市内でも有名な高級フレンチレストランで、新作ワインの試飲会が開かれていた。しかし、主賓である辛口料理評論家・美食(びしょく)氏が、ワインを一口飲んだ直後に喉をかきむしって倒れ、絶命するという凄惨な事件が発生した。
現場にいち早く駆けつけたのは、小柄な体をせわしなく動かすスモール探偵である。彼はグラスの転がるテーブルをぐるぐると回り、得意げに声を張り上げた。
「ふははは! 警察の皆さん、ご苦労様です! この凶悪な毒殺事件、私スモールが前菜よりも速く解決して差し上げましょう!」
1.スモール探偵の踏みとどまり、からの大やらかし
スモール探偵は、遺体のすぐそばに立って震えている見習いシェフの胸元をビシッと指差した。
「見なさい皆さん! 彼のエプロンに、不自然な『白い粉』が付着しています! 犯人は彼だ! ワインにこの猛毒の粉末を入れ、その際にエプロンにこぼしたのです!」
スモール探偵は指先でその白い粉を拭い取り、口に運ぼうとして……ピタリと動きを止めた。
「……いや、待てよ? これが本物の猛毒なら、舐めた瞬間に私も死んでしまう。昔の私なら勢いで舐めていたかもしれないが、今の私は一味違う! 探偵たるもの、科学的に証明せねば!」
スモール探偵の立派な成長に、周囲の警察官たちが「おおっ」と感嘆の声を漏らす。
「よし! この粉末が燃焼性の毒なら、火を近づければ変色するはず!」
スモール探偵がドヤ顔でライターの火をエプロンの粉に近づけた瞬間——ボワァンッ!!
粉塵爆発が起き、スモール探偵の前髪と眉毛がチリチリに焼け焦げた。
「ゴホッ、ゴホッ! なるほど、ただの粉砂糖(パウダーシュガー)ですね! シェフは無実です!」
真っ黒な顔で咳き込みながら、スモール探偵は素早く立ち直り、テーブルの上の「激辛ブイヤベース(被害者の食べかけ)」に目を付けた。
「では第二の推理! 真の毒はワインではなく、この激辛スープに仕込まれていたのです! 被害者はこれを飲んで倒れた! 私がこのスープを全部飲み干して、毒が入っていることを私の胃袋で証明して見せましょう!」
「や、やめとけ探偵! それは被害者特注の——」
警察官の制止を振り切り、スモール探偵はブイヤベースを一気飲みした。
「ぐふぅっ……!! の、喉が焼けるように痛い!! 息ができない!! まさか、遅効性の猛毒……!? 警察の皆さん、私にかまわず真犯人を……ガクッ」
スモール探偵は口から火を吹きそうな顔で気絶し、そのまま救急隊にタンカで運ばれていった。
2.覆る真実
「あーあ、運ばれて行っちゃったよ……」
鑑識官が呆れ顔でメモ帳を閉じた。
「被害者は『超・激辛好き』だからハバネロ原液を致死量スレスレまで入れてたのに、あんなの一気飲みしたら胃痙攣起こして気絶するに決まってるだろ……」
さらに最悪なことに、スモール探偵が気絶して倒れ込んだ拍子にテーブルクロスを引っ張ってしまい、決定的な証拠となるはずだった「被害者のワイングラス」が床に落ちて粉々に砕け散ってしまっていた。
毒の特定もできず、証拠のグラスも失われ、事件は完全な迷宮入りかと思われた。
3.ビック探偵の巧妙なトリックを使った解決
「仕方ない。僕が出向くとしよう」
現場のレストラン。関係者である主催者や他の評論家たちが集められている前で、長身のビック探偵は、粉々になったワイングラスの破片を静かに見下ろしていた。
「スモール君が証拠(グラス)を破壊するという大失態(アシスト)をおかけしたようだ。しかし、犯人は極度の緊張から『ある決定的なミス』を犯している。だから、少しばかり『トリック』を使わせてもらおう」
ビック探偵は、被害者の美食氏と犬猿の仲であったライバル評論家・甘口(あまくち)氏の前に歩み寄った。
「甘口さん。あなたは被害者の隣の席でしたね。犯人は、照明が暗くなった乾杯の直前に、スポイトで被害者のグラスに液体毒を垂らした。しかし、暗闇の中で『自分のグラス』と『毒入りの被害者のグラス』が分からなくなり、自分が誤飲してしまうのを恐れたはずです」
「な、何を言っている! グラスは割れてしまったんだ、私が毒を入れた証拠などどこにも——」
「ええ。ですが、用心深い犯人なら、暗闇でもグラスを見分けるために**『被害者のグラスの底にだけ、ブラックライトで光る特殊なインクで目印』**を付けたはずです。幸い、あなたのグラスは割れずに残っている」
ビック探偵は懐からブラックライトのペンを取り出し、テーブルに残されていた「甘口氏のワイングラス」を手に取った。
「もしあなたが犯人なら、自分のグラスには絶対に目印を付けないはずですよね。確認しましょう」
カチッ。
ビック探偵がブラックライトを点灯し、甘口氏のグラスの底を照らすと……なんと、そこにはハッキリと『青く光るバツ印』が浮かび上がったのだ!
「なっ……!!?」
甘口氏は目玉が飛び出んばかりに驚愕し、叫んだ。
「ば、バカな!! なぜ私のグラスが光るんだ! 私は絶対に間違えないように、『被害者のグラスの底』にだけバツ印を描いたはずだ!! 自分のグラスに描くわけがないだろう!!」
……静寂が落ちた。
甘口氏は自分の口を両手で塞いだが、時すでに遅しだった。周囲の警察官たちが一斉に厳しい視線を向ける。
「ご丁寧に自白していただき、ありがとうございます」
ビック探偵は、ブラックライトのスイッチを切った。
「ど、どういうことだ!? なぜ私のグラスが光ったんだ!」
「簡単なことです」
ビック探偵は、自分の右手の人差し指をヒラヒラと振って見せた。その指先が、ブラックライトの光に反応して青く光っている。
「私が先ほどあなたのグラスを持ち上げた際、指先に塗っておいた『特殊蛍光インク』で、グラスの底にバツ印を描いただけですよ。ただの幼稚な手品(トリック)です」
「なっ……! き、貴様、ハメたな!!」
「ええ。あなたは極度のパニックに陥り、『自分が目印を付けたのは被害者のグラスだ』と自ら叫んでしまった。証拠のグラスが割れていても、あなたの口から証拠を引き出せれば十分ですからね」
腰を抜かしてへたり込んだ甘口氏は、そのまま警察官に両脇を抱えられて連行されていった。
「お見事です、ビック探偵!」
胃洗浄を終えてフラフラになりながら戻ってきたスモール探偵が、目を輝かせる。
「君のおかげだよ、スモール君」
ビック探偵は優雅に微笑んだ。
「本物の『まぬけ』は、予期せぬイレギュラー(グラスの破損)で安心しきったところに、ありもしないハッタリ(手品)を突きつけられると、自分の完璧な計画を証明しようとして自らボロを出してしまう犯罪者のことだよ」
ビック探偵は、スモール探偵のチリチリになった前髪を見て少しだけ吹き出すと、静かにレストランを後にした。