2.お尻の痛み
「私が悪いんじゃない。眞木野が全部悪いんだ。とか思っていませんか?」
月美は首を横に振った。
「あのとき自分を追い詰めて、救いの手を差しのべてくれなかったくせに。って思っていますよね?」
眞木野の意地悪な質問に、もう一度首を振った。
「こんなドSオーナーがいるところなんて、もう二度と来たくないと思っていたから、3週間も連絡するのをためらっていたんですよね?」
「・・・・・。」
「それはどうやら当たっているようですね。」
月美はもうそんなにいじめないで、という顔をして眞木野を見つめた。
「それでは私が先ほど言ったことに対して、月美さんは納得したと考えて大丈夫ですか?」
「はい。」
「これからそういった場面に遭遇したら、ここだけではなく生活面全般においてですよ。そういうとき気分を切り替えて頑張ることができますか?」
「はい。」
「まわりの人たちを不快にするような行動や態度を慎むことはできますか?」
「はい。」
真正面からうつむき加減の顔をのぞき込まれ、
「反省は充分にできているようですね。それでは、あとはおしおきしてさっぱりしましょう。」
眞木野が手を差しのべると、月美はごく自然にその手をつかみ、そのままひざに乗せられた。
「今までのおしおきよりも、少し厳しくしますよ。」
そう前置きされると、スカートがめくられ、パンツを脱がされた。
“少しぐらい痛くても、最後までしっかりとおしおきを受けよう。”
月美は覚悟を決めて、自分に言い聞かせた。
お尻に手が当てられ、次の瞬間、
バッチィーンッ!
いきなり強く叩かれ、「キャッ」という声とともに、反射的に体がビクッと動いた。
バッチーン 「ううぅっ・・・」
バッチーン 「うわぁ・・・」
バッチィーンッ! 「いったぁっ・・・」
バッチィーンッ! 「やあぁっ・・・」
今までよりも少しなんてもんじゃない。強烈な痛みがお尻に襲いかかり、5発叩かれただけでお尻がジリジリと熱くなった。そのあとも手が緩むことなくバシバシ叩かれ、何発叩かれたのか数えることもできないくらいの回数を重ねて手が止まった。
やっと終わったとホッとしたところに再び、
バッチィーンッ! 「いったぁーい!」
「ちゃんと反省できましたか?」
「はい。」
バッチィーンッ! 「うわあぁ・・・」
「今度私の前で同じような態度をとったら、許しませんからね。」
「・・・。」
バッチィーンッ!
「返事は?」
「はいっ!」
「ではあと50発で終わりにします。このお尻の痛みをしっかりと心に焼きつけてくださいね。そのために厳しくしているんですから。」
月美は50発と聞いて、ギョッとした。もうすでにお尻は限界に達しているのに、さらに50発なんて絶対に耐えることができない。
「眞木野さん、もう充分反省できました。お尻、これ以上は無理です。」
眞木野はお尻を撫でて、その状態を確認してから、
「月美さん、お尻はまだまだ大丈夫です。今日は厳しくするって言いましたよね。心の底から反省できるまで、決して甘やかすつもりはありませんから。」
月美もいつもより厳しくされるのは分かっていたし、
“ちゃんと受けよう!”
と決心して臨んだものの、あまりの痛さに根を上げてしまった。こんなにたくさん、こんなに強く叩かれたのは初めてで、今回の件、よほど悪いことをしてしまったという後悔が生まれた。
今までよりも少し早いテンポで、それでも同じぐらいの強烈な平手がお尻に打ちつけられた。宣告されたとおり50発叩かれ、やっと眞木野の手が止まった。月美はひざからずり落ちるように下りて床にしゃがみ込み、両手でお尻を押さえた。
泣かないように必死にこらえていたのに、目からはポタポタと涙が流れた。長い時間悩み続けた自分の中の嫌な部分が、くすんだ色の涙となって体外に排出されていくような気がした。
「早くお尻しまわないと、追加しますよ。」
とんでもないことを言われ、月美は慌ててパンツを履いて、眞木野のそばから離れた。眞木野はクスッと笑うと、部屋の奥にある冷蔵庫からよく冷えた麦茶をグラスに注ぎ、月美に勧めた。
「どうでしたか?今日の私からのおしおきは?」
“この人はどんな答えを期待して、そんなことを聞いてくるのだろう・・・?”
月美は恨めしそうに眞木野を見つめ、何も答えたくないといった表情で首を振った。
ものすごく痛くて悲しくて逃げ出したくなって、何度も“眞木野さんなんて大嫌い!”と心の中で叫んだけれど、自分のことを思って厳しくしてくれていることは、嫌と言うほど分かっていた。あのくらい痛みを与えられないと、うわべだけの反省になってしまい、また同じことを繰り返すかもしれない。
「これまで月美さんが受けた中で、一番ハードなおしおきでしたね?まあ、今までが甘かったんですが。同じことを繰り返したり、私が許せないと判断した場合には、今日以上に厳しいおしおきになりますので、覚悟しておいてくださいね。」
かなり恐ろしいことを言っているにも関わらず、眞木野はニコニコと嬉しそうだ。罰としてお尻を真っ赤に染めることができて嬉しいのか、月美のシュンとした様子から、きちんと反省したと確信できたことに満足しているのか。
“これ以上痛いのなんてあり得ない。今回のこと充分に反省できたし、これからはおしおきされないように注意しないとお尻が大変なことになる。”
人ってなかなか変われるものではないけれど、こういう心構えでいることが重要であり、これぞおしおきの成果と言えるのだろう。
「私、受付に行ってますので、どうぞ麦茶を飲んでからいらしてください。」
眞木野はひと足先にドアを開けて出て行った。月美は言われたとおり麦茶をいただき、流しでグラスを洗ってから部屋を出た。
ヒーリングルームから受付までのほんの数メートルを移動するだけでも、叩かれたお尻がジンジンして、歩き方がギクシャクしてしまう。まるでペンギンがよたよたと歩いている感じだ。そんな姿をトレーニングを終えた芳崎に見られてしまい、フッと鼻で笑われた。
「ずいぶんやられたみたいだな。」
月美が無言でうなずくと、
「オーナー、ずいぶん心配してたからな。」
「えっ?」
「さすがに3週間は長いだろ?機嫌は悪いし、はけ口になるオレの立場も考えろ。」
「すみません・・・。」
「家帰ったら、冷やさないと大変なことになるからな。」
いつものように上から目線で言われたが、最後にはアドバイスをしてくれた。
“眞木野さん、心配してくれてたんだ。”
“芳崎さん、今日は何だか優しい。”
“2人とも厳しいけど、いい人たちでよかった。芳崎さんは今日だけかもしれないけど・・・。”
受付で次回の予約を取ると、眞木野は
「今日はサービスしておきます。」
と言ってチケットを返してくれた。
「ありがとうございます。」
月美はお礼を言い、頭を下げて外へ出た。
“サービスしてもらって痛いおしおきを受けるなんて、ちょっとおかしい気がするけど。”
月美は大きく深呼吸をして、外の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
重くのしかかっていた肩の荷がやっと下りて、身も心も軽くなった気がする。3週間あれほど悩み、今日だって本当はすごく来るのをためらって、眞木野と顔を合わせるまで心配で心配でたまらなかったのに、今では気分がすっきりしている。あんなにきついおしおきを受けたにも関わらず。
“嫌だからって避けてばかりいたら、何も解決できないんだ。”
そんなあたりまえのことを再確認することができて、ホッと胸をなでおろした。それと同時に、これからのヒップハート生活はより一層気を引き締めて取り組んでいこうと心に誓った。
お尻の痛み&眞木野の怖さがそれを教えてくれた。
おわり