「生きるのが怖いんだ」と泣いていた拓人。
拓人に以前家庭教師をしてもらっていた隣に住む女の子が、拓人を通してロボットが患者さんの意思を伝えたりする事などを調べ、大学は工学部に行く、と拓人に話す。
そして「先生、学校のイベントで何か話してくれない?頑張ってる先生見てると勇気沸く。私だけじゃないと思う。」とお願いする。
戸惑う拓人だったけど、こうして生徒さんの前でお話をする事になります。
この講演回のお話が最終回の山場だったと思うので、ここに全文を記録として書きとめておきたいと思います。
この拓人の言葉はずっと心に刻んで綺羅自身の心の支えにしていきたいと思いました。
そして、「僕のいた時間」というタイトルが、その後の「死」を意味するものじゃなくて、「生きるための支え」になる言葉だったことを最終回で知って、このドラマを観て良かった、と心から感銘を受けました。
以下が拓人の講演の言葉です。
「誰もが一度は考えた事があると思います。自分は何の為に生きてきたんだろうって。
病気になる前の僕は特にこれといった目標もなく、漠然とした毎日を過ごしていました。
自分というものがなくて家族にも本音を隠し、いつだってキャラクターを演じている自分の事を好きじゃありませんでした。
大学4年の終わりに同級生が自殺しました。理由はわかりませんが彼は就職が決まっていませんでした。
僕は大きな衝撃を受けましたが死というものは他人事でした。
僕の人生はまだまだ当たり前に続くと思っていた。
そんな僕が病気を告知されたのは社会人1年目の事です。
ALSという筋肉が衰えていく病気です。
最初は左手に違和感を覚えました。物がつかみ辛くなり、次第に左手に力が入りにくくなり、左腕が上がらなくなり、左足が動かなくなりました。
右手は今も未だ少し動かせますが腕は上がらず右足は動かず歩くことも立つこともできません。
いつかものを飲み込んだり呼吸をすることもできなくなります。
呼吸ができなくなったら死んでしまうので、人工呼吸器という呼吸を補助する機械が必要となります。
人工呼吸器をつけたらしゃべれなくなります。
しゃべれなくても顔や体のどこか一部の筋肉を動かすことができればセンサーでパソコンを動かすことができ、自分の気持ちを伝える事ができます。
どこも筋肉が動かせなくなったら自分の意思をつたえられないかもしれません。
それで生きている実感を持てるのか、わかりません。
人工呼吸器は一度つけたらはずす事はできないのです。
僕はこの病気になって何度も覚悟をしてきました。
病気を周りの人に話そうと決めた時、病気を受け入れて今を生きようと決めた時、左腕が全く使えなくなった時、歩けなくなった時、仕事が出来なくなった時。
僕は沢山のものを病気に奪われてきました。
奪われていく事に目を向けても怖いばかりで、今できる事に目を向けるしかありませんでした。
目標を見つけては失うことの繰り返しです。
今は大学の医学部に入学するのが目標です。
合格するのに何年かかるかわからないしいつまで目指せるのかもわかりませんが僕が今医学部に入学したいという気持ちだけは病気には奪えません。
この先、全ての目標が奪われたとしても僕が目標に向かって生きたという事実は奪われないのです。
それに病気から与えられたのは苦しみや絶望だけじゃありません。
僕は人の温かさを知りました。家族と真正面から向き合えて我侭を言えるようになりました。
愛情を信じられるようになりました。
自分の事がちょっと好きになりました。
自分がもっている幸せにも気づかせてくれました。
こうやってしゃべれる事、歩けること、走れる事、食べられること、笑える事、触れ合える事、風を感じる事、太陽の光に包まれること、今、生きていること、この世に生まれてきたこと。
僕は今、新たな覚悟をしなくてはならなくなりました。
人工呼吸器をつけるかつけないか、死ぬのも怖いし生きるのも怖い。
死ぬ覚悟も生きる覚悟も簡単にはできない。
周りの人は僕がただ生きてさえいてくれればそれでいいと言います。
家族や大切な人だけのために行き続ける事ができるんだろうか。自分の意思が伝えられない状態でも生き続けることができるんだろうか。それは全くわかりません。
ただひとつ、わかっている事がある。僕がどんな状態になっても僕が愛とぬくもりに包まれているということです。
家族、友人、先輩、主治医の先生、病院のスタッフの皆さん、介護スタッフの皆さん、そして…。いつも僕の隣にいてくれる彼女。
僕は愛というぬくもりだけで生きつづけることが出来るんだろうか。それだけで、僕が生きている意味を感じる事ができるんだろうか。僕は何もできないどころか生きているだけで手が掛かり、排泄、入浴、食事、たんの吸引、それでも生きていていいんだろうか。
その事をずっと考えてきました。
僕が生きているだけで周りの人達が生きがいを感じてくれるんじゃないか。僕が生きているだけで生きる意味を社会に問いかけ続ける事ができるんじゃないか。
じゃあ、生きているだけで、僕が僕であり続けるのはどうしたらいいんだろうか。
そうなった時に僕を支えてくれるのは、それまで生きた時間。
僕のいた時間なんじゃないか。
僕は覚悟を決めました。
生きる覚悟です。
いつかその時が来た時のために今を全力で生きていきたいと思います。
今日はこのような場を与えて頂き心から感謝しています。皆さんにお会いし、新しい目標を見つける事ができました。これからも今日のように自分の思いを伝えていけたらなって思います。
今日はどうもありがとうございました」
そして「先生、学校のイベントで何か話してくれない?頑張ってる先生見てると勇気沸く。私だけじゃないと思う。」とお願いする。
戸惑う拓人だったけど、こうして生徒さんの前でお話をする事になります。
この講演回のお話が最終回の山場だったと思うので、ここに全文を記録として書きとめておきたいと思います。
この拓人の言葉はずっと心に刻んで綺羅自身の心の支えにしていきたいと思いました。
そして、「僕のいた時間」というタイトルが、その後の「死」を意味するものじゃなくて、「生きるための支え」になる言葉だったことを最終回で知って、このドラマを観て良かった、と心から感銘を受けました。
以下が拓人の講演の言葉です。
「誰もが一度は考えた事があると思います。自分は何の為に生きてきたんだろうって。
病気になる前の僕は特にこれといった目標もなく、漠然とした毎日を過ごしていました。
自分というものがなくて家族にも本音を隠し、いつだってキャラクターを演じている自分の事を好きじゃありませんでした。
大学4年の終わりに同級生が自殺しました。理由はわかりませんが彼は就職が決まっていませんでした。
僕は大きな衝撃を受けましたが死というものは他人事でした。
僕の人生はまだまだ当たり前に続くと思っていた。
そんな僕が病気を告知されたのは社会人1年目の事です。
ALSという筋肉が衰えていく病気です。
最初は左手に違和感を覚えました。物がつかみ辛くなり、次第に左手に力が入りにくくなり、左腕が上がらなくなり、左足が動かなくなりました。
右手は今も未だ少し動かせますが腕は上がらず右足は動かず歩くことも立つこともできません。
いつかものを飲み込んだり呼吸をすることもできなくなります。
呼吸ができなくなったら死んでしまうので、人工呼吸器という呼吸を補助する機械が必要となります。
人工呼吸器をつけたらしゃべれなくなります。
しゃべれなくても顔や体のどこか一部の筋肉を動かすことができればセンサーでパソコンを動かすことができ、自分の気持ちを伝える事ができます。
どこも筋肉が動かせなくなったら自分の意思をつたえられないかもしれません。
それで生きている実感を持てるのか、わかりません。
人工呼吸器は一度つけたらはずす事はできないのです。
僕はこの病気になって何度も覚悟をしてきました。
病気を周りの人に話そうと決めた時、病気を受け入れて今を生きようと決めた時、左腕が全く使えなくなった時、歩けなくなった時、仕事が出来なくなった時。
僕は沢山のものを病気に奪われてきました。
奪われていく事に目を向けても怖いばかりで、今できる事に目を向けるしかありませんでした。
目標を見つけては失うことの繰り返しです。
今は大学の医学部に入学するのが目標です。
合格するのに何年かかるかわからないしいつまで目指せるのかもわかりませんが僕が今医学部に入学したいという気持ちだけは病気には奪えません。
この先、全ての目標が奪われたとしても僕が目標に向かって生きたという事実は奪われないのです。
それに病気から与えられたのは苦しみや絶望だけじゃありません。
僕は人の温かさを知りました。家族と真正面から向き合えて我侭を言えるようになりました。
愛情を信じられるようになりました。
自分の事がちょっと好きになりました。
自分がもっている幸せにも気づかせてくれました。
こうやってしゃべれる事、歩けること、走れる事、食べられること、笑える事、触れ合える事、風を感じる事、太陽の光に包まれること、今、生きていること、この世に生まれてきたこと。
僕は今、新たな覚悟をしなくてはならなくなりました。
人工呼吸器をつけるかつけないか、死ぬのも怖いし生きるのも怖い。
死ぬ覚悟も生きる覚悟も簡単にはできない。
周りの人は僕がただ生きてさえいてくれればそれでいいと言います。
家族や大切な人だけのために行き続ける事ができるんだろうか。自分の意思が伝えられない状態でも生き続けることができるんだろうか。それは全くわかりません。
ただひとつ、わかっている事がある。僕がどんな状態になっても僕が愛とぬくもりに包まれているということです。
家族、友人、先輩、主治医の先生、病院のスタッフの皆さん、介護スタッフの皆さん、そして…。いつも僕の隣にいてくれる彼女。
僕は愛というぬくもりだけで生きつづけることが出来るんだろうか。それだけで、僕が生きている意味を感じる事ができるんだろうか。僕は何もできないどころか生きているだけで手が掛かり、排泄、入浴、食事、たんの吸引、それでも生きていていいんだろうか。
その事をずっと考えてきました。
僕が生きているだけで周りの人達が生きがいを感じてくれるんじゃないか。僕が生きているだけで生きる意味を社会に問いかけ続ける事ができるんじゃないか。
じゃあ、生きているだけで、僕が僕であり続けるのはどうしたらいいんだろうか。
そうなった時に僕を支えてくれるのは、それまで生きた時間。
僕のいた時間なんじゃないか。
僕は覚悟を決めました。
生きる覚悟です。
いつかその時が来た時のために今を全力で生きていきたいと思います。
今日はこのような場を与えて頂き心から感謝しています。皆さんにお会いし、新しい目標を見つける事ができました。これからも今日のように自分の思いを伝えていけたらなって思います。
今日はどうもありがとうございました」
3に続きます。やっとインフル熱が下がりましたが、まだフラフラなので明日までに回復して仕事復帰したいところですが更新がなかなか進まずに感想が遅くなってごめんなさい。
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