あめ・ものがたり
四季のうつろいを、どんなときに感じますか?
恋をしているとき、街を歩いているとき、ウィンドーショッピングを
しているとき・・・
どんなときにも、季節は少しずつ、進んでいます。
そんなうつろいを感じてもらいたくて、
日々誰にでも起こりそうな物語に
季節の香りを折り込んでみました。
とっても短い物語です。お気軽に読んでください・・・。
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2006-06-20 17:08:32

壷の中のふるさと

テーマ:ショートストーリー
 四年ぶりに、生まれた街に帰った。
 ローカル列車を乗り継ぎ、無人駅の「わが街」に降り立つと、
子どもの頃と変わらない夕暮れが四十歳になった私を包んでくれる。
ふるさとの空気は、いつでもやさしい。
 暮れてゆく田舎の町は、ネオンの光などなく、静かで、
暗い壷の底にゆっくりと落ちていくような気がする。
 「ケイコ!」と呼びかけられて、ふりむくと、
白いシャツと学生ズボンの高校生が、こちらを見て笑っている。
 もしかして、私は過去に帰ってしまったのかと、
あわてて辺りを見回す。
ゆっくりと近づいてくる彼は、よく見ると、
私の後ろから歩いてきた女の子に微笑みかけていた。
 二人は、仲良く語らいながら暮れてゆく街に消えて行った。

 そのとき、「お、帰ってきたな」と、懐かしい声がした。
 ヨウイチだ。子どもの頃から変わらない、過去から来たと
言っても、不思議ではない懐かしい面立ち。
 ただ、家業の大工を継いで、身体はたくましい筋肉質だ。
 子どもの頃からずっと仲良くて、今も帰省すると、
こうして迎えに来てくれる。
 家族のいなくなったこの街で、唯一ふるさとらしい存在が
彼なのだ。
 
 明日行う父の法要のために、お寺に行く。
 お寺には、ヨウイチとよくザリガニ釣りをした池がある。
 釣りにあきたら、そのそばのイチョウの木に二人で登った。
 誰も来ない高いところに登って、誰にもできない話を
二人でした。私たちは兄弟以上の存在だった。
 ヨウイチが結婚するまでは。

 ふるさとの家のような、高く、たくましいイチョウの木を
「ただいま」といいながら、パンパンと掌でたたく。
・・・元気が、ない。
 「この木、枯れてきたみたいなんや」と、ヨウイチが言う。
 見上げると、確かにいつもたっぷりとある葉っぱがない。

 子どもの頃は、あちこちの家々から機音が聞こえ、
どの家も活気があった。機音に負けないよう子どもも
大きく声をはりあげて、遊び、ケンカし、笑っていた。
 しかし、きもの産業が衰退し、この街から機音が消え、
若者は都会へ出て、活気もなくなっていった。
 そんな街の様子を見つめていたからだろうか。
 木は、ゆっくりと衰え、最期のときを迎えようとしていた。

 「俺も、今度の春、家族連れて都会に出ようと思っとる。
もう、お前帰ってきても、迎えに行ってやられへんなぁ」
 ヨウイチがポツリと言う。
 しばらく黙ったあと、「元気でな」と、二人同時に言い、
思わず見つめあい、笑った。

 何もかも、時間とともに変わってゆく。
 この街の家々も、人々も、いつか知らないものばかりになるだろう。
 でも、きっと平気。
 都会に帰れば、また、この街のことなど知らない顔をして
生きてゆけるから。

 帰りに、壷を買おうと考えていた。
 ゆっくりと、故郷に帰っていけるような。
 ゆっくりと、過去に戻っていけるような。
 そんなやさしくて、大きな壷を。
 耳をあてると、ヨウイチの声 が聞こえると、いいなと思った。

 
2006-05-25 11:59:53

雨あがりに見つけたもの

テーマ:ショートストーリー
雨があがった。
空は、磨き上げたような、輝く、晴れ色。
こんな日は、なんでもできそうな気がする。

だから、もうやめようと思った。
いい妻でいようとすること。
これは、前進なのか、後退なのか、わからないけれど。

仕事を始めて、八年。
夫とは、けんか、ケンカ、喧嘩の連続だった。
家事がおろそかになっているとか、
子どもの面倒をちゃんとみられていないとか、
そんなありきたりの、いさかいばかりだった。

女だから、妻だから、という理由で
こんなことをとがめられるなんて、
不公平だと思った。
仕事をやめるよりも、妻をやめようと思ったことも
一度だけではない。

けれど、続けるようにがんばってきた。
続けることに意味があると思ってきた。
文句も言わず、その代わり、言葉はなく、会話はなく、
心の交流もなく、八年。

家族の心のいろんなところがほころんで、穴があいて、
そこから涙がぽろぽろこぼれた。
来る日も、来る日も、言葉もなく、静かにこぼれる涙は、
六月の雨のように、心をしめらせ、家族の空気を憂鬱なものにした。

今年は、春なのに、梅雨のような雨がつづいた。
本当の梅雨は、これから来る。

私たち夫婦も、二十代なのに、くたびれた夫婦のように
暗澹とした疲れた雨のふりつづく日々だった。
本当の人生の梅雨は、これから来るのかもしれないのに。

これからの人生を思うと、別れることはカンタンな解決方法。
でも、
夫の代わりの誰が私とともに生きていけるだろうか。
やはり、ともに長い春の雨をしのいできた人が
いっしょに晴れ間の嬉しさを楽しめるんじゃないだろうか。

ひさしぶりの晴れがとても嬉しい朝だから、気づいたこと。
長い雨が続いたから、わかったこと。

いい妻でも、いい夫婦でなくても、
ともに時間をすごせる人と、いっしょに耐えて、
いっしょに喜びたいと思った。心から思った。

だから、ありのまま、またぶつかりあいながら、
晴れ間をいっしょに楽しもう思った。

晴れ空を愛しむように、互いを慈しみあうように
つがいの鳥が、ゆらゆらと
線を描くように飛んでいった。

未来につづく線を眺めるように
行方をみつめていた。



2006-05-17 11:51:27

雨音に耳をかたむけて

テーマ:ショートストーリー
ベランダに出て、ながめると、たっぷりの木々の緑。
それが、よかった。
それで、この家に決めた。
都心まで小一時間かかる駅から徒歩十分のマンション、五階。

雨がふると、雨の音がやわらかく響いた。
木々の葉っぱに落ちて、さわさわ、ぽつぽつと、
森に住む天使たちの、ひそやかなささやかにも聴こえた。
雨と風に揺られている木の枝たちは、
オーケストラのように揺れながら、小さな美しい旋律を聴かせてくれる。

仕事も家事も、とてもがんばってきた。
がんばった分だけ評価されている仕事、好きな人と結婚して得た家庭。
三十七歳の女性としては、充分すぎるほど幸せな環境にいる。
けれど、幸せでいたいと思えば思うほど、人の目、人の噂、人のくらし・・・
そんなものばかりが気になって、
何につけ、他人との比較で自分の幸せをはかるようになっていた。

だから、人の声ではなく、大好きな雨の音に、
静かに耳を傾けたくなって、
都心の高層マンションに暮らしを捨てた。

どうして便利でお洒落な都心の暮らしを捨てるの?
と、友人は不思議そうに、そしてなぜか不満げに尋ねた。
確かに便利さは劣る。スタイリッシュな暮らしとも遠ざかる。
けれど、ここには、自然に囲まれたこの暮らしには、
やすらげる音がある。匂いがある。
雨音も、仕方なくアスファルトに落ちる騒がしい音ではなく、
心地よく涼やかに落ちてくる音、
やさしく雨を受け止める自然の音色が聴こえる。

匂いも、自然の呼吸が加わると、かぐわしく、
折々の季節の生命たちが融合しあって見事に変化する。
たとえば、雨は、木々の葉に落ちるとき、葉っぱのもつ香りをポンと
刺激し、なじみ、じんわりと匂い立たせてくれる。
鳥たちは、楽しげに飛び交い、
みずみずしい葉っぱのもとに憩いにやってくる。
都心では聴けなかった鳥のさえずりも、季節によって変わってゆく。

ここにいると、ここにいるだけで、
生きているのだと、わかる。
時の流れの中で、何もしなくても、何かを積み重ねて、
生きているのだと、実感する。
そして、生きていてよかった、と、少しだけ感動する。

小さな粒なのに、雨足が少し強くなった午後。
霧がかかって、ベランダから臨む景色が、
遠くがうすぼんやりとフィルターを
かけられたような色彩に変わった。

晴れたら、何をしようかと考えた。
ごく近い未来のことを考えることで、明日のこと、
あさってのこと、そして遠い未来のことが見えてくる。

想像する未来を、祝福するように、拍手の音が聴こえた。
───雨足が、また強くなったようだ。



2006-05-12 12:07:26

私に吹く風

テーマ:ショートストーリー
昨日の夜、かつての同僚から電話があった。
昇進したのだという。

私と同期入社。よきライバルだった。
でも、ほんの少しだけ、私の方が責任のある仕事を
任されていて、彼女に負けまいと意識したことは、
なかった。

けれど、数々の壁にぶつかり、疲れ果てた私は、
当時つきあっていた夫からのプロポーズを
逃げ道のようにして、仕事をやめた。

いま、夫の転勤で地方の団地に住んでいる。
生後七ヶ月の赤ん坊の育児に追われる日々。

月末も〆日も関係なく、
天気のいい日には、洗濯と散歩にふりまわされる。
今日も、団地の庭にある藤棚にいくと、赤ん坊が
小さな手を藤の花に伸ばす。

小さな手は、あと少し藤の花に届かず、むずかる。
泣きそうになる子どもをあやしながら、
これでよかったのか・・・と、悲しくなる。

あのとき、あきらめなければ、私にも
きっとチャンスはめぐってきたはず・・・。
同僚にも負けることはなく昇進し、
それなりのポジションを得ていたはず・・・。

単調な毎日への疲れが、そんな後悔を、
私の心の奥から引きずり出す。

そんなとき、強い風が吹いてきた。
砂埃が高く舞い上がった。
まわりに誰もいない公園で感じた、強い風。

もしかしたら、これは、私に、
私にだけ吹いた風かもしれない──そう思った。
甘ったれた後悔で、涙ぐむ私を叱る風、
哂う風、怒りの風・・・

いま、ある状況は、きっと私の人生に吹いてきた風が
連れてきたもの。
誰にふいたのでもない、私に吹いてきた風。
同僚には吹かなかった風だったのだろう。

人生には、どんなに逆らっても、決められた運命があるはず。
それが、私の、私オリジナルの人生であるとしたら・・・。

風にのって、生きてみよう、と思った。
ときには、さからいながら、でも、ときにはやさしく流されて・・・。
風に心地よくのるコツさえ、わかれば、幸せのつかみ方も
きっとわかるはずなのだから・・・。

強い風から、無意識のままに守った私の赤ん坊は、
胸の中で、愛らしくほほえんでいた。
わが身よりも自然に、大事に守ってしまうものがある
私は母になったのだ。そういう風が、ふいていたのだ。

風に揺れた心は、見える景色も揺らしたのだろう。
あたりの緑が、深くなったことに気づいた。
2006-05-10 13:18:51

Someone to watch over me

テーマ:読む、聴く、食べる、時々、悩む
一人の時間を、豊かにするために必要なものが、
いくつかある。

その中の一つが、ジャズ。
といっても、たくさん聴いてきたわけでもなく、
熱心に聴こうとしたことも、まだない。

ただ、リラックスしたいときの、コーヒーとともに。
あるいは、一日の終わりのワインとともに。
ジャズがいつのまにか、私の隣に
やさしくほほえんで座っているようになった。
長年の友だちのような関係だ。

深く知らなくても、そばに気配を感じるだけで
安心する・・・そういう存在は、人生の中で
きっと、とても大切なものだと思う。

ジャズがそんな友だちになってくれるきっかけに
なったのが、“Someone to watch over me”だ。
初めて耳にしたのは、いかにもビギナーらしく
「Jazz on TV-CM 1989」というアルバム。
しかも、レンタルショップで借りたもの。

このアルバムの中のこの曲が、とてもよかった。
ピアノの伴奏、女性シンガーの声・・・
当時、ジャズなんて・・・と思っていた私を
感動とともに目覚めさせてくれた、すばらしい演奏。

うっとりと、誰か、見つめてくれる人を探すような、
見つからずに焦れているような、せつなさが
私をしびれさせる。

ただ、とても残念なことに
いま、手元には、このアルバムのアナログテープしか残っていない。
歌っているシンガーが誰なのかも、わからない。

知りたくて、ずい分探した。
どんなに有名なシンガーの曲を聴いても、
心のどこかで、いつも、求めている歌声があって
私を満足させてくれなかった。

だから、今も、
ジャズのアルバムコーナーに行くと、
常にこの曲を気にしつつ、良いアルバムを探す自分がいる。
きっと、私の探すシンガーのアルバムは、
どこかで、私を待っていてくれるのだろう。
いつか、思いもかけないところで、嬉しい邂逅があるだろう。

そう期待して、今日もジャスを愉しみ、
小さなお店でも、ふらりと立ち寄って探している・・・
この曲こそ、私にとっての
Someone to watch over me
なのだろう。

探しものは、毎日をちょっとドキドキさせてくれる。



花たちも、someone to watch over me を探しているかもしれない・・・
2006-05-09 16:49:28

ひとりで、散歩

テーマ:読む、聴く、食べる、時々、悩む
一人で散歩するのが、好きだ。

自分のペースで歩き、自分の見たいものを見たいだけ見て、
立ち止まって、その場にある光を浴び、風を感じ、
誰かといたら感じられない音に、耳を傾ける。

物事は、見ようとしないと見えないものがあり、
聴こうとしなければ、聴こえない音がある。
感じようとしなければ感じられない風があり、
意識しなければ、あたりまえに消えてゆく光がある。

だから、一人でゆく。
散歩にも、出会いと別れが、ある。

思いがけず発見して、嬉しい出会いや、
いつまでも見つめていたいけれど、
次の出会いのために、さぁ、とキリをつけて
立ち去ろうと決める別れ。

それらひとつ、ひとつに
一人で出会い、一人で別れる。

一人のときに、自分の中の感性が
ちゃんと生きているのかを確かめに、
散歩に出かける。

別にたいしたことじゃない。
けれど、ちゃんと持っていたいこと。
持っていなければいけないこと。

たった一人。
一人ぼっちの時間。

そこから、今日もストーリーが、動き始める。

散歩道
2006-05-04 00:04:24

おっちゃん

テーマ:ショートストーリー
「ええか、彼氏に誘われたら、三回に一回、
いや、五回に一回くらいは、断るようにしいや。
恋は駆け引きやで。たまにはもったいぶったらな」
社員食堂で、おっちゃんはそう言って、
がははは・・・と笑った。

おっちゃんは、大阪支店から転勤してきた
四十代半ばの平社員だ。
出世はしそうにないが、小田さんいう名前から
“おっちゃん”と呼ばれ、皆から親しまれている。

おっちゃんは、自称、“恋の達人”だったらしく、
私の恋愛について心配してくれている。
「まじめで奥手そうやから、悪いのに、コロッと
ひっかかるんや・・・」。おっちゃんの言葉通り、
私には恋愛経験があまりなく、恋に慣れた男に翻弄されていた。

連休もずっとその男からの連絡を待っていた。
でも、連絡があったのは、深夜「迎えにきてくれ」
という電話だけ。便利に利用されているのだ。

遊ばれている・・・と、わかっていても、声を聞くと
好きという気持ちが勝ってしまい、何でも
許してしまう。まさに都合にいい女になっている。

そんなふうにNoが言えない自分に悩み悩んで、
たった一度、ぽろっと愚痴っぽく相談しただけなのに、
それ以来、ずるずるとふりまわされている私を心配して、
おっちゃんは、社員食堂で、毎日あれこれアドバイスをくれる。

おっちゃんの気持ちに悪意はない。それはわかっている。
でも、はっきり言って迷惑になっていた。
利用されているとわかっていても、彼にときめく気持ちが
私には華やいだ楽しいものだったし、なによりみんなの
前で、あれこれ言われるのが、恥ずかしかった。
おっちゃんにも、みんなにもバカにされているような
気がして、うんざりしてきたのだった。

ある朝、オフィスに響きわたる声で、
「おはよー、たまには、ちゃんとNOいうてるかぁ」と
ニコニコとやってきたおっちゃんに
「やめてください。そういう無神経さ、迷惑です」
と、冷たく言ってしまった。
真っ赤な顔をして、おっちゃんは、固まってしまった。

隣にいた上司に、ちょっと来い、と、喫茶室に呼ばれた。
上司の話では、おっちゃんは、得意先にも、仕入先にも
NOが言えなくて、公私混同の無理な頼まれごとさえも、
結局、引き受けてきてしまうのだという。
「あの人は、いい人なんだけど、それが自分をダメにし、
まわりにも迷惑をかけてしまっているんだ。
せめて、三回に一回くらいは、きちんと断るとか、駆け引きする
とかすれば、もっと出世したのにね」・・・その上司の言葉に、
おっちゃんの私を励ますときの表情が思い出された。
彼は、私の恋を励ましながら、自分を叱っていたのだ。

席にもどると、花水木の花が枝ごと切られて、たよりなげに
大振りのグラスにさしてあった。
デスクのまわりのみんなが、笑いながら、
「さっき、おっちゃんが植え込みから勝手に切ってきてたよ。
悪いと思って、精一杯危険を冒したんだねぇ。バレたら
絶対怒られるのにねぇ」とおしえてくれた。

そ~っと、後ろからおっちゃんが、やって来た。
「ごめんなぁ・・・」と、ぼそっと言う。
振り返って私は、「No! いやです」と、きっぱり答えた。
あわてるおっちゃんに、「ね、たまには、Noって言ってあげないと、
おっちゃん心配なんでしょ?」
と、ふざけてにらみながら言うと、おっちゃんは、へへっと笑って、
花水木の枝を人差し指で、つついて自分の席に戻った。

花水木の枝も、やさしくにらんで「No」と、言いながら、
そっぽを向いた。
2006-05-03 00:24:47

突然の恋人

テーマ:ショートストーリー
ゴールデンウィークの間の、
とりこぼされたような平日の月曜日。
平日なのに休日のような、
浮き立ったにぎやかさが駅を包む。

本当は、サークルのメンバー、
男女八人で金沢へと旅行するはずだった。
なのに、連休直前に、メンバーの二人が
カップルになったために、
みんなの中に保たれていた
微妙なバランスがくずれてしまった。

みんながひそかに持っていた
旅行に行く目的が狂ってしまったらしく、
次々と、キャンセル。

駅に集まったのは、私と、あんまり話したことのない
彼、の二人だけ。
せっかくお天気のいい連休を、一人で過ごすのもシャクなので、
「行くか?」「行こうぜ!」と、二人で行くことにした。

いつもおとなしい人と思っていた彼は、
すぐに金沢に住む浪人時代の友人に電話して、
現地でのガイドをたのんでくれた。
道中では、ふだん無口な彼が、
一所懸命話題をさがして、話しかけてくれ、
列車の旅も気まずくならずに金沢に到着した。

彼の友だちは、私たちを恋人同士と
勘違いしたまま、金沢の街を案内してくれた。
各地で、恋人のように写真を撮られるたびに
「ちがうんです」と、いいそうになりながら、
彼に恥をかかせては悪いと思い、戸惑いながら
黙って写真を撮られていた。

「ほら、二人、もっとくっついて」と
ひやかされると、小さな声で「ごめん」と
言いながら、写真におさまる彼に
毎回ふきだしたり、照れ笑いしながら、
擬似恋人を演じ続けた。

その夜は、友だちと三人で、
一晩中、ドライブしつづけた。
無口さを、間の抜けた笑いにし、
過剰な気遣いをギャグにして、旅を楽しませてくれた彼。

この夜が終わらなければいい・・・そう思う気持ちが、
果たして恋なのか、友情なのか、
答えは出ないまま、旅を終えた。

連休が終わって、彼が、家庭の事情で
学校を辞めたと聞いた。
寂しく感じながらも、電話をする勇気もなく、
数週間が過ぎたころ、彼から手紙が届いた。

旅で撮った、擬似恋人の写真と
「楽しい思い出になりました。ありがとう」
と、たった一行の手紙。

彼らしい朴訥とした手紙を読むと、
やわらかく、さわやかな彼の笑顔が
初夏の風のように心の中を吹き抜けていった。
それは、春と夏の間の、暖かいのか、暑いのか、
どっちつかずの気持ち、そのまま。

だけど、思い切り笑ったことも、戸惑ったことも、
金沢の美しい景色に包まれ、
五月の太陽のように眩しい、そして恋しい記憶に
なって私の胸にひろがった。

彼とは、もう写真の中でしか会えないなんて、寂しい・・・
と初めて思った。
もう一度、あの「ごめん」のひと言を
聞いてみたくなった。
思い切って、電話をかけることにした。

──「ほら、もっとくっついて」という声が、
遠くで聞こえた気がした。



2006-05-02 15:41:45

咲くために黙って

テーマ:ショートストーリー
「バイク買ったから、乗せてやるよ」と、
恩着せがましい彼からの電話で起こされた。

別につきあってる訳でもないし、
今日はどこにも行きたくない。
ただ、カーテンを開けると、
あまりにもいい天気だったから、
仕方なく、彼の誘いにのることにした。

彼は、大学時代からの友だち。
もともとは、友だちの彼氏だったけれど、
いまはもう友だちの彼氏ではない。
なのに、ときどき会ってくだらない話をする仲だ。

会うときは、いつも「おぅ!」「よっ!」と、挨拶する。
彼が失恋した日もそうだった。

「どうだ、いいだろ?」と彼が自慢するのは
250ccの中古のバイク。
塗料のはげたヘルメットを借りて、
彼の後ろに乗る。なかなかエンジンのかからない
バイクに、大笑いして、怒られて
小さな旅がスタートした。

この休日は、デートのためにあけていた。
しかし、三日前、ドアにはさまれていた
恋人からの手紙で、彼の心が友だちに奪われたことを知った。
大好きで、信頼していた人だったけれど、
もう新しい恋が熱く進行していて、二度と私のところに
戻らないと書かれていた。

手紙を読んで、心が砕けて、思わず電話したのが、
いま、目の前でエンジンのかかりにくいバイクと
奮闘している彼だった。
深夜に、ただ泣くばかりで
ちっとも要領を得ない話を途切れ途切れにする私に、
彼は、「うん、うん」と、つきあってくれた。
彼の存在はありがたかった。
そういえば、彼が失恋した日も、
こんなふうに話を聞いてたな・・・と思い出し、
自分の弱さを、安心して、存分にさらけ出せた。

その電話は、今日のバイクの旅のように、心地よく、
心の中の雲が流れて、スッキリとした気分にさせてくれた。
カッコつけずにいられることは、
素直で楽しくいられることなのだと思った。

公園に着き、色とりどりのパンジーの花を眺めながら、
二人並んで缶コーヒーを飲む。
やわらかな空気、季節を喜ぶような無邪気な花の色が
身体にも心にもエネルギーを与えてくれる。
すると、すっかりほどけた心から、つい愚痴がこぼれ始める・・・
フラれたあいつに、あいつを奪った彼女に
ふつふつと怒りの感情と言葉が湧いてくる・・・。

そのとき、それまで何も言わなかった彼が、厳しい顔で言った。
「いやなことは口にしないこと。そうしてるうちに忘れる。
忘れるんだ。忘れないと、次に進めないから」。
そして、また、黙った。

え? と、彼をあらためて見ると、
「見てみろ、こんなにきれいに花が咲いてる。
枯れた花の話なんか、するな」
そう言って、次の瞬間、な、という顔をして、
いつもの崩れた表情で笑った。

終わった恋は、枯れた花。そう、枯れた花は、もう咲かない。
水をやっても、話しかけても、もう死んでしまったのだから。

大きく息を吸うと、生きている花の香りが胸いっぱいに広がった。
いやな思い出は、もう根っこから引き抜いて、
新しい花を咲かせようと思った。

手のひらをひらくと、新しい恋の種が表れた・・・。

2006-04-28 19:51:49

髪を切る午後

テーマ:ショートストーリー
昨日よりも、気温が六度上がった。
日差しも、風も、のどかで、やさしい春の午後。

ベランダに出て、まぶしい太陽の光を浴び、
よし、今日こそ、髪を切ろう・・・と、思った。
三年間、のばした髪は、たっぷりと背中にかかり、
過ぎた日々の重さを、おしえてくれる。

「髪の長い人が好きだ」という彼の言葉を聞いて、
ショートカットだった髪をのばすことに決めた。
あれは、大学一年の春の終わり。
彼は、ひとつ年上の、文芸部の先輩。
桜の木は、花が終わり、緑の葉が心地よい風に揺れていた。
めぐる季節は、心にも彩りを添えていった。
夏休みの会えない時間に想いを確かめ、
秋の学際の頃、気持ちを伝え、
クリスマスの頃には、二人で過ごすようになっていた。

ずっと、いっしょにいられると信じていたのに、
ずっと、変わらない景色はなく、
二人の状況も変わった。

ひと足早く社会人になった先輩とは、
生活のすれ違いが、二人の間にある歯車を狂わせて、
心の距離が離れてしまった。

彼の好きだった長い髪さえも、
今ではつらい想い出になってしまった。
だから、髪を切ることにした。
ちがう私に生まれ変わるのだ、と、誓って。

「いいんですか?」と、美容師が訊く。
「はい、お願いします」と答えて、固く目を閉じる。

美容院に流れるクラシック音楽のリズムを断つように、
美容師の冷たい指が、右サイドの髪をはさみ、
ザクッと切る。
そのとき、初めて彼の手のひらが右の頬にふれた記憶が蘇り、
同時に、そのときの彼のぬくもりが、頬から消えた。
ハサミの冷たさが今度は、左の頬にふれ、
次の瞬間、髪の重さが、ストンと落ちて消えた。
いつも左隣にいた彼が、初めてキスしてくれた、
あの熱いときめきが、冷たく凍って、消えた。

背中まである後ろの髪も、襟足が見えるまで、切ってしまう。
一瞬、すっと首筋に寒さが走り、不安定な軽さに、戸惑う。
その瞬間、ふざけて彼を背負った時に感じた、
ずっしりとした男らしい重みと、
大好きだったあの笑い声が、消えた。

ゆっくりと整えられていく、ショートカットの私が
鏡にうつる。
それは、三年前の私ではない、新しい、私。
彼の記憶を消したのではなく、
彼の思い出を力に変えて、大人になろうとする今日の私。

美容院を出て、春のまぶしい太陽を見上げた。
うららかな春の空は、三年前と変わらず、同じテンポで
ゆっくりと季節が変わろうとしていた。
あせらずに、ゆったりと、太陽の光も、
風のぬくもりも、花々の色さえも、変わろうとしている。

ゆっくりいこう、と思った。
季節の流れにゆったりと、心を遊ばせて。

移る季節を名残惜しむように、
今夜は、彼との思い出にひたろうと思った。
そのことで、
明日、心の温度が六度、下がるとしても。


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