今日はステージサイズでのリハ。


少しは金曜以降に練習できたので、振りは入ってきてマシになってきてはいるけどまだ色々にそれダメ貰い中。


今日は帰り、先生と一言話して


こうだってのがまだまだ足りない

あと全体イメージの掴み、俯瞰イメージ


今日の移動のバームクーヘンって何のこと?でリハ中はわかってなかったけど。

帰りに考えたら何のことかわかった。


まあバームクーヘンの意味がすぐわかるとかも

うまい棒も雪印もだけど

これまでの経験値によって何を言ってるかがすぐ結びつくからだろう。


私は再開9年のシロウトだし、レッスンではそれなり慣れても先生の振付指導を踊るのも、コンテも初舞台なのである。

イメージや予測できないから完成をみて、んー?これかと学習している最中だね。


何しろバカっていうか、私は根底が動物並だ。

前に書いてるけど、フリーズするのは小一ののぼり棒降りてこれないで授業潰す事件から記憶にハッキリある。

逃げて木の上へ逃げたはいいが、そこから降りられなくなってレスキューされる子猫並みなのが私だ。

しかし、人ではのぼり棒ごときではレスキューされません。とにかく誰でもいいから降り方の手順を教えてもらいましょう。何か言わないと何でこれしきを降りられないのかな?と口をあんぐり開けて皆で見あげているだけ。上から見た忘れられない景色。笑


元が動物並なので、40年かけても進化は今ココ。

だけど、走るとこは腰は落としてよいので。インラインスケート、、、バック、高速にサークル、あとピタッと仁王立ちに止まるを含めて身体でやるべき事はとても似ているから、もっと動き方よりよく頑張れそうだし、前に詰まってるから出してないけどスピードももっと出せる。

なので今日も最後尾にいて最後の一瞬の直前には完全間に合わない場所にまだいるけど、前の人を横から抜いて立ち位置は静止の音に間に合わせられはしたかな。笑

ただし、今まで踊りに繋げるとこで次の振りと入り方何だっけ?とかなって失敗してること多かったから(この人は真正のバカだね。笑)

そこをきれいにやるのは、振りは着地点にfixしてきたし頭では私はおぽえられないので身体に叩き込むために練習の頻度増やす。


今週末は家のそばの公園で練習した。

その感じだと、毎日15分でもやれば、きっと叩き込める。


今日は、そのすぐ近くの商店街で、子供達向けに昔遊びをさせるイベントをしていた。

コマやゴムとび、大縄、羽根つき、輪投げなど。

少しみてただけだけど、今の子何もかもすんごい下手だね。

一人も上手な子いない。

というか三年生くらいの子は誰もまともにできてなくて、正直ショックをうけた。

こんなんじゃ、私の老後には、もっと介護必要な若者がいるかもしれない。


私の頃ならこの全員がイジメられるな。危ない事はするなってうるさい母親でも遊びの世界で弾かれちゃうと生活に困るからこの私でさえそれなり必死だったよね。。。ああ昭和ってやっぱハードだったのだな。笑


それでゴムとび、、、この高さならおばちゃんはジュッテアントルラセで余裕に飛べるなと思ってしまった。どれだけこの人は大人げないやつなんだ。笑


でも年上とか、できる子のいない環境ってほんとよくなくない?みんな横並びで仲良ししていて楽しめる競争心がない。

やってみなーっていうだけの大人が横に立ってついていただけだから、

もしもおばちゃんが飛んだみせたら皆でくねくねイジイジしてないで頑張ったかもしれないね!?


鈍臭い私でもできるようになるし、怪我してもすぐ治るうちにやらないと老後に辛いよ。うっかりコケるとき頭まもれない手が出ないんじゃ運によっては死んじゃうよ?笑


けどスカートだったからやらないで帰ったけど。やっぱり大人げない私は公園では人いないから振り練、アントルラセほかアラベスク、エカルテ、ピルエットも全力でしてから帰った。猛毒注意。笑


それで移動のこと。

バックはいいときある、と先生が今日言われた。


手から肩の状態をバレエになおしてるから、もちろん全部同じではないけど、私にはバックスケーティング、ミニスキーもバックから回転とかスラロームしていた経験があるから、腰から下はその重心感覚を思い出しながらやっている。


これ終わって、時間できたら、、、去年観れなかった井上バレエのくるみ観に行って帰りまた後楽園でスケートしようかな。たぶんブランクあっても上達してるんじゃなかろうか?


この公演演目ために練習はしているけど、私の身体で行う全部が底上げされるとは思うし、そのくらいでないと発表会ならともかく、公演などは出させていただく資格はそもそもないと思ってはいる。


現在の私はリハは土日中心か、夜間でないと無理だけど、今のオープンの発表会は仕事に被らせないで確実にリハ出られるようにキャスティングしてリハを組んで下さる。

つまり、その時間帯にはダンサー先生達は教えの仕事されてる事多いわけなので、公演などはやはり出る機会ないかな?


というわけで、最初で最後になるかもね。


とは言うものの

私は再開最初の発表会のとき、最初で最後になるかもしれないから観にきて、と妹に言ったそうだ。

ねぇちやんそういうなら本当だろうと

妹はとても無理して都合をつけて観に行ったから、それをよく覚えているんだと先週言われた。


えっ???


私はそんなこと言ったとは全く覚えてない。


ケーセラーセラー♪

なるようになる~♪

先のことなどわからない~♪♪♪

これだからムカつくやつだ。


だからたぶんだけど、

前にここに何度もかいてるから内容は端折るけど、震災もあったし20年選手の助手さんなみに色々やらなくてはならず、フルタイムの仕事しつつ再開3年目で初めて責任負うこととしてはあまりにも大変だったのでこれを毎年繰り返すのは無理だと思ったのかもね。


でも、このとき何かが起こった?

下にリブログする当時のリハ画像とくらべたら、舞台上のこれ別人くらい"入ってる"でしょ?笑

それから6年続けたので

きっと今年、小学校卒業ですねぇ?

おばちゃんどこへ進学するのかな??

あ、そうそう。

この週末に実年齢は46歳になりましたよ。笑


これは今6年生として、3年生が1年生のとき、、、再開三年目に出た最初の発表会リハの様子を振り返った内容です。

書いてある予測どおりだいぶ右肩痛く無くなってはきた。
今も建て付けはまだ悪いけど、建て付け悪くしない生活方法をみつけてはきているため、それを気をつけられないくらいに忙しい日に限っての話になってきた。
この3年生くらいのときは、何しろ木曜先生にこうだって掴まれてアロンジェすると右は肘から肩、腕全部かな?がもう激痛が走る状態だったので。
それからしたら随分違っています。歳でも気長にしてたらそのくらいはかわれるようですよ。笑