれないな」

イドが言う。

「長所ってなんだよ」

「だから、男に喜んでもらえるってことだよ。大事にされるじゃないか」

「容姿で大事にするかしないか決めるのか?」

「そうじゃない人もいるけど、そういう人もいるだろ」

「嫌だなあそんなやつ」

「じゃあなんだよ、ソン、お前は可愛い女の子に興味ないのか?」

ソンは言葉に詰まる。

「か、可愛い女の子って誰だよ」

「何言ってんだよ、変なやつ」

イドは笑う。

「あのさ、お前ら知ってる?ホンボク兄さんの妹がおれらと同い年なんだけど、すごく可愛いんだって!」

リョウォンが体を乗り出して言う。

「えっ、何て名前なんだ?」

イドが聞く。

「ごめん、それは忘れた。でも、その子も向かいの家で裁縫を習ってるらしいよ」

「まじで?あのさ、今から見に行かない?もうすぐみんな出てくるころだと思うんだ」

チョンジンが言う。

「いいね!行こう」

イドが真っ先に立ち上がる。

「ソンは来ないのか?」

「えっ・・・いや、お前らが行くんだったら、おれも・・・」

ソンは付き合いのふりをして、わざとめんどくさそうに立ち上がる。

「チョンホ道令は?」

「ごめん、やめとくよ」

さっきからずっと黙っていたチョンホは初めて口を開いた。

「なんだよ、面白くないなあ。いいから来いって!」

イドとチョンジンが無理矢理チョンホの腕を引いた。

 

「ほんとにこいつ、こういう話になると入ってこないんだよなあ」

イドがチョンホを小突いて言った。

「ほんとに。チョンホが女の子の話をしてるの一回も聞いたことないよ」

リョウォンも同調した。

「ほんとに興味ないの?」

チョンジンがチョンホに訊く。

「おれは・・・」

「チョンホはほんとに興味ないんだよ。もう聞くなって」

ソンがチョンホの言葉を制した。

「なあ、何でお前が・・・」

「しっ!来たぞ!あそこだよ!」

チョンジンが生垣の向こうを指さす。5人は慌てて生垣に身を隠した。

生垣の向かいの屋敷から、女の子たちが数人出て来た。彼らとは1歳下の女の子たちである。皆華やかな服装の上に笠や上着で姿を隠していた。それでも、なんとか顔はわずかに見ることが出来た。

「ほら!あの子だよ、あの黒のノリゲの!」

リョウォンが囁く。

「ああ、あの、後ろから二番目の?確かにかわいいなあ!」

チョンジンが言う。

「ちょっと老けて見えないか?」とソン。

「鼻がもう少し尖っていたらなあ」とイド。

「目は大きくてかわいいけどなあ」とリョウォン。

チョンホはちらっと見ただけでそれ以降はろくに見ようとしなかった。

「だから、お前の好みなんじゃないのか」

ソンは不満そうにリョウォンに言う。

「まさか!そんなんじゃないよ、みんな言ってるんだって!」

「みんなって誰さ?」

「ほら、ホンボク兄さんの同い年の・・・」

「見ろよ、みんな笠や上着を脱いだぞ」

イドが指さす。

初夏の厚さで何人かは鬱陶しそうに上着や笠を脱ぎ、顔が露わになった。

「あの一番前の子の方が可愛くないか?」

チョンジンが言う。

「あの子が?特に可愛くもないって。それより、あっちの桃色のノリゲの子の方が可愛いじゃん」

イドは言う。

3人がどの子がかわいいかで言い争っている間、ソンはチョンホのもとに近寄った。

「お前はかわいいとか思わないの?」

ソンはチョンホに訊く。

「・・・特に・・・」

「もっとかわいい子のほうがいいってこと?それとも、女の子に興味ない?」

「・・・女の子がかわいいとかいう気持ちが、分からない」

チョンホはソンにだけ聞こえる声でぼそっと呟いた。

「・・・ふうん」

ソンはそれ以上何も言わなかった。

 

帰り道、彼らは市場へ向かう道を避け、人通りの少ない小道を歩いた。

「なあ、ソン」

チョンホがソンの傍に来て小声で言う。

「うん?」

「お前は女の子がかわいいとか思ったりするのか?」

「うーん」

ソンは顎に手を当てて考える。

「・・・あんまりよくわかんない。でも、いるなら見てみたいとは思うな。だって、年上の兄さんたちは、可愛い子を見たら興奮するって言うじゃん。おれらもそろそろそういう歳だって言われるし」

「興奮ってどういうことか分かる?」

チョンホは俯きながら訊く。

「おれはないけど、イドは前にそういうことがあったって言ってたよ。あいつは昔から何でも早いじゃん。よくわかんないけど、そういう話をもうすぐ書房で先生が教えてくれるらしい」

「書房で?」

「うん。婚約したり婚儀を迎える年齢になるまでに、そういうことを知っとかないといけないんだって。年上の兄さんたちは、勉強よりずっと大事なことだって言ってた」

「何だか、聞きたくないな」

チョンホは憂鬱そうに言う。

「何で?」

「お前、それがどんな話かほんとに知らない?」

ソンは目を丸くする。

「知らないよ。お前は知ってるの?」

「父上が妓生を沢山呼ぶと言っただろ」

イクスは最近こそ妓生を呼ばないが、採紅使の動きが盛んになる今年の頭まではチョンホが見ていようと構わず妓生たちと戯れていた。もうチョンホは背も高くなり、チヒョンが目を覆うには大きすぎた。彼は日常のように父親の『情事』を目にしていたのである。

「・・・じゃあ、そういうことしてるの見たことあるって事?」

ソンは聞きづらそうに、さらに声を落として訊いた。

「・・・うん」

「ほんとに?!!えっ、ど、どんな感じだった?」

ソンがあからさまに興味津々だったので、チョンホは苛立った。

「やめろよ」

「・・ごめん・・・」

「どうせ今度話があるだろ。その時に他の人に訊いたらいいじゃないか」

チョンホはぶっきらぼうに言った。

「何話してるの?」

リョウォンがいきなり入ってきたので、チョンホとソンは飛び上がった。

「な、なんでもない」

「なあ、みんなに訊きたいことがあるんだけど・・・」

チョンジンが急に言った。

「どうした?また何かあった?」

イドが言う。

「いや、そうじゃなくて・・・最近、おれの声、変じゃないか?」

チョンジンが不安そうに言う。

「あっ、やっぱりそうだよな!リョウォンと言ってたんだけど、気のせいかもしれないからあんまり気にしてなかったんだ!」

ソンが叫ぶように言う。

「な、なにが?」

「声変わりだよ!最近やけに声が低くなってきたじゃないか!へえ、おれらの中で最初に声変わりするのがチョンジンだって、予想通りだよな」

ソンが言う。

「うん。一番背が高かったもん」

リョウォンが言う。

「背の順なのか?じゃあ、次はチョンホかな?」

イドはチョンホを小突く。

「やめろよ」

「何でだよ、めでたいことじゃないか」

イドが言う。

「そうだよ。りっぱな男になるってことじゃないか」

リョウォンが加勢した。

チョンホは黙った。見兼ねたソンが割って入る。

「おい、良く見ろ、チョンホよりおれのほうが背が高いって」

そう言ってソンはちょっと背伸びして見せた。

「ソン道令が声変わりってなんかおかしいよな」

チョンジンが笑い出した。

「おい、何だよそれ、おれだって男なんだぞ」

ソンがむきになって言う。それを見てチョンホも笑った。

その時、角の向こうで人影が見えた

「やめてください!来ないでください!」

20代ぐらいの女性の声だった。まもなく、その女は走ってこちらに逃げて来た。中人らしく、それに既婚者だった。

採紅使だ。チョンホはすぐに分かった。

女は慌てて走ってきたがチョンホたちを見て、驚き立ち止まった。その手をとっさにチョンホがとった。

「こっちへ!」

チョンホがそう言って女を引っ張り、傍の植木の陰に隠した。

4人は驚いていたが、チョンホがしきりに目配せするのであわてて頷いた。

すると、案の定1人の採紅使が角から走ってやってきた。採紅使はさっきの女が見当たらないので戸惑っているようだった。

「・・・そこの道令たち、さっきここを走っていく女を見なかったか?」

採紅使はこちらに向かって横柄な態度で言ってきた。

「道令たちとは何たる無礼!私は、元戸判であるミン・イクス大監の子息、ミン・ジョンホだ。礼をわきまえよ」

チョンホは前に出て、子供とは思えない堂々たる口ぶりで言った。

「そ、それは失礼を!!道令様、お手間を取らせて申し訳ありませんが、私は採紅使のカンと言います。先ほど商人の家で捕らえた女がこちらに逃げて来たようですが、ご存じありませんか?」

「この者たちと話し込んでいたのでよくは見ていないが、あちらの方に向かう足音は聞こえた」

チョンホは正反対の方向を指さして言った。

採紅使はチョンホの言葉を疑っているようだった。怪しげにチョンホの指さす方向を見た。

「さあ、女が逃げてしまわぬように早く探さぬか。それとも殿下に逃げられたと申すのか?まさか、私の言葉を疑っているのではあるまいな」

チョンホは語気を強めて迫った。

採紅使は言い返す言葉が無く、悔しそうな表情だったがやがて走り去って行った。

「チョンホ!正気か?」

イドはチョンホに言ったが、チョンホはその言葉を無視して女のもとに向かった。

チョンホは跪いた。

「もう大丈夫です。採紅使は去りました」

「ありがとうございます道令様・・・・!!!ミン戸判大監のご子息ともあろう方が、私などを助けて下さるなんて!!お返しする術もございません・・!!!」

女はそう言ってひれ伏そうとしたが、その手を無理矢理止めさせたチョンホは言葉を続けた。

「今ひとたびは安全になりましたが、あなたの家に再び採紅使が向かうでしょう。逃げなければ。あなたのお宅はどこですか。私が向かいましょう」

チョンホは帳簿を取り出して紙を一枚ちぎり、女に手紙をしたためさせた。

女が手紙を書き終わるとチョンホは立ち上がり、呆然と立ち尽くす4人に言った。

「お前たちは何も見なかったことにしてもう帰れ」

「でも・・・」

リョウォンが何か言おうとした。

「いいから!急ぎなんだ。頼む」

チョンホの剣幕に押され、彼らは散り散りに帰った。

しかし、ソンはその場に立ったままだった。

「ソン!」

チョンホは叫ぶように言った。

「おれも手伝う」

「そんなこと言ってる場合じゃないんだ。早く帰ってくれ」

「馬鹿言うな。おれらは親友だろ。親友ってのはこういうことだ。その代わり、おれが困ってるときに手を貸してくれればいいだけだ」

ソンはじっとチョンホの目を見て言った。

「だけど・・・」

「お前こそこんな時にうるさいぞ。なあ、おれがこの人を安全なところにお連れするから、お前はこの人の家に行ってやってくれ」

「どこにお連れするつもりだ?」

「おれらがいつも遊んでる、あの林の中の岩陰だよ。二刻以内に来いよ、わかったな?」

「わかった」

チョンホは頷くと、女がさきに来た方向に急いで走り出した。

ソンも女の肩を抱えて林の方に向かった。

 

それからきっかり二刻後、辺りは既に暗くなっていたが、灯篭を持ったチョンホが女の夫を連れ岩陰にやってきた。ソンは女に自分の上着を羽織らせ静かに待っていた。

夫婦はチョンホとソンに丁寧に感謝してそのまま去ろうとしたが、ソンは今彼らだけで逃げたら危ないと言って、自分の名義で船を出し、到着先の宿代も負担してやった。

そうして夫婦を見送った時には既に戌の刻(午後10時)だった。

「ああ、まずい、父上がきっとお冠だよ」

ソンが震える真似をしてみせた。

チョンホは笑う。

「はは、おれはもう鞭打ち確定だよ」

「明日包帯を持ってきてやるよ」

「明日じゃ遅いって。おれはそれまでどうしたらいいんだよ」

2人は笑う。

「・・・なあチョンホ」

「うん?」

「お前に言ってなかったことがあるんだ」

「言ってなかったこと?」

チョンホはソンを振り返る。ソンは真剣な顔をしていた。

「・・・こないだ、父上と母上がけんかしていて、こっそり聞いてたんだけど・・・・」

そう言ってソンは躊躇った。

「・・・それで?」

「・・・父上には、隠し子がいるみたい」

チョンホは立ち止まった。

「・・先生に?」

「うん・・・」

「・・・・・いったいどこに?」

「それが・・・・・」

ソンは黙って俯く。

チョンホは唾を飲み込む。

「・・・多分おれなんだ」

チョンホは驚いて息を止めた。彼はしばらく言葉が出ず、そのまま立ち尽くしていた。

 

 

  

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今回はここまで。また次回ちゅー