ずっと、母親の事は『精神異常者』だと思っていた。
ネグレクトだったのも、母親が自己愛障害、もしくは統合失調症、双極性障害なのかと思っていた。

母は身体障害者でもあった。

若い頃に戦後の闇市の買い出しで汽車とホームの間に脚を挟まれた状態で汽車が走り出したせいで、太ももを複雑に骨折し、肉がえぐれ酷い傷だ。
見るに忍びない。
時代が時代だったのだろう骨をつなぐ手術を受けたが、うまくはつながらなかったようだった。
そのせいで左脚が10cmほど短くびっこをひきひき歩く。

その事故のせいで身体障害者になった。
19才だったと聞いていたし、それはきっともの凄くショックだっただろう。

母親を10才で亡くし、妹さんも自殺したらしい。
母の人生もまた波乱万丈な人生だったのだ。
おかしくなっても仕方無い出来事が沢山あったのだろう。
母親は自分のおかしさに自覚があったのだ。
若い頃に『電気ショック療法』を受けたとも聞いていたし。

だから、ネグレクトをするのも、言葉の暴力をふるうのも、精神の異常なのかと思っていた。

でも、彼の発達障害疑惑から始まり発達障害を調べていくうちに、自分の母親がまさしく発達障害だということがわかった。

間違い無い‼︎

すべての事柄の辻褄が合った。

全てが腑に落ちた。

私といても会話しない、すぐにフリーズ、無視、ひどい言葉の浴びせ掛け、すべてに悪意はなかったのだ。

脳機能の障害だったんだ。

私をおとしめるためにワザと私を傷つけることを言うのかと思ってた。

ワザと無視するのかと思ってた。

うちは商売をやっていたから、外ヅラは良く内ヅラとのギャップは大きかった。

その為に、人は母を『いい人』と見ていたようだ。
内情を知らない人たち。

誰からもわかってもらえなかった

誰からも信じてもらえなかった。

それが本当にツラく私は病んだ。

幼い頃というのは、よその家を知らないからウチがおかしいという判断も出来ない。

多くの発達障害者がそうなように、本人は気づいていないのだ、周りにいる人が被害を被るだけで、当人は自分のおかしさに気づける人たちではない。

私も例外なく、母からは私がおかしいとされていたし、私も自分がおかしい人間なのだと思い込んできた。思い込まされてきた。

そうか、わかったよ…

私はずっとカサンドラ症候群だったんだ。

悲しいかな、そうやって生きるしかなかったんだ。

でも、それがわかったから、
やっと楽になったよ。

故障品は故障品。
仕方の無いこと。

AC自助グループの中の解決の中に『生物学的な両親は私たちをこの世に存在させる道具であると思えるようになる』とある。

その通りだと思えた。

この親の元に生まれたことに深い意味は無いかもしれないし、実はあるのかもしれない。

しかし、産んだのは確かに母だし、私がこの世に生まれてきた事に大きな意味があるのであって、両親は単に私が生まれる為の道具なのだと思えることは私にとってはとても助けになる考え方だ。


そして、今までは『為せば成るなさねばならぬ何事も』をモットーに生きてきた私にとって、発達障害を知る事によってできないこと、ダメな人を『許す』ということができるようになった。

世の中にはいろんな人間がいる、って本当の意味 

でやっと気づいた。

ダメな自分も許せてなかったし、そんな私は他人を許せるわけがなかったわけだけど、今回のことで、そういう次元の問題ではないことがあるのだと知ることが出来た。

私にとって絶対に必要な知識だったのだと思えるようになった。

今までは単なる怠け者だと思っていたからね…

これからは少し優しくなれそうな気がするな

そんなことを感じながら…
今日も気づきに感謝です(^人^)