読者の皆さま、残暑お見舞い、申し上げます!

 

猛暑が続いていますが、お元気でしょうか。

コロナ禍、自主的な外出自粛、熱中症の危険…と、なんとも言えない夏ですね。

これから始まる、台風などの災害も要注意です。

 

ハスの葉先に宿るしずく。千葉公園で撮影。

 

 

私は、今年初めに崩れた体調が元に戻らず、強度の自律神経失調症で、

全身が痛くて家の中でさえ歩けなくなったり、手も使えなくなったりと、

近所のスーパーにも行く自信がなくて、気づくと10日間も一歩も外に出られず。

 

毎日非常に不便ではありますが、気持ちだけは前向きに過ごしています。

先週から漢方とお灸を試し始めているので、功を奏したらいいなぁと。

 

東京生活の始末、引っ越し、母のサポート、看病、見送り、お別れ会、

四十九日間のお骨のお世話、7月の納骨、8月の新盆と、

自分で言うのもなんですが、火事場の馬鹿力的に奮闘していたので、

今のこの身体のパニック状態、フリーズ状態は当然だろうなと感じています。

 

よしよし、自分、よくやった

 

ということで、ゆっくり体調回復の面倒を見たいと思っています。

 

 

★★★★★★

 

 

母という存在がこの世から旅立って、感じたことが沢山あるのですが、

「家族の関係性」というドラマは、父母を起源にこの世に生まれてきた私たちにとって、

誰ひとり逃れることのできない大切なテーマでもあります。

 

父と自分、母と自分、兄弟・姉妹と自分…

自分とパートナー、自分と子ども、自分と義父・義母…

 

相性もあるでしょうし、生育の環境、生まれ順、時代性、

いろんな要素が複雑に絡み合っています。

 

全ての人間の悩み、そして喜びは、

「家族」という関係性に起因するといっても過言ではないでしょう。

 

私自身も、家族 を考える夏です。

 

 

★★★★★★

 

 

ちょっと、プライベートな内容なのですが、

新盆を迎えたばかりの節目なので、

私の母のことを書き記しておこうと思います。

 

 

  ★★★

 

私の母・圭子は、昭和9年10月に生まれました。

4人姉弟の次女、下2人の弟たちは、腹違いです。

 

母の人生は、生まれてすぐに波乱に満ちていました。

生後間もない2歳になったばかりの赤ちゃんの時、

実母が自殺してしまいます。

だから、ほんとうの母の顔さえ知りません。

 

優しい父はおりましたが、幼子を男手ひとつで育てるのは難しかったのか、

周囲の勧めで、すぐに後妻に入ったのは、実母の姉。

自分の叔母にあたる人が、形の上では育ての母になりました。

この人が格別に愛情の薄い人で、しかも、子どもにあたりのキツイ人だった。

(亡き妹の後妻になんか入りたくなかったでしょうから、無理もないのですが)

 

母は幼少からそんな過酷な環境で育ち、家庭の中で安心した居場所が得られず、

児童疎開から地元に戻った小5頃には、同級生から壮絶ないじめにも会い、

その苦しみを誰にも告げずに、2年間、黙ってやり過ごしました。

深い所のどこかで、人間不信、猜疑心の塊になっていった背景があるようです。

 

そんな少女の唯一の慰めは、同級生に誘われてハマった演劇。

中学生の時(!)には、学校をしばしばサボり、三越劇場に入り浸っていたとか。

 

継母とのギクシャクした関係を不憫に思った父が、こっそり息抜きをと、

おこずかいをあげて、おサボりを容認していたのかもしれませんね。

 

戦後復興の新しい時代への期待感と、解禁になった刺激的な文化の眩しさに、

舞台を見つめる少女の胸は、いっそう高鳴ったに違いありません。

憧れの俳優は、チェーホフの「桜の園」に出演していた芥川比呂志さん。

 

高校時代は演劇部に所属し、演出も手がけていました。

卒業後すぐに前進座の門を叩き、座員にしてくれと直訴したそうですが、

前進座は男所帯でしたので、女人禁制と断られ、諦めたそうです。

 

こぐま社のわだよしおみさん、(こぐまちゃんシリーズの絵本や翻訳で有名な方)

などにお世話になり、児童文学協会の事務局で働いていたことも。

 

圭子は20代半ば、詩人の会(詩人・菅原克己さんの元に集う若者のサークル)で

父と知り合い、当時女性にモテモテだった父からの積極的なアプローチで2人は結婚。

クセの強い個性的な2人でしたから、「すぐ別れるぞ」と揶揄されたそうです。

 

高度経済成長期を背景に、やがて順を追って、3人の娘が生まれます。

 

母の愛を知らないので当然なのですが、元々子どもが苦手で、甘え下手な母は、

子育てのお手本も持たず、親からのサポートもなく、

驚くほど転勤が多く、忙しすぎる父はなかなか家に帰ってこないという状況の中、

長女が生まれた当時は、夜ごとひっそりと枕を濡らしながら子育てをしたようです。

 

やがて次女を授かり、4年後には転勤先の兵庫県で三女(私)が生まれます。

 

当初母は3人も子どもを育てる自信がなく、父に相談した上で3人目を生む決心をしたそう。

私はもしかしたら生まれていなかったかもしれず、縁の不思議を感じます。

 

大事に思っていた弟が、新婚で幸せの絶頂にあったと周囲の誰もが信じていた時期に

山に入って自殺するという痛ましい出来事もありました。

姉として、弟の死に対する疑問と悲嘆はどれほどだったことでしょう。

 

  ★★★

 

やがて好景気に乗って両親はマンションを買い、自分の城を持つことができました。

広い間取り、最先端の家具、ついに自分の居場所ができて嬉しかったと思います。

 

子育てには馴染めなくとも、自分の世界を最大限に大切にする人で、

芸術を愛し、自分の興味のあることには、果敢に自らドアを叩いて開け、

尊敬する先生を見つけ出すと、息長~くどこまでも邁進し探求するような女性でした。

 

詩作、カメラ、編み物、コーラス、エレクトーン、演劇鑑賞会などの表現や創作活動、

七宝焼きは講師になるくらいに何年にも渡って打ち込んでいましたし、

中国語、そして英語にも、長年熱心に学んで丁寧にノートをとっていました。

40代以降は、テニス、水泳、ヨガ、気功、太極拳、卓球などのスポーツにもいそしんで。

 

平成9年、地元に様々なアーティストを呼ぶ会を仲間と発足し、23年間の長きに渡り、

熱心にアーティストの招致、芸術鑑賞会のプロデュースの活動も続けていました。

 

「味彩会」というグループのその活動には、2019年4月まで現役で参加していました。

最後まで情熱を燃やし、素晴らしい胆力を魅せてくれました。

 

 

  ★★★

 

 

彼女の人生には、芸術への憧憬と積極的なアクションという活動的な側面と、

愛情表現に関しては大いに不器用という側面が、背中合わせにずっとありました。

 

俯瞰した視点から、母の人生を見通してみると、

それは母が育った環境がひな型になっているのがわかります。

 

 

実母が注ぐ無条件の愛情をまったく知らない幼少期からのトラウマ。

辛かった自分の内面の孤独を救ってくれた芸術への信頼と感謝…。

 

 

人の気持ちを上手に汲み取って、愛や感謝を素直に伝えられない不器用さ、

自分の機嫌がすぐに顔に出て、周囲を戸惑わせてしまうこと、

自分の視野が極端に狭かったこと…

 

この世を去ってみて気づく、反省点は多々あるそうですが、

苦手な子育てにチャレンジし、パートナーとはなんとか最後まで一緒にいて、

(感情のやりとりでは家族とうまくいかなかったことも多かったけれど)、

総じて、命を精一杯燃やし切った人生だったのではないでしょうか。

 

 

そんな母に、

 

 「愛と感謝をささげます。」

 「魂の成長のために進んでいけるよう、これからも応援しています!」

 

と日々祈っています。

 

 

睡蓮の庭に溶け込む、母・圭子の在りし日の後ろ姿。

 

 

で、遺された私たち姉妹のことも少し。

 

4年前の4月に父が他界し、今年の5月に母が他界して、両親共にいなくなり、

私と姉たちとの関係性もすでにダイナミックに変化しているのを感じます。

 

姉が感じて見てきた母と、

私が感じて見てきた母は、

姉妹ですからもちろん重なる部分もありますが、まったく異なる視点も持っている。

個性や捉え方のクセも違うし、人生の様々な状況や時代背景も違うし、当然ですよね。

 

母に愛されてこなかったと強く感じている姉たちと、

母が子育てに少し慣れて来たころに生まれ育った末っ子の私とでは、

母子の接し方に、いたしかたない、差異があったようなのです。

 

幼い当時の私は、そのことにはまったく無自覚でしたし、

とっても怖かった母に怯えながらも、ついて歩いていた記憶はあります。

 

今更ですが、その差異が母の死によっていよいよ「あからさま」になり、

そのことで私たち姉妹は、たぶん、お互いに“苦み”を感じているのでしょう。

 

母の愛情不足を母の問題として切り離し、なんとか消化するべく努力しようとしている姉と、

母になりかわり、母娘、ねじれた関係性の記憶を少しでも昇華するお手伝いができれば…

と、つい大きなお節介をしてしまう私と。

 

…戸惑いと葛藤が生まれていました。

 

時間をおいて冷静になってみると、

 

憑依体質の私は、実家で母の(プラス父の)大量の遺品を整理する毎日に浸食され、

どうも母の気持ちをすっぽり纏ってしまっていたことに、先日、ハッ!と気づきました。

 

明らかに、普段の自分の志向じゃないような感受性が働いていて。

これ、圭子の晩年の気持ちとそっくりじゃないか、と。

 

あぶない、あぶない…

 

母と姉の関係性には、私は関われないし、関わる必要もないのですから。

 

 

  ★★★

 

 

今はお互いに気持ちを整理し、少し時間が必要だと思いますが、

やがて姉との間に、新しいバランスが生まれることを楽しみにしたい。

 

 

そうやって家族の関係性の中で生まれる力学が

人生の中でダイナミックに動いていく様子はとても興味深いです。

 

 

誰かを敵にしたり、悪者にしたりして生まれる表層的な結束やバランスは、

敵がいなくなると、バランスを失って急激に変化してしまうもの。

今まで味方だと思っていた人が、利害が変化して急に敵になったりして、

恨む気持ちが生まれたり、大きな傷になる場合が多々ありますよね。

 

 

そうではなくて、自立して自由な精神を保ったもの同士が、

互いに居心地よく生きていくために、いい距離で気持ちよく協力しあうような、

健康的なバランスが新たに生まれることを信頼します。

 

   禅タロットの一枚、水のスート2「親しさ」

 

あぁ、これ、今自分が直面している、個人周期のテーマでもあるなぁ。

 

 

★★★★★★

 

 

「母のために頑張りすぎた私」の「リキみ」が、やんわりほどけて取れていけば、

きっとその頃には、私の身体も落ち着いて楽になるに違いないと思っています。

 

 

この時期の貴重な体験や気付きをたずさえて、更に懐深く

数秘の仕事に再び打ち込めるようになるのも楽しみです。

みんな、待っててね。