キリストの御手の中で

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イエス様の豊かな恵みがありますように☆ミ☆彡☆ミ☆彡★✩*※
  • 18Apr
    • ハッピーイースター

      こんにちわ~一日遅れちゃったんですが昨日はイースターでしたイースターって何かというと、約2000年前、神であるお方であるイエス様が人間となり、この地上に誕生されました。そのイエス様が33歳のとき、私たちの罪を一身に背負い、本来私たちがかからなければならなかった十字架に身代わりにかかられ、十字架上で死なれました。そしてイエス様は死んで葬られ、お墓に入られました。でも、もしイエス様が死んでそれでおしまいだったら、私たちの罪の身代わりに十字架にかかられ、死なれた可哀想な、そして、尊敬する偉人っていうことになりますよね。でも、イエス様は死んで葬られておしまいじゃなかったんです。そう、3日目によみがえられました。たま~に、「イエス様は霊的に復活された」とか、「弟子たちの心の中で復活した」とか、わけのわからない説明をされる方がいます。ま、理性では信じられないからでしょうね。。。でもね、イエス様は確かに3日目によみがえったのです。そして、霊的とかじゃないですよ。肉体をもって、人間として復活されたんです。この記念が、イースターなんです。今日、イエス様は天におられます。弟子たちに会われたイエス様、天に上げられました。そして、今、大祭司として天のおとうさまの右の座に座られ、私たちのために日夜とりなし祈っていてくださっています。そして、弟子たちの目の前で上げられたイエス様、上げられた後、天使が言いました。 「ガリラヤの人たち、どうして天を見上げて立っているのですか。あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行くのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになります。」(使徒1:20)イエス様は天に上げられてのと同じ有様で、再びおいでになるって約束されたんです。そのことをパウロはコリント人への第一の手紙の中で書かれました。 ☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○ 第一コリント15:20~25 しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。 死が一人の人を通して来たのですから、死者の復活も一人の人を通して来るのです。 アダムにあってすべての人が死んでいるように、キリストにあってすべての人が生かされるのです。 しかし、それぞれに順序があります。まず初穂であるキリスト、次にその来臨のときにキリストに属している人たちです。 それから終わりが来ます。そのとき、キリストはあらゆる支配と、あらゆる権威、権力を滅ぼし、王国を父である神に渡されます。 すべての敵をその足の下に置くまで、キリストは王として治めることになっているからです。 ☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○この箇所は、イエス様の復活について書かれている箇所です。イエス様は眠った者の初穂としてよみがえられました。初穂って何でしょう?初穂とは、最初に刈り取った収穫物です。初穂があるということは、後に続く穂があります。イエス様は最初によみがえられたお方です。そして、イエス様の後に続くよみがえりがあると書かれているのです。その日、その時、まずイエス様が天からこの地上に降りて来られます。それは、私たちを迎えに来るためです。だから、よくこのことを「空中再臨」という言葉で言われたりします。空中まで来てくださるからです。そして、まず先に亡くなったクリスチャンがよみがえります。その時、完全な姿形でよみがえります。そして直ぐに空中で待っておられるイエス様のもとに上げられます。そして、その時生きている真のクリスチャンが完全な体に変えられ、一気にイエス様のおられる空中に上げられます。そして天に上げられるんです。これを携挙といいます。イエス様はそのことを約束されました。そして、その後、この地上は患難時代に突入します。それは人類への裁きです。しかし、クリスチャンは罪赦された存在なので、裁かれることはありません。まるで出エジプトの時、エジプト人は裁かれたけど、ゴシェンに住んでいたイスラエル人は裁かれなかったのと同じです。パウロはこう言っています。 ☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○ 第一テサロニケ4章18節 ですから、これらのことばをもって互いに励まし合いなさい。 ☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○パウロは、この携挙の恵みを味わい、待ち望み、お互いに励まし合いなさいって言っています。イースター、イエス様が復活された恵みを味わい、喜ぶ記念日です。しかし、それだけじゃありません。この日は、真のクリスチャンを迎えに再び来てくださるイエス様を待ち望む日でもあるんです。世の中は本当に暗いです。何が真実かわからないし、メチャクチャな世の中ですよね。そういう中で、イエス様は私たちを迎えに来てくださいます。だから、イエス様に何時お会いしてもいいように、主に喜ばれる歩みをしていきましょう。その時、イエス様はきっと満面の笑みで、「よくやった、よい忠実なしもべよ」って言ってくださいます。マラナタ、主よ、迎えに来て下さいでわでわ~

  • 17Apr
    • 感謝のこころの画像

      感謝のこころ

      こんにちわ~今、旧約聖書の出エジプト記を味わっています。やっぱりみことばを味わうって良いですね~つくづく思わされます。みことばから離れると、自分の思いで行動しちゃい、結果、空回りしちゃいます。これ、めっちゃ疲れますよ~、メンタルがねそこでなんですが、毎日って言いたいとこなんですが、なかなか難しいので、導かれた中で、日々みことばを味わっている中で示されたこと、教えられたことを分かち合うこととします。出エジプト記16章1~2節 イスラエルの全会衆はエリムから旅立ち、エジプトの地を出て、第二の月の十五日に、エリムとシナイとの間にあるシンの荒野に入った。 そのとき、イスラエルの前回宗派、この荒野でモーセとアロンに向かって不平を言った。イスラエルの民はエジプトを脱出し、今、エリムとシナイとの間にあるシンの荒野に入りました。この「シンの荒野」って、エリムとシナイの間にあるんだけど、具体的にはエリムから約30キロのところにあるそうです。で、今、イスラエルの民は荒野に入ったんだけど、これ、「第二の月の十五日」ってありますよね。「第二の月」っていうことは、モーセを率いてエジプトから脱出してから、1ヶ月が経過したっていうことです。エジプトを脱出し、神様の驚くべき奇跡、紅海の水が真っ二つに分かれ、そこを歩いて渡ることが出来ました。後を追ったファラオ率いたエジプト軍はというと、紅海の真っ二つに分かれたところを通って追いかけたんですが、彼らが渡っている途中、分かれた水が元に戻り、彼らは溺れ死んでしまいました。イスラエルの民は、それを目の当たりにし、神様の偉大さを肌で感じました。それだけじゃないですよね。エジプトを脱出するまで、10の災いを神様はモーセを通してなされましたが、ゴシェンに住んでたイスラエルの民は何の危害も遭わなかったんです。そして、この10の奇跡を通して、エジプトの神々の虚しさ、力の無さがはっきりわかりました。そして、そのエジプトを出て一ヶ月後です。イスラエルの民は今、荒野にいます。荒野って、聖書的には神様の訓練するための学校なんです。イスラエルの民はその学生となりました。この荒野での生活を通して、神様はご自身に頼ること、神様がすべての必要を満たし、祝福され、ご自身の栄光を現されるお方であることを学ぶんです。でもね、初っぱなからイスラエルの民、失敗しちゃいました。。。そのとき、イスラエルの前回宗派、この荒野でモーセとアロンに向かって不平を言った。神様があんなに凄い御業を現してくださったのに。。。しかもね、ここに来るまでで、途中シェルの荒野というところを3日間歩いたんです(出15:22~27)そこでも彼らは文句言ったんです。シェルの荒野を歩いても歩いても水が見つからず、見つかっても苦くて飲めたもんじゃなかったからです。それでモーセに「われわれは何を飲んだらいいのか!!!」って文句を言いました。それでモーセが神様にどうしたらよいのかを聞いたら、一本の木を示され、それをその苦い水の中に投げ込みなさいって言われたんです。で、言われるがままにモーセは木を投げました。そうしたら、なんと水は苦くなくなり、逆に甘くなったんです。彼らはそんな凄い奇跡を何度も見ました。それなのに、シェルの荒野で神様が苦い水を甘くして飲めるようにしてくださったのに、全然学習せず、おんなじように文句タラタラ。。。でもね、ぼくたち、これ、笑えないです。。少なくともぼくはね。だって、苦しみの中で、不平不満言っちゃうことありますからね。何でなんだろうってね。。。いつまでこんな生活続くんだろうってね。。。希望が見いだせない時、苦しくて苦しくてしょうがない時に、つぶやいてしまうことが正直あります。でもね、思うんです。つぶやきや不平不満を言うことから、希望は見いだせません。逆に悪魔はそのつぶやきを用い、神様から離そうとします。そして、その先に待っているのは不信仰であり、神様に頼るんじゃなく、我力でやろうとしたり、自分の思いが神様の思いにすり替わっちゃい、まるで自分の考えが神様の考えのように考え、行動しちゃうんです。その結果、必ず失敗します。新約聖書の第一テサロニケ5章16~18節にこうあります。 いつも喜んでいなさい。 絶えず祈りなさい。 すべてのことにおいて感謝しなさい。 これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。今、すごく思わされてるんです。すべては神様から与えられたものであり、自分の力によって得たものなどひとつもないなって。どんな些細なことであっても、当たり前はないんだってね。だからね、ほんとに感謝すること、これがどんなに大事かっていうことを思わされています。でもそれは神様に対してです。だって、すべての必要は神様から来るんですから。だから、今ごろからなんですが、今年の目標は「感謝すること」です。つぶやきのマインドから感謝のマインドにシフトすること、これが目標です。聖霊様に頼り、感謝の心を持ちたいと思います。そのために必要なのは、やっぱりみことばを味わうこと、みことばに立つこと。そして意識して、口に出して「感謝します!」って告白することです。食事もお風呂も何もかも、また何か買った時も、そのことに対して「主よ、感謝します」って告白するんです。いつも感謝の心でありたいですねハレルヤ、主よ、感謝しますでわでわ~

  • 10Apr
    • 桜の季節♪♪の画像

      桜の季節♪♪

      こんにちわぁ早いもので、4月になってもう10日。4月と言えば桜🌸そこで、お花見しました😊🌸🍡そして、この風景が好きです。この赤い橋と桜、好きなんです。なんか風情があるなぁって思うんです。実際に見ると癒されますよそしてこちら鎌倉の若宮大路の桜。観光客がいっぱいでしたが、天気もよく、桜がめっちゃ綺麗で癒されました。桜ってほんと癒されますよね。ピンク色に染まるこの季節、好きです寒い冬が終わり、神様の優しさを感じるこの季節、神様からの最高のプレゼントですね。この季節、楽しみたいと思います今月もよろしくお願いしますねとりま、この辺ででわでわ

  • 16Feb
    • 久しぶりの海の画像

      久しぶりの海

      こんにちわー前回、ブログ復活するって宣言したんだけど、その後また少し間が空いてしまいました。このところ、プライベートでバタバタしてて、なかなか時間が取れずというか、タイミングが上手く取れなくて書けませんでした。少し前のことですが、久しぶりに海に行きましたら。天気がめちゃめちゃ良くって、海の先に江ノ島がくっきり綺麗に見え、その先に富士山が見えました。やっぱり海はいいですよね。めっちゃ癒されました心は疲れてますが、そんな中、神様がくださったプレゼントなんだなって、しみじみ思わされました。今日は早いもので水曜日、週の後半ですね。後半も主が共におられる。優しい主の御手に信頼し、一歩一歩進んでいきますとりあえずこの辺で。。。でわでわ

  • 07Feb
    • ブログ、再開します

      こんにちわ~お久しぶりです。めっちゃ久しぶりですね~随分と長い間、ブログを放置しっぱなしでしたごめんなさい。また改めて、ブログ、再開します。聖霊さまに導かれるままに、みことばから教えられたことや、日常で示されたことなど、自由に書いていければなぁって思ってます。今後ともどうぞよろしくお願いします。とりあえず今回はこの辺で。。。でわでわ~

  • 28Jun
    • この日を喜び楽しもう♪

      こんにちわ~今回は、賛美を紹介します。「この日は♪」っていう賛美ですこの曲についての聖書のみことばなんですが、このみことばを味わうと、更に賛美の意味が深まります。 ☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○ 私はあなたに感謝します。 あなたが私に答え、私の救いとなられたからです。 家を建てる者たちが捨てた石 それが要の石となった。 これは主がなさったこと。 私たちの目には不思議なことだ。 これは主が設けられた日。 この日を楽しみ喜ぼう。 詩篇118:21~24 ☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○「家を建てる者たちが捨てた石、それが要の石となった。それは主がなさったこと」これ、イエス様の預言の箇所です。「家を建てる者たちが捨てた石」イエス様はユダヤ人の王としてこの地に来られました。旧約聖書で預言者たちが預言した約束のメシア、そのお方が来られたんです。ところが、彼らはイエス様を受け入れるどころか、否定し、拒否されました。挙げ句の果てに、イエス様が奇跡を起こされたのはベルゼブルっていう偶像神によって追い出したんだって、とんでもないことを言いました。これはもはや赦されない罪です。彼らにとっては、まさに不必要な石、でも私たち救われた者たちにとっては、要の石なんです。イエス様について、パウロはエペソ人への手紙2章でこう言っています。 ☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○ 使徒たちや預言者たちという土台の上に建てられていて、キリスト・イエスご自身がその要の石です。 このキリストにあって、建物の全体が組み合わされて成長し、主にある聖なる宮となります。 エペソ2:19~20 ☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○「要の石」これは、家を建てるときの基準とする石のことです。建物を建てるとき、その石を中心として家を建てるのです。この要の石こそ、イエス様です。そして、その家の土台は使徒と預言者。つまり、聖書のみことばです。そしてこの使徒と預言者の語られた土台はもう完全に据えられています。しっかりがっちりした土台の上に、今日、教会である私たちクリスチャン一人一人が建て上げられているんです。詩篇118篇の時代は、まだイエス様がこの地に人として来られていませんでした。でも、今、2021年現在の今は、全く状況は違います。だって、約2000年前にイエス様はこの地に来てくださいました。そして私たちの罪のために十字架にかかられたんです。イエス様の十字架で流された血潮により、私たちの罪は完全に赦され、取り除かれました。そう、私たちは今自由であり、勝利者なんです。だからね、イエス様を受け入れていない人たち、イエス様のことを知らず、この世の基準で生きている人の「この日」と、私たちクリスチャンにとっての「この日」は違うんです。たしかに毎日ハッピーっていうわけじゃないですよね。この賛美の歌詞にあるように、何かを手放し失ったような状況、実際に失ってしまうことがあります。ぼく自身そうです。今ね、ほんとに状況を見ると、絶望しかないです。誰も理解されないし、孤独感も正直あります。理不尽だなぁって思うことも正直あります。正直に言いますね、独り言で「もう嫌だ、逃げ出したい、死んじゃいたい」って無意識(意識的な部分もありますけど。。。)につぶやいてしまう時もあります。ほんとに試練の渦の中にどっぷり入っています。心身共にヘロボロ状態ですでもね、今、要の石となられたイエス様は素晴らしいんです。イエス様は今、大祭司となられ、天の神殿において、父なる神様の右の座に座られ、ぼくたちのために、ぼくたちの心を理解し、涙しながら執り成し祈っていてくださっています。イエス様こそ最高の理解者です。イエス様はそして同時にぼくたちの内に住んでいてくださっています。イエス様の御手の中にすべての必要は満ちています。だから、イエス様に信頼するんです。信仰者を惨めな状況で決して終わらせることはありません。だから、このお方を見上げるとき、その日を楽しみ喜べるんです。イエス様がすべてのすべてです。イエス様はぼくのすべてを知っておられ、ぼくの悲しみも、苦しみも、絶望感も何もかもご存じです。ぼくはね、このお方に信頼しています。すべての必要は主の御手の中にあります。心乱れること、不安や思い煩いの暴風がぼくの心の中に吹き荒れ、この状況から逃げ出したい、もう死んじゃいたいって思うこと、今のぼくの状況です。でもね、イエス様はそのことを理解され、今も天の至聖所でぼくのために大祭司として執り成し祈ってくださっています。そして、信仰者を辱めるようなお方じゃないです。今の試練は、将来のための訓練であり、神様の許しの中でのこと。そしてテスト。ぼくはただただイエス様を見上げ、イエス様の御手の中に留まり、その御手に信頼するだけです。そう、すべての必要は主の御手の中にです、ハレルヤさあ、共にこの日を喜び楽しみましょう!イエス様を見上げ、イエス様に感謝の賛美を捧げましょう!ハレルヤ6月の後半も主の御手の中主に依り頼みつつ。。。じゃぁね

  • 27Jun
    • 夜のお散歩♪の画像

      夜のお散歩♪

      こんにちわ~今週も無事終わりましたそして、6月ももうじき終わりなんですよね今年も半分終わり。。。なんか信じられないけどねさてさて、今日、お出かけの帰り、お散歩しました。ここ、日中は観光客で凄いんですが、夜になると、あのすごい人どこ行っちゃったの?って思うくらい人がいなくて、カップルが数組いるくらいでした。春になると桜が綺麗に咲くんですが、今は緑に覆われてます。なんかエモくていいですよね静かで、癒されました明日から新しい一週間、そして明日の礼拝も祝福された時となりますようにじゃぁね

  • 25Jun
    • 梅雨スペ♪の画像

      梅雨スペ♪

      こんにちわ~今日もスッキリしない天気。雨じゃない分、いいんだけどね。さてさて、梅雨といえば紫陽花紫陽花スペシャルです👏👏👏梅雨の時期ってどんより、気持ちまでどんよりになっちゃいそうになります。なんか磁石のように、どんよりに引きつけられちゃいます。でも、神様は優しい💗こういう鬱陶しい時期に、神様が備えてくださってるんですね。ほんと、神様のお造りになったものはどれも素晴らしい主の癒やしを感じます。ハレルヤじゃあね

  • 23Jun
    • 空の向こうには。。。の画像

      空の向こうには。。。

      こんにちわ今日は朝からすっきりしない1日でした、この辺は雨降んなかったけどね逆に午後からは青空もうっすらだけど見えました。そこからの~空見るの、好きなんです。雲の形とか、その広さとか、見上げるとリフレッシュするんです。でね、ふと空を見ながら思ったんです。空良を見上げると重~~い雲でも、この雲の裏は輝く青空なんですよねおんなじように、どんなに苦しくても、理不尽に感じても、神様の愛は変わんないんですよね。 ☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○ どうか御父が、その栄光の豊かさにしたがって、内なる人に働く御霊により、力をもってあなたがたを強めてくださいますように。 信仰によって、あなたがたの心のうちにキリストを住まわせてくださいますように。そして、愛に根ざし、愛に基礎を置いているあなたがたが、 すべての聖徒たちとともに、その広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解する力を持つようになり、 人知をはるかに超えたキリストの愛を知ることができますように。そのようにして、神の満ちあふれる豊かさにまで、あなたがたが満たされますように。" エペソ人への手紙 3章 16〜19節 ☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○苦しい時、どうしたらいいのかわかんなくなるときって、どうしようもなく感じるし、どうしたらいいのかもわかんなくなります。でも、真っ暗な重~~い雲の裏が青空のように、目の前に見えるものだけを見ると、「どうして~」ってなっちゃうし、心が重くなっちゃいますが、でも、上を見上げるとき、そこにはイエス様がおられるんですイエス様は今、大祭司として天で、父なる神様の右の座に座られ、ぼくたちのその苦しみのため、共に涙を流し、執り成し祈っていてくださってるんですよね。昨日、今日と、すっきりしない空を見上げながら、この雲の向こうのことを思いながら、そんなことを思い巡らしました。今は苦しいですが、でも主の愛は真実だし、今はただ主に信頼する時なんだなって思わされます。表面的な部分だけ見ちゃうと、真っ黒て重~~~い雲に覆われてるように感じるけど、でも、その裏には輝く太陽があるし、そこは青空なんですよね。問題に注目したら、それは雲を見て、その状態がすべてって感じちゃうように、試練がすべてになっちゃいます。そして、それを一番喜ぶのはサタンですぼくらはサタンを喜ばしちゃだめですよねほんと、どこを見るかで大きく違ってきますよね。ぼくたちの心がいつもイエス様に焦点を合わせ、イエス様だけを見つめる歩みが出来ますように。。。じゃぁね

  • 22Jun
    • 再開します♪の画像

      再開します♪

      こんにちわめっちゃご無沙汰ですなんかそんなことばっかりで、前回もおんなじ、ごめんなさいです書きたいっていう気持ちはいっぱいいっぱいあるんですが、なかなか時間って言うか、精神的な余裕がなくって。。。なんかね、今、毎日アップアップ状態で、心身共にヘロボロ状態。そういう中なんですが、やっぱブログ、再開しようと思って再開サギ(笑)になんないよう、導かれるままにアップしていこうって思ってます力を抜いて、ゆっくりゆっくりねこんなんですが、ぜひぜひ仲良くしてくれるとうれしいですみことばから教えられたこととかを中心に書いていくことと思います。よろしくお願いします。とりあえずこの辺で。。。じゃぁね~

  • 22Feb
    • ここ最近の画像

      ここ最近

      こんにちわーおひさしぶりです。気付いてみたら、今日は2月22日、来週の今日は3月なんですよね、時間が経つのがめっちゃ早いびっくりです。さてさて、今日なんですが、最近のあれこれっていうことで書いていきますね。一昨日のことなんですが、鎌倉に用事があり、鎌倉に行き、用を済ませてぶらぶらしてたら、なんと桜が他の木はまだ咲いてなかったんですが、その木だけ咲いてました。びっくりです。この陽気に誘われて、ついフライングしちゃったんでしょうね。でもやっぱり、桜はいいですね神様は無駄なものは造られない。すべては良いものですね。さぁ、2月最後の一週間、みことばを味わい、忠実にキリストの弟子として歩んでいきたいです主の優しい御手の中で。。。とりま、この辺ででわでわ

  • 01Jan
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      2021年のはじめに ~安息生活への招き~

      ハレルヤあけましておめでとうございます2021年、はじまりましたね。今年一年、どんな年になるんだろうなって祈りつつ、思い巡らしています。いろんな面で不安があり、また生活面でも正直疲れていますが、でもすべては主の御手の中でのこと、そのことがいつもぼくの思いの中に、というより中心にあります。今、大きな試練の中にありますが、でも、それもまた主の許しの中でのこと、目の前だけを見ると、でも、将来、ぼくたちは栄光の姿に変えられ、イエス様の花嫁として永遠にイエス様のみ側近くにいることが約束されています。そのために必要なんだなぁって思わされています。ここ数日、ひとつのみことばが示されています。 ☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○ 神の安息に入る人は、神がご自分のわざを休まれたように、自分のわざを休むのです。 ヘブル4:10 ☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○「自分のわざを休む」この世はサタンの支配下にあり、誘惑も攻撃もいっぱいあります。なんで自分だけ。。???!!!って思っちゃうこともあります。でも、そういう中で、あのエジプトを脱出した後、大勢いたI民が不平不満ばっかり言って神様から離れた中、ヨシュアとカレブだけが神様に信頼し、忠実な歩みをしたように、忠実に神様に信頼し、主の御手の中に留まり、聖霊さまの導きに信頼して歩んでいきたいです。そう、自分でなんとかやろうとか、現状を嘆いたりするんじゃなく、イエス様の御手の中に留まり、この状況の中にあって、主の安息を楽しみ、主が再び来られることを待ち望む歩み、していきたいです。そうなんですよね、サタンの誘惑に振り回される必要はないし、それは敵の思うつぼなんですよね。本当の安息生活は将来約束されています。でも、その前味わいを楽しむことは出来るし、そのことを神様は望んでおられるんですよね。 ☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○ 私の敵をよそに、あなたは私の前に食卓を整え、頭に香油を注いでくださいます。 私の杯は、あふれています。 詩篇23:5 ☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○この箇所、好きなんです。神様は敵に囲まれている、そんな状況のど真ん中で食卓を整え、頭に油を注いでくださるお方なんです。そして、主はいつも共におられ、ぼくのために共に涙し、とりなし祈ってくださっているお方、イエス様は今、天における大祭司なんです。イエス様に執り成し祈られている。本当に感謝ですよねだからこそ、状況に関係無く、安息生活することが出来るんです。ハレルヤ今年一年、安息生活を楽しみたいなぁって思ってます。主に忠実に、そして依り頼む歩みをしながら。。。そんなこんなですが、今年もどうぞよろしくお願いします。じゃぁね~

  • 13Nov
    • うちにいますキリスト、栄光の望み

      こんにちわご無沙汰しています。っていうか、前回の記事が7月。ずいぶんと放置しちゃいましたまた、っていうか、何度もおんなじこと言っちゃってますが。。。。4ヶ月ぶりに再開しようと思います今日、教えられたみことばです。 コロサイ1章27節 この奥義が異邦人の間でどれほど栄光に富んだものであるか、神は聖徒たちに知らせたいと思われました。 この奥義とは、あなたがたの中におられるキリスト、栄光の望みのことです。あなたがたの中におられるキリスト、栄光の望み今夜、オンライン上でのバイブルスタディがあり、その中でこのことを学びました。旧約聖書で、モーセが父なる神様とシナイ山で交わり、降りて来たとき、彼は光輝いていてたのですが、彼はその顔に覆いをかけたって聖書に書かれています。モーセの顔は徐々に消えていきました。彼は民に栄光が消えていくところを見せまいとして、顔に覆いをかけたんです。でも、今日、ぼくたちの内にいますイエス様は、モーセとは違い、いつもいつも栄光で輝いていてくださっています。ぼくたちの内にイエス様がおられる。イエス様はぼくの内にいて、ぼくたちが聖霊様に心を開くとき、栄光から栄光へとイエス様の姿に変えていただける。ぼくは、本当に本当に足りなくて、だめだめだなぁって、なんてぽんこつなんだろうって、自分で自分を責めてしまうときがあります。でも、こんなぼくのうちにイエス様がお住まいになられ、日々イエス様の似姿に変えてくださっている。そして、将来、完全な体に変えられ、栄光に満ちたイエス様を直接見、そしてイエス様の花嫁としてずーーーっと側近くにいることが出来る。今、ぼくは完全ではありません。工事中です。でも、徐々に、徐々に変えられていっています。だからね、もう自分で自分を責めたり、罰したりすることにピリョウドを打とうと思っています。そう、卒業です。そして、心に責めの思いが来たとき、自分のドロドロした内面じゃなくて、内におられるイエス様を見つめ、イエス様によって罪赦され、自由にされ、義とされている恵みを受け取り、そこに立つこととします。ぼくの内には栄光に満ちたイエス様がおられるんですからね。今週もあと2日。ぼくのうちにいますイエス様に依り頼み、イエス様の愛の中で一歩一歩歩んでいきます今日はとりあえず。。。じゃぁね

  • 11Jul
    • 梅雨の恵みの画像

      梅雨の恵み

      こんにちわ7月に入ってもう11日、毎日雨続きでうんざりしますね。九州にお住いの方々はほんとに大変だなって思わされます。これ以上酷いことにならないように、一日も早く復旧しますよう、お祈りします。でも早いですね。もう今月から今年の後半、下半期なんですからね前回の記事から随分間が空いちゃいました。今日から気分一新、ちょこちょこと書いていきますね。梅雨の季節、まだ梅雨明けまで一週間くらいかかるみたいです。そこで、この梅雨の間に撮った紫陽花をシェアしますねこれ、わかりにくいですが、よーーーく見てください何かの形をしてるの、わかりますか?の形の紫陽花です。形が微妙なのかもですね(笑)今年はコロナでなかなか外にも出れなかったですし、今もコロナの感染者の増加、そして梅雨末期の毎日の大雨、心も疲れちゃいますよね。でも、こういう鬱陶しい時期に私たちを名草るために、神様は自然を通して恵みを注いでくださってるんだなぁって思わされます。主は素晴らしいですね。ハレルヤ紫陽花で少しでも癒されればと思いますもう時期鬱陶しい梅雨も明けますね。陽射しだけじゃなくて、心も神様の陽射しで満たされ、主の恵みの内を歩んでいきましょうね下半期もよろしくですじゃぁね

  • 09Jun
    • スタバを通しての画像

      スタバを通して

      こんにちわ今日は暑かったですね今日は昼間、スタバに行きました。新しく出たフラぺ、「シュワっとイチゴフラペチーノ」です。何故今🍓?ってツッコミどころがありますが(笑)、久しぶりのフラぺ、めっちゃ美味しかったです微炭酸のフラぺ、初めてかも。暑いときにさっぱりして、美味しかったですでもスタバ、ずっと休業してて、再開したと思ったらテイクアウトだけ。そしてやっと店内で飲めるようになり、ほぼ通常の22時までやるようになりました。たしかにソーシャルディスタンスで席と席との距離が取られてますが、でもこうやって生活が回復し、ホッとしました。そして改めて思わされました。全ては主の恵みであり、当たり前ってないんですよね。そのことを思わされてます。あぁ、ほんと、全ては主の恵み、主の御手の中。まだ😷が鬱陶しいとか、コロナの恐怖とか、外出への不安とかありますが、でも神様に信頼すること、依り頼むことを教えてくださってるんですよね。そんなことを思わされた一日でした今週も主の御手の中、明日も主に期待し、信頼して歩みます。また明日じぁあね

  • 08Jun
    • 2ヶ月ぶりです

      こんにちわ〜今年はコロナのせいもあってか、なんかめっちゃ時間の流れが早い。そして余裕がなく、アップアップしてる感じがします。ということで、早いものでもう6月。実感は全くないですが、今年も半分過ぎちゃったんですよねなんかめっちゃ早い。。。前回の記事は4月12日。2ヶ月前です。この時期からコロナが本格的に酷くなったんですよね。。そして2ヶ月間放置状態でした。っていうか、タイミングを逸しちゃってね。。。。でもやっぱ書かなきゃ苦しいです。ということで、またまた再開します。今回はご挨拶ということで。。。これからどうぞよろしくお願いしますとりあえず今日はここまでじゃぁね

  • 12Apr
    • イースターおめでとうございます\(^O^)/

      こんにちわ〜またまた随分放置状態にしてしまいました今日はイースター、イエス様が私たちの罪のために十字架にかかって死なれ、墓に葬られ、三日目によみがえられた記念日です。今年はまさかイースター、こんな形で迎えるとは夢にも思わなかったです。首都圏に緊急事態宣言が出て、東京は大変なことになり、それに付随して近隣の県も危険な状態。でも、こういう状況の中でも、復活されたイエス様は生きておられ、私たちのために共に涙して執り成していてくださっているんですよね。今日、イースター礼拝自体は、動画で捧げます。そしてこの一日、復活の恵みを思い巡らす時としたいなぁって思っています。とりあえず今回は。。。じゃぁね〜

  • 19Jan
    • あけおめです♪の画像

      あけおめです♪

      こんにちわ~今年第一回目の記事です2020年になってから、もう半月以上過ぎちゃいました一応、あいさつということで(笑)あけましておめでとうございますさてさて、今年っていうか、昨年末から示されてるみことばがあります。イザヤ書41章10~13節です。 恐れるな。わたしはあなたとともにいる。 たじろぐな。わたしがあなたの神だから。 わたしはあなたを強くし、あなたを助け、わたしの義の右の手で、あなたを守る。 見よ。あなたに向かっていきり立つ者はみな恥を見て辱められ、あなたと争う者たちは無いもののようになって滅びる。 あなたと言い争う者を探しても、あなたは見つけることができず、あなたと戦う者たちは、全く無いもののようになってしまう。 わたしがあなたの神、主であり、あなたの右の手を固く握り、『恐れるな。わたしがあなたを助ける』と言う者だからである。「恐れるな」っていうことが示されてるんです。昨年末から、生活が大きく変わりそうな状況で、いろんな意味で不安と恐れが襲ってきたんです。で、そんな中でこのみことばが心に来たんです。状況がどうであっても、どんな問題があっても、恐れる必要はないんですよね。だって、イエス様はどんな時にも、どんな状況であっても、共におられるんですからね。インマヌエルなる主が、ぼくの手をギュッと堅く握られ、まさに「恐れるな。わたしがあなたを助ける」って言っていてくださる。だから恐れることはないんですよね。イエス様が共に、そば近くにいてくださる。目の前にある状況を見ると不安と恐れの津波に襲われ、溺れちゃいそうになります。でも、でもイエス様はいつもぼくの手を握り続けてくださっています。今年一年、「恐れるな」と仰っているイエス様を見つめ続け、イエス様の中に留まり、導かれる一年でありたいです。YouTubeで見つけた曲です。今書いたことが、そのまんま歌詞になってるんです。あぁ、主が共におられる、それがどんなに大きな大きなことか、計り知れません。ただただ主の御手に信頼し、今年一年、主に信頼し、ぎゅっと握られているその御手に信頼し、導かれる年でありたいです。お正月に鎌倉で撮った海です。天気もよく、江ノ島のライトアップ、富士山、オレンジ色に染まった海、めっちゃ癒やされました。その後、この海から徒歩3分にある日帰りの天然温泉に入りました。なんと、その温泉からこの景色が広がってるんです。癒やされたお正月でしたそんなこんなで、今年もよろしくお願いしますじゃぁね~

  • 31Dec
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      今年もあと一日

      こんにちわ今年もあと一日、マイナーで誰も言わないんだけど、2010年代最後の一日、2,019年の大晦日です。早いですねーっていうか、めちゃくちゃ慌ただしく、不安と恐れがあり、大変な一年でした来年も引きずりそうなんですけどね。。。そんなことを思いながら、スタバりましたあずきなこ福ラテです。これにショットを追加して、豆乳にして、まったりと優しい甘さで、まったり癒やしの味でした。やっぱスタバ、いいですよねーさてさて、今年もお世話になりました。来年はちょこちょこアップしますね今年一年、主が共におられ、守り導いてくださった恵みに感謝しつつ。。。じゃぁね

  • 22Dec
    • イエス様が内に住んでいてくださっている

      こんにちわ~早いもので、今年もあと1週間ちょい。カレンダー見て、来週の火曜で今年終わりじゃん!!!ってびっくりしていますとはいうものの、まだ今年は一週間あるし、今週はクリスマスもありますしね。残り1週間、感謝をもって、来年に繋げていきたいなぁって思ってます。さてさて、今日、このみことばを味わい、それが今も心に響いています。それは、新約聖書のコロサイ人への手紙1章27節です。 ☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○ この奥義が異邦人の間でどれほど栄光に富んだものであるか、神は聖徒たちに知らせたいと思われました。 この奥義とは、あなたがたの中におられるキリスト、栄光の望みのことです。 私たちはこのキリストを宣べ伝え、あらゆる知恵をもって、すべての人を諭し、すべての人を教えています。 すべての人を、キリストにあって成熟した者として立たせるためです。 このために、私は自分のうちに力強く働くキリストの力によって、労苦しながら奮闘しています。 コロサイ1:27~29 ☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○「この奥義とは、あなたがたの中におられるキリスト、栄光の望みのことです。」このみことばがずっと心に響いています。ぼくたちの心の中にはイエス様がおられる。イエス様はどういうお方か?コロサイ2章3節にはこうあります。「このキリストのうちに、知恵と知識と宝がすべて隠されています。」また、同じコロサイ2章8~9節にはこうあります。「あの空しいだましごとの哲学によって、だれかの捕らわれの身にならないように、注意しなさい。それは人間の言い伝えによるもの、この世のもろもろの霊によるものであり、キリストによるものではありません。キリストのうちにこそ、神の満ち満ちたご性質が形をとって宿っています。」これがイエス様のご性質なんですよね。イエス様の内には知恵と知識の宝がすべて隠されています。そして、神様の満ち満ちたご性質が形をとって宿っておられるんです。つまり、イエス様の内にはすべてがあり、完璧なお方であり、ぼくたちを愛し、ぼくたちのことをいつも心配され、ぼくたちのために大祭司として執り成し祈ってくださっているお方です。そう、すべての必要はイエス様の内にあるんですよね。このお方がぼくたちの内に住んでいていくださっているんです。これって凄くないですか~このみことばを味わいながら、もう恐れることはないんだなぁってつくづく思いました。罪に満ち、傷だらけだったかつての自分。失敗だらけだったかつての自分。でも、そんなぼくたちは、イエス様がぼくたちのために十字架にかかって死なれ、墓に葬られ、三日目によみがえり、今も生きておられるということをすべて信じ受け入れ、そのイエス様をぼくの救い主として受け入れたとき、罪が赦され、救われました。その瞬間、そんな罪に満ち、失敗だらけ、傷だらけのぼくはイエス様と共に十字架上で死にました。「私たちは知っています。私たちの古い人がキリストとともに十字架につけられたのは、罪のからだが滅ぼされて、私たちがもはや罪の奴隷でなくなるためです。死んだ者は、罪から解放されているのです。私たちがキリストとともに死んだのなら、キリストとともに生きることにもなる、と私たちは信じています。」(ローマ6:6~8)そしてイエス様と共によみがえり、今、新しくされています。「こういうわけで、あなたがたはキリストとともによみがえらされたのなら、上にあるものを求めなさい。そこではキリストが神の右の座に着いておられます。」(コロサイ3:1)「あなたがたはすでに死んでいて、あなたがたのいのちは、キリストとともに神のうちに隠されているのです。」(コロサイ3:3)このお方が今、ぼくの内におられる。そしてぼくたちはイエス様とともに神様のうちに隠されている。これがぼくたちクリスチャンの実態です。イエス様がぼくたちのうちに住んでいてくださっている。栄光に満ちたイエス様が、すべての知恵と知識そのものであるイエス様が、愛に溢れ、ぼくたちのことを執り成し続けておられるイエス様が。。。ほんと、すごいなぁ~って思わされます。だからね、ぼくたちはもうぼっちじゃないんですよね。イエス様がぼくたちの内に住んでいてくださっているんですからね。そして、いつも共におられ、支え、守り、すべての必要を満たしてくださっています。ぼくたちの何もかも知った上で。。。イエス様を見つめ、イエス様に信頼し、その導きに従う歩み、したいです。イエス様に導かれ、聖霊様によって造り替えていただき、一歩一歩イエス様の似姿に。イエス様がぼくたちの内に住んでいてくださっている。その恵みを味わい、イエス様から目を離さず、イエス様に満たしていただく歩み、2020年はそんな年となれたらいいですね。イエス様を見つめ、愛の交わりを持ちながら。。。じゃぁね~