【長谷川院長のひとりごと】猫の糖尿病の飲み薬ーセンベルゴーについて
2024年10月に猫糖尿病の飲み薬としてセンベルゴがベーリンガーインゲルハイム社から発売されました。
獣医師の皆様、糖尿病猫の飼い主の皆様へ
センベルゴはしっかりと説明書にしたがって使用を開始してください。
獣医師の皆様、この薬の作用機序をしっかりと理解して処方してください。
飼い主の皆様、使用開始2週間は必ず毎日尿ケトン体の測定を行い、陽性となった際には即座に使用を中止して、かかりつけ医へ報告、診療を受けて下さい。
まず、上記が一番いいたいことになります。そして以下は思うことです。
センベルゴは「飲むインスリン」なのか?
一昔前ならば「犬猫の糖尿病に飲み薬なんてない。」「糖尿病の治療にはインスリンを早期から導入するべき。」というのが定説となっていました。
ではこの薬は、「飲むインスリン」となりうるのでしょうか?
今までの糖尿病治療は「如何に血糖値を下げて尿糖を出させないようにするか。」という闘いをずっと繰り広げてきました。
これに対して、センベルゴはSGLT(ナトリウム-グルコース共輸送体)2阻害薬という種類の薬剤で、その作用機序は腎臓の尿細管という部位に働いて、グルコースの再吸収を阻害することで血糖を低下させます。
つまり、「血糖値が高いなら尿糖をいっぱい出して下げればいいじゃない!」
という今までとは真逆の発想の薬となります。
しかも、この飲み薬は1日1回で良いのですから、「インスリンを打つのがこわい・嫌がる・暴れる」、「1日2回も打てない」などインスリン投与の問題点を一挙解決!!となります。
「この薬なんで猫だけなの?犬に飲ませてはいけないの?」
もっともな疑問ですが、実際この薬は猫専用です。ヒトの糖尿病では何年も前から使用されている薬ですが、正確に言うとヒトのⅡ型糖尿病には使用できるということで、ここにヒントがあります。猫の糖尿病はⅡ型糖尿病に似ていると言われ、犬の糖尿病はⅠ型の糖尿病に似ていると言われています。
つまり、この薬はⅡ型糖尿病と猫のように膵臓からインスリンが(充分ではないかもしれないが)出ている状態では「使用することができる」ものの、Ⅰ型糖尿病や犬のようにほぼ出ていない状態では「使用することができない」となります。
「もしこの薬を糖尿病の犬に飲ませたらどうなる?」
インスリンには特徴的な作用は「血糖値を下げる」ですが、もう1つ「ケトン体の合成を抑える」という大事な作用があります。
センベルゴは「血糖値を下げる」ことはできますが、「ケトン体の合成を抑える」ことはできません。このため体内のケトン体が増加して身体が酸性になる「アシドーシス」という状態に陥る可能性があります。
糖尿病を放置しておくと糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)という合併症を引き起こしますが、センベルゴにより引き起こされるこの病態を正常血糖ケトアシドーシス(eDKA)といい、血糖値は正常範囲であるにもかかわらずケトアシドーシスを発症しているという病態となり、DKAと同様に元気、食欲の低下から昏睡を起こして、重症例では死亡することがあります。
「この薬は猫の糖尿病ならみんな大丈夫なの?」
猫でも糖尿病を放置しておけばDKAを合併しますので、糖尿病と診断を受けた際には必ず尿検査を行って、尿糖の確認とともに尿ケトン体の排出の有無を確認します。
この時点で尿ケトンが排出されていたら,元気でもすぐに治療を開始する必要があります。そして、治療はセンベルゴの服用ではなく、必ずインスリンの投与となります。インスリンの投与により血糖の正常化の前に、ケトン体の排出は抑えることができ、DKAの発症を抑えることができます。
つまり、猫の糖尿病の全てがセンベルゴの対象となるのではなく、少なくとも尿ケトン体の排出がない症例で、これを欧米では「healthy diabetes -健康的な糖尿病-」と表現しています。ヒトではSGLT2阻害薬の使用基準がありますが、猫ではまだ明確ではないため、このような表現となっています。
このため服用開始に際しては、少なくとも2週間は1日1回は採尿により尿ケトン体の測定をする必要があり、陽性反応が出たら、直ぐに使用を中止してかかりつけ医の診察を受けるようにして下さい。
このひとり言を書くきっかけ
最初の疑問である「センベルゴは飲むインスリン?」はもうおわかりの通り、
決してインスリンに代わる「万能薬」ではないということになります。
10月の発売から農水省には残念なことに半年弱で100件を越える副作用の報告があり、その多くがこのeDKAであり、中には死亡してしまった症例も少なからずあります。
一番最初に書いたようにこれは決して薬のせいではなく、使い方です。
決して安易に使用を開始しないでください。
しっかりと用法を守れば必ずいい結果をもたらしてくれます。
現在この薬は、オンライン診療の普及もありヒトで「やせ薬」として、もてはやされている面があります。しかしヒト医療にとってこの薬は、もはや「糖尿病の薬」にとどまらず、「心不全や腎不全の薬と」しての適用が通って、糖尿病でない患者さんにも盛んに処方がされるようになっています。獣医領域でも近い将来この分野で使用される日が来ると思います。できればまたこの部分を「ひとり言」できればと思います。