国際結婚てんやわんや物語




  • 22Jun
    • 8年ぶりの更新でーす(近況報告)←誰に???(笑)

      2011年より 全く更新していなかった このブログ・・・この度ようやく更新。2011年といえば、長女が2歳になった年であり、長男が生まれる前の年でもあり。あれから早8年の年月が流れ、今では、更に次男坊も授かって、長女はすでに小学4年生、ブログ最終更新の翌年に授かった長男は小学1年生、次男坊は幼稚園年中さん。年月が経つのは早いものです勿論、ロシアから来た嫁も元気でして、家族5人で仲良く暮らしていまーすブログ更新が途絶え、8年も更新されていなかったので、このブログに訪問された方は、おそらく、破綻になった国際結婚のブログという認識を持たれた方も多くいらっしゃるのかと思いますが、国際結婚は至って順調でして、ただ単に、私の怠慢(自宅のパソコンが調子悪くなり、この数年、自宅のパソコンに手を触れていなかったこともあり)で更新していなかっただけでございまして・・・当時、このブログにコメントをしていただいた方々は、今頃何処で何をされているのかな~等と ふと思う今日この頃まぁ、これからも、気が向けば不定期で更新していこうかと思っております。話は180度変わりますが、目下、キャンプにハマっておりまして、今後は、キャンプネタの内容が多くなることを断言しておきます・・・ではでは

  • 09May
    • 終戦記念日(День Победы)

      世界が平和に向けて大きな一歩を踏み出した年、1989年のビリージョエルの名曲です。ユダヤ系の血を引くビリージョエルならではの思いが詰まった、切ない歌詞が印象的な一曲。この曲が発売された年、ゴルバチョフ書記長とブッシュ大統領がマルタ島で会談、冷戦の終結を宣言した。ロシアが制定する終戦記念日(対ドイツ戦、戦勝記念日)から数えて約40年後の出来事である。「Leningrad」(レニングラード)Viktor was born in the spring of '44And never saw his father anymoreA child of sacrifice, a child of warAnother son who never had a father after LeningradWent off to school and learned to serve the stateFollowed the rules and drank his vodka straightThe only way to live was drown the hateA Russian life was very sadAnd such was life in LeningradI was born in '49A cold war kid in McCarthy timeStop 'em at the 38th ParallelBlast those yellow reds to hellAnd cold war kids were hard to killUnder their desk in an air raid drillHaven't they heard we won the warWhat do they keep on fighting for?Viktor was sent to some Red Army townServed out his time, became a circus clownThe greatest happiness he'd ever foundWas making Russian children gladAnd children lived in LeningradBut children lived in LevittownAnd hid in the shelters undergroundUntil the Soviets turned their ships aroundAnd tore the Cuban missiles downAnd in that bright October sunWe knew our childhood days were doneAnd I watched my friends go off to warWhat do they keep on fighting for?And so my child, when I came to this placeTo meet him eye to eye and face to faceHe made my daughter laugh, then we embracedWe never knew what friends we hadUntil we came to Leningrad.

  • 29Mar
    • 東日本大震災

      この度の東日本大震災の災害において、お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された皆さま、ご家族の方々に心よりお見舞い申しあげます。私達家族の出来る限りのささやかな額ではありますが、募金をさせていただきました。一刻も早い復興をお祈りしております。

  • 10Feb
    • SOLLERS ウラジオストクでトヨタ車輌生産か!?

      Toyota, Mitsui и Sollers откроют производство во Владивостоке!本日付け北海道新聞夕刊で「トヨタ、ロシア極東でSUV生産」(見通し)との記事を目にしました。現在、トヨタはサンクトペテルブルク工場で一部の車輌を生産しているに留まっているが、これが実現すると、ロシア国内で2番目の生産拠点を持つことになるみたいです。記事を読むと、合弁会社を設立するようですが、トヨタは当面それに出資せず。出資するのは三井物産とロシア国内自動車メーカー「SOLLERS」(本社:モスクワ)の二社。トヨタは生産技術と部品だけを提供する(SOLLERSで組み立て生産)、という流れらしい。三井物産は既にシベリア鉄道の物流事業やパイプライン事業などにも着手しており、ロシアでの事業展開も幅広く、トヨタよりもロシアに精通している要素がたっぷりある。一方、新興国の需要拡大に魅力を感じながらもリスクを恐れるトヨタ。恐らく、これは、イケイケの三井物産が用心深いトヨタに持ちかけた話!?トヨタにとっても、当面、合弁会社への出資を避けながらも、自社ブランドの車輌生産・販売が可能なわけだから悪くない話。 しかも、プーチン首相の政策で、生産された車輌の輸送は無料なわけだから、シベリア鉄道を使って西側にも持って行けてしまう。 トヨタにとって二度美味しい話。 間違いなく合意に至るでしょう。ランクルの国内組み付け拠点は本社工場だが、部品は諸々関連会社等が製造しているわけだから、トヨタの北海道工場からも部品が輸出されるのかな!?兎に角、千歳⇔ウラジオストクの直行便開設を切望します。関係ないか・・・現地メディア(РИА НОВОСТИ)http://www.rian.ru/economy/20110210/332581673.html

  • 03Oct
    • 本日の一品

      我が家の本日のメニューは、先日、嫁がロシアから持ち帰ったロシア料理の逸品「サラ(сало)」を使った一品。勿論、嫁が腕を振るいます (そんなオーバーな料理でもないが・・・)※サラ(сало)については、こちらを参照<義父自慢の自家製サラ(сало)-脂身を生のまま塩漬けにする製法><こちらは嫁の祖母製-脂身を茹でてから塩漬けにする製法>今回は、塩気の強い義父のサラ(сало)を使って、ジャーマンポテトならぬ、ロシアンポテト!?を作ってくれました。(決してロシアの定番料理ではなく、あくまで嫁一家に伝わる家庭料理です)作り方は簡単。まずは、鍋で皮を剥いたジャガイモを茹でて、その間に、熱したフライパンに「サラ」と玉葱の粗切りを入れて軽く炒める。最後に、茹で上がったジャガイモを、炒めた「サラ」と玉葱の粗切りが入っているフライパンに加え、弱火に掛けながら和えるだけ。塩コショウは一切必要なし。↓出来上がりはこんな感じ。<サラの塩気がジャガイモに滲みこんで最高なテイストです>そのまま食べてもうまい!黒パンに挟んでもうまい!目玉焼きに添えてもうまい!焼きそばに入れてもうまい!私の好物サラ(сало)。前回ロシアから持ち帰った分は、3ヶ月程度で消化してまったが、今回は、嫁が大量に輸入してくれたお陰で、一年位は大丈夫そうです。

  • 11Sep
    • 我が家族 無事帰国!

      今年5月から我が家族(嫁と娘)はロシアにいる嫁方の家族に昨年生まれた娘の顔を見せるため、嫁の実家があるウラジオストクに帰省していましたが、本日、4ヶ月ぶりに私の元に戻ってきました。帰国直前、娘が発熱し、一時は帰国を延期することも考えた程でしたが、何とか、無事に帰国出来てまずは一安心です。いよいよ、本日から、家族三人での新居生活 スタートです

  • 12Aug
    • 暑い夏の過ごし方

      今年はとにかく暑い・・・一体全体、日本はこれで大丈夫なのだろうか・・・一方、世界一寒い街で有名なロシアのオイミャコン(Оймякон)の気温は・・・以下参照http://pogoda.mail.ru/?days=3&city=3055今すぐオイミャコンに行きたい・・・心底・・・なんて現実逃避な発想なんだろう・・・まあ、こんなこと言っても何の解決にもならないので、やめます。ということで、我が家では、現実的に暑い夏を乗り切るため、快適に過ごす環境作りにチャレンジすることにしました。快適に過ごす環境とは・・・その名もズバリ「我が庭の緑化計画」~あの夏のダーチャを我が家に~ということで、三年前の夏に訪問した嫁の実家のダーチャ(дача)を思い出しながら、暑い中でも楽しく快適に過ごせた あのダーチャを想いながら、<我が嫁の実家のダーチャの庭>我が家の庭を少しでもダーチャに近づけるべく、庭造りにチャレンジします乞うご期待

  • 10Jul
  • 02Jul
    • ウラジオストク生誕150周年!

      Владивостоку 150летということで、本日(7月2日)は、嫁の故郷ウラジオストク(Владивосток)市の生誕150周年です明日からの週末(7/3~7/4)には記念式典も催され、街は祭りモード一色の様子(嫁談)嫁の母が代表を務めるダンススクールのチームもウラジオストク行政からの要請で記念式典で公演するようです。地元メディア”ウラジオストク毎日のニュース”(ЕНВ)に載りました。http://novostivl.ru/msg/11621.htmそして、日曜日には、ロシア極東開発の視察という名目でメドベージェフ(Медведев)大統領がウラジオストクを訪問する予定になっているということなので、街は更にお祭り騒ぎ・・・(開発の遅れに檄が飛んでるようなので歓迎ムードとはいかないみたいですが)兎に角、嫁の地元の記念すべき日に、От всей души желаю жителям Владивостока счастья, успехов и благополучия

  • 29Jun
    • шторы論争勃発

      とうとう我が家で論争が勃発しました。というのは、6月24日付記事(リンクはこちら)でお伝えした通り、最近、我が家はマイホームを購入しましたが、そのマイホームの内装系(インテリア)を「あーしよう、こーしよう」という具合にロシアに帰省中の嫁とテレビ電話(スカイプ)で話し合っていたのですが、その中で、お互いどうしても譲れないポイントが出てきてしまったのです・・・そのポイントとは・・・ 「шторы(シトーリ)の柄・・・(汗)」 ※шторы(シトーリ)とはロシア語で「カーテン」のこと。カーテンの柄位で、なんなんだよ! と言われそうですが・・・我が家にとっては重要なのです。私は、いわゆる一般的なカーテンを選択。こんな感じ。 良くありがちなレースとカーテンの組み合わせ。(色は現在検討中)一方、嫁の趣向は完全にゴージャススタイル・・・こんな感じ。 昔、自分が通っていた小学校の体育館のステージにこんなのがついてたことを思い出します・・・嫁が好むカーテンは、私にとって場末の映画館か体育館にある「幕」にしか映らず・・・特に上部のフリフリは勘弁して欲しいと思います・・・嫁は、いわゆるドレープカーテン(портьера)が好みの様です。確かにロシアのカーテン事情を私なりに調べてみると、この手のスタイル(下記)が多いようですがはてさて、我が家が購入した「一般的な日本の住まい」に本当にこの手のカーテンが釣り合うのでしょうか。と、複雑な心境を抱えつつ、異国の地で暮らす嫁のことを考えると、せめて自宅くらいは嫁の好みに仕上げてあげたい、とも思う今日この頃ですが、皆さんはどう思われます???

  • 24Jun
    • ★続 念願のマイホーム購入 秒読み!?

      6月7日記事(リンクはこちら)でお伝えした通り、我が家では、念願のマイホームを購入しようと、家族会議で上がった様々な条件に見合う物件を探しておりましたが、この度、ようやく希望通りの物件を探し出すことが出来ましたマイホーム購入の最終決裁は、ロシアにいる嫁に任せているため、嫁に物件の詳細や購入前の業者との交渉結果を報告したところ、「давай!」との号令が掛かりましたので、これにて購入決定となりました勿論、キャッシュではなくローンでの購入となりますので、借り入れ元や金利の種類等を各種検討しましたが、結局、財政投融資貸付金利や、長期プライムレート(以下:長プラ)連動型ではなく、RMBS(住宅ローン担保証券)金利適用の長期固定金利型で購入することにしました。いわゆるモーゲージ系です。長期的には長期金利(新発10年物国債利回り)に連動するものですが、基本はRMBS金利を適用するため民間銀行の長期固定金利ローンよりも金利が低く、変動型や短期固定金利ローン等の金利上昇時の返済額拡大が無い点等に魅力を感じたため、これを選択しました。現在は、住宅ローンの本審査も無事に通過し、融資も決定したので、建物の引渡しを待つばかりです。目下、嫁共々、インテリアに頭を悩ませているのですが、それについては、また次回記事にて・・・【追伸】たった今(この記事を書いている最中)、NEWS ZEROで村尾キャスターが、「長期金利がまた引き下げられた」と言ってます。前日比0.04%低い1.125%まで低下・・・03年8月以来の低水準とは・・・このままでいけば7月も金利が下がる可能性があります。6月資金実行の我が家にとっては悔しいニュースです・・・

  • 07Jun
    • 念願のマイホーム購入 秒読み!?

      嫁と娘がロシアに帰省する前、一家で度々足を運んだのが、近郊の住宅展示場遂に念願のマイホームの購入に動き出した我が家であった私も以前から友人たちがバタバタとマンションやら一戸建てやらを購入し始め、それに影響されるように「マイホーム」というものに少なからず興味を持ちはじめていたことは事実。但し、漠然とですが。しかし、あれから数年の時が経っても、結局、未だにマイホームを購入していない自分それが今年になって急展開動機は、結婚してから現在まで、自分の欲しいものを一切おねだりしてこなかった我が嫁がこの件ばかりはと、非常に積極的な姿勢を示したからであるとは言うものの、家を探すといっても難しいもので、新築か中古か?  マンションか一戸建てか?  注文住宅か建売住宅か? 立地条件は? 土地面積は? 家の大きさは? 間取りは? 購入の意思は固まったものの、何を優先するか、頭の中が整理できていないことに今更ながら気づく自分・・・度重なる家族会議の結果、優先する条件は下記の通りとなりました①治安が良いこと。②大通りに面していないこと。③私の実家まで徒歩圏内であること。④嫁の友人宅と徒歩圏内であること。⑤地下鉄、またはJRの駅まで徒歩圏内であること。⑥小学校、中学校が近ければ近い程良い。⑦スーパーなどの商業施設まで徒歩圏内であること⑧庭付き一戸建て(庭は10畳位でも可)⑨新築物件。⑩日当たりが良い。⑪近隣の建物との間隔が十分にある。⑫長期優良認定住宅。⑬間取りが4LDK以上。(土地面積50坪以上)⑭車が二台以上置けること。⑮オール電化住宅⑯無理のない返済計画が立てられる金額であること。ざっと、こんな条件が出てきました・・・ 優先条件というか、これって、条件の全てではないかと・・・なんとも贅沢でむちゃくちゃな条件です・・・ということで、条件に見合う物件探しの旅が始まります果たして、条件通りの物件は見つけ出せるのでしょうか・・・続きは次回記事へ・・・

  • 30May
  • 24May
  • 26Apr
    • ニックネーム変更しました。

      諸事情によりニックネームを「Софийкин папа」に変更しました「ソフィーキンパパ」と呼んで下されば幸いです今後とも、変わらぬご愛顧の程、よろしくお願い申し上げます。 m(_ _)m

  • 03Apr
    • パースハ(пасха)の下準備完了です★

      早いもので、今年も既に4月に突入し、私は、育児やら新年度事業計画作成やらで、公私共に慌ただしい日々を送っておりますが、そのような中、本日はもう一仕事追加きたる4月4日(日)のパースハ(пасха)のための下準備、「パースハの卵(пасхальное яйцо)製作」です先程から準備を始め、今、完了しました出来栄えはご覧の通り。中央の皿に乗っているのがこの度作成した卵ですが、写真両端にある木製の卵と比較しても見劣りしません。我ながら上出来です▼もはや神業の出来栄えです。神業の出来栄えの裏には・・・実を云うと、今年は例年と違い、自らのペイントではなく、少し横着して市販品の感熱装飾シール(декоративные термоэтикетки)を使用・・・自身でペイントするのも楽しみの一つですが、これもこれで楽しいもんです▼今回使用した市販品。商品一袋に二玉分のシールが入って100円程度。勿論、ロシアで購入したもの。▼市場には様々な模様のシールが流通しているようです。作り方もとっても簡単。▼①袋状のシールを開く。              ▼②その中に卵を入れる。▼こんな感じ。                      ▼上から見るとこんな感じ。感熱装飾シールがお湯の熱によって急激に縮みながら卵にフィットしていく姿を見て「キャッキャ、キャッキャ」と騒ぐ嫁の姿が何とも愛らしい・・・▼③沸騰した鍋に浸ける。              ▼解説書には数秒茹でると記載。▼④鍋から取り出して完成です。 パースハの卵作りが億劫・・・という方は是非お試しあれということで、無事にパースハの下準備を終えることが出来ましたので、寝ます・・・

  • 14Mar
    • 祝☆ 娘のロシア国籍取得!

      2019年6月22日更新。更新内容・日本で生まれたロシア人との間にできた子供にロシア国籍を取得した場合、その時点で日本国籍が喪失となりますので、ご注意ください。 2010年に記載した当記事に記載の内容は当時、知識のない私が行った内容ですのでこれから同じように国籍を取得しようとお考えの方がいらっしゃいましたら、法務局に出向き、よくお調べになってください。以上2010年1月2日記事 にてご報告した通り、昨年紅葉の季節、我が家に新しい家族が誕生しましたロシア国籍を持つ嫁と日本国籍を持つ私の間に生まれた子ということで、我が娘には、一定期間ではありますが重国籍を有する権利があります。私は当初、娘はロシアに居住することはないだろうと考えていたので、ロシア国籍を取得することは余り考えていませんでしたが、家族会議の結果、「親としての責務を果たすことが重要」ということに気づき、二国籍間に生まれたという特権を活かした子の将来の可能性拡大に向け、娘のロシア国籍を取得することにしました。娘が成人になった頃、日本という国がどうなっているかも分かりませんので・・・また、ロシア国籍を取得しておくことによって、「渡露の際ビザが不要」、「短期滞在ビザ免除による渡航先の拡大(日本64カ国+ロシア32カ国=96カ国 ※重複国無し)」等々、それを活かせる機会があるかどうかは別として、利点があり、決して損はありません。そうとなれば、思い立ったが吉日。 早速行動ですということで、ひとまず行政書士に相談したところ、手続きが色々複雑なので、国籍取得までには約10万円程度の費用と1ヶ月程度の期間が掛かるとの事・・・そんなに急いでいるわけでもないので後者については問題ないのですが、前者が気になります。 ましてやこれから発生する育児費やら何やらの事でなるべく無駄な出費を抑えたいという気持ちがあり、その旨を盛り込んだ我が家庭方針もありますし・・・ということで、熟考を重ねた結果、自分で申請にトライすることにしました。 何事も経験ですただ、取り掛かるにも、必要書類? 申請方法? 申請場所? 等々がよく分かりません・・・ネット等で様々調べて見ましたが、詳細情報が乏しく、結局、我々の居住区にある「在札幌ロシア連邦総領事館」に問い合わせることにしました。一応、我が居住区での申請に伴う必要書類と申請方法等は下記の通り。1.必要書類と費用  (1)申請書(Заявление по форме №3 ) ※ロシア語の書類  (2)出生届出受理証明書  (3)婚姻届出受理証明書  (4)登録原票記載事項証明書(旧外国人登録済証明書)  (5)申請する子供の住民票  (6)両親のパスポート(ロシア側は国際パスポートの方)  (7)ロシア国籍の親(我が家の場合は嫁)の写真(サイズ:3×4センチ) ×3枚  (8)申請する子供の写真(サイズ:上記同) × 3枚  (9)同意書    (定型書式無し。 日本人側の親が子のロシア国籍取得に同意する旨の内容が書かれていればOK) (10)費用(申請及び翻訳) 我々の場合、翻訳料込みで約14,000円でした。※上記1.必要書類「(2)から(5)まで」にアポスティーユ証明を受けなければなりません。  ※アポスティーユ証明の受け方について、    ①申請書の作成     外務省HPに記載されている申請書 に必要事項を明記の上、書類に添付。      (アポスティーユ証明が必要な書類1枚毎に作成する)    ②申請場所      外務本省(東京)及び大阪分室のどちらか。    ③申請及び受け取り方法      1)窓口で申請して、後日、窓口で受け取る。      2)窓口で申請して、後日、郵便で受け取る。      3)郵便で申請して、後日、郵便で受け取る。(私はこれで申請しました)2.申請方法  (1)場所     申請者の居住区を管轄する在日ロシア大使館・領事館。  (2)手順     上記1.必要書類(アポスティーユ証明が必要な書類はそれを受けたもの)と     費用を持参し、上記(1)の窓口に申請。      その際、同意書も提出しなければいけないのですが、同意書の書式はフリー。      (我が家は、嫁に内容を代筆してもらい、私はそこに日本語でサインしただけ)    3.受取り  (1)場所  申請場所と同じ。  (2)納期  約2週間。  (3)書類     国籍取得証明書(Решение о принятии в гражданство)4.関連サイトアドレス  ・在日ロシア大使館 インフォメーション http://www.rusconsul.jp/hp/ru/citizenship/citizenship.html  ・外務省 インフォメーション http://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/todoke/shomei/index.html#1_5というような手順で、行政書士が説明していたような複雑さや難しさを感じることも無く、意外とあっさり、娘のロシア国籍を取得することが出来ました費用についても行政書士が見積もった金額の約7分の1程度しか掛からず、自分でやってみて やっぱり正解 これで、二人目三人目が出来ても安心ですついでに、娘のパスポートも同時申請し、無事、母親のパスポートに組み込むことが出来ました。ということで、我が家の娘は当面二つの国に籍を置く、「японская россияночка」となりました

  • 01Mar
    • バンクーバー冬季五輪閉幕 次回開催はロシアソチ(Сочи)!

      本日の閉会セレモニーで17日間に亘った熱き祭典が閉幕します。世界82カ国の国や地域から総勢約2,700名の選手が出場した今大会では24カ国がメダル獲得国となり、総計253個のメダルがそれぞれの獲得選手と共に凱旋帰国の途に着くようです。我が日本勢は、カーリングのチーム青森やモーグルの上村愛子選手などメダル有力候補のチームや選手が敗退する中、スピードスケート選手勢の快挙により、金メダルにまでは届かなかったものの、前大会トリノ五輪での獲得数を上回るメダルを獲得することが出来ました。(計5個)一方、我が嫁の母国ロシア勢が獲得したメダルは、金×3、銀×5、銅×7の合計15個。フィギュアスケートのプルシェンコ(Викторович Плющенко)選手やアイスホッケー以外、これといってメダル獲得有力候補が不在の中での大会であったこともありますが、いまひとつメダル獲得に拍車が掛かりませんでした・・・残念・・・(T▽T;)私が幼い頃の記憶には、ロシア(ソ連)といえば、ほぼ毎大会メダル獲得の首位に立ち、同じ共産主義国の東ドイツと抜き抜かれつのデッドヒートを繰り広げながらメダル大量獲得を独走する圧倒的強さを見せつけていた印象が残っています。一方、近年では、メダル獲得上位国には変わりありませんが、決して首位を独走とまではいかず、かつての様な勢いは見られません・・・また、バンクーバーでは、その傾向がはっきりと見えたような気がします・・・たしかに、近年のロシアでは、国営スポーツ施設などが次々に閉鎖、有望選手の発掘や教育が遅れ、その指導者達が国外に流出する等々・・・、アスリート育成環境が悪化。それにステートアマやそれを継承しているシステムの崩壊等々、私的には「ソ連共産主義国崩壊による弊害」が表面化してきた、と解釈していますが。さて、その真実は・・・次回の冬季五輪は、ロシアソチ市(Сочи)での開催が決定されていますが、地元開催というメリットを有効に活かし、メダル大国ロシアの復活を願いたいところです。また、今後のアスリートや指導者などの育成、無論、環境整備などにも精力的に取り組んで頂きたいところです。

  • 14Feb
    • バンクーバー冬季五輪 開幕!

      前回の北京五輪から早二年の歳月が流れ、昨日、2010年度冬季五輪「バンクーバー大会」が開幕現段階(日本時間 2/14 12:00 現在)での日本勢のメダル獲得はまだありませんが、早くも、オランダ、スイス、スロバキアがそれぞれ金メダル、ドイツ、ポーランドがそれぞれ銀メダルを獲得しています。一方、我が嫁の母国ロシア勢は、日本の平子選手が19位となったスピードスケート(Конькобежный спорт)5,000メートルで、ハバロフスク(Хабаровск)市出身の27歳 イワン・スコブレフ(Иван Скобрев)選手が銅メダルを獲得していますУра彼にとって、前回の冬季五輪トリノでは10,000メートル、5,000メートル、1,500メートル、団体と全種目でメダル獲得ならず、悔しい思いをした分、今回のメダル獲得は特別なものになったことでしょう。 ロシア勢には、この幸先の良いメダル獲得を追い風に、前回トリノ五輪での獲得メダル22個を上回る活躍を期待したいところです。 勿論、日本勢にも、メダルを獲得すべく気張ってもらいたいところです。

  • 02Jan
    • С Новым годом!!!

      ブログ更新が約4ヶ月振りとなり、皆様にご心配をお掛け致しましたことを心よりお詫び申し上げます・・・m(_ _)m私事でバタバタしておりまして、気が付くと2010年になっておりました。嫁共々元気にやっておりますのでご心配は無用です実を云うとバタバタの原因は・・・昨年紅葉の季節、我が家に新しい家族が誕生それに伴い、嫁の入院~出産~義母の来日(出産介護のため)etc・・・とハードなスケジュールが連鎖しておりまして・・・ということで、ブログを更新する余裕がありませんでした・・・ごめんなさい(Извините)・・・今もバタバタの真っ最中なのですが、とりあえず、新年の挨拶を含め家族の無事を報告せねばとブログのペンを執った次第です何時になったら落ち着けるのか見通しがつきませんが、落ち着いた折にはまた更新致しますので、更新間隔が長期に亘ってしまっても、ご容赦の程、宜しくお願い申し上げます。後先が逆になりましたが、昨年中は大変お世話になりました。m(_ _)m 本年も 何卒 宜しくお願い申し上げます。