ブログってよいですね




ブログを書くことで、

自分の気持、感情、思ってること、考えなど

整理したり、まとめたりできて、


自分で自分のことに気が付けるようになれて、



書くことで

自分のことに気が付いていってるなって思います。






私って


強烈に自分を否定しまくっていた。



強烈な自己否定。


だめ出し。


自分ではだめだ、だめだ、だめだって



こんな自分ではだめだ、


こんな自分ではよいと思ってもらえない、


こんな自分では愛されない、



って



自分で強烈に思っていた。






しかも、誰に否定だめ出しされたわけでもない。








ただ、こどもの時に家族にそうされた、

自分で自分をそうしてしまうようにされた、


というのが、

その後家族以外の誰にそうされるわけでなくても、


ずっと尾を引いてしまうのだね、、、









そんなこども時代の家族以外からは、



誰に否定だめ出しされたわけでもない、









というか、私をよいと思ってくれていた。





これまでいい感じになったひと達、


私をよいと思ってくれていたから、


来てくれていたのだし、






直近の彼も、


どんな私でもよいって思ってくれていた。









こんな自分ではだめだって否定しまくっていたのは








自分だけだ。







そう、自分だけ。






誰もだめだって思ってない、



自分だけが自分を強烈にだめだって否定してただけ。









だが、





自分が自分を強烈にだめだって思って

強烈に自己否定しまくってると、



「自分が自分にしてることが人にもすること」




だから



相手のこともほんのささいなこともいちいち

否定のほうに見えてしまうし、


だから否定する感じの発言や態度になってしまう





そして


自分ではだめだって思ってるから、


自信なくて自信なくて、



自信なさげで、おどおど、くら〜い感じになってしまい、






本来なら、どんな私でもよいって思ってくれてるのに、




○否定の発言、態度


○自信なさげ、くらい




ことで、結局きらわれる。







そして私は、



ほら!やっぱり私じゃだめなんだ!


私はきらわれる、愛されない、




というのを強化していく、、、





というループでしょう。




なので、出会いの数が増えるほど、


その「私じゃだめだ、愛されない」が


ますます強化され、



ますます自己否定し、


ますます自信ない、くらくなり、


ますます相手にも否定の発言、態度になり、




ますます相手とうまくいかない感じになっている、、、






という。








「私」がだめなんじゃない。




○否定の発言、態度

○自信なさげ、くらい


のがだめなんだ。






そりゃそうじゃん。


否定の発言、態度


って、



受け入れられてないってことだよ。




受け入れられない、って



それ、あなたを受け入れられない、好きじゃないですよ


ってことじゃん。



そんなんされたら、ああ、自分は受け入れられないのね、


って


わざわざ自分を受け入れない相手といようと思わないじゃん!



そりゃそうだ〜!




私は相手をよいと思ってるし、好きだと思ってても、


否定の発言、態度をされたら、


相手からすれば、


「あなたを受け入れられない、好きじゃないですよ」って意味にみえるし、


自分を否定してくる人はいやだよ。


自分否定されたら、いやじゃん。


そりゃそうだ!










そして、


○否定の発言、態度

○自信なさげ、くらい


になるのは、


自分で自分はだめだって強烈に自己否定してるから、


○自信ない、くらい、

○相手も否定してしまう、


のだ。









だから。





自分で自分を否定だめ出ししないこと。




そうして、



どんな自分でもいいんだ


って



どんな自分でも、


自分が自分を認めて、


自分が自分を好きになって、



自分が自分を肯定できてる




そうしたら、




自信できるし、明るくなるし、






「自分が自分にしてることが相手にもすること」


だから、



自分が自分を肯定してたら、



相手も肯定する





だから、


○自信あって、明るい


○肯定の発言、態度


となり、




よいと思ってもらえるでしょう。











「私」はよいと思ってもらえてる。


あとは、


○肯定の発言、態度

○自信あって、明るい





なら、それでOKなのだ。








自分だってそうだもん。




よっぽどの人でないかぎり、



相手がどんな人だって、



それは相手の個性だし、



みんな違う人間なんだから、違いがあってあたりまえって思ってるし、


相手がどういう人であっても、




個性については超寛大だもんね。







ただ、相手がどんな個性でもよいけど、



○否定の発言、態度

○自信なさげ、くらい


ならいやだもんね。




相手がどんな個性でもよいけど、


こちらを否定だめ出ししてくるのは、いやだわ。


自信なくて、くらいのも、いい気はしないわ。






そういうことよね。




自分だってそうなのだから、




相手だってそうだよ。








「私」がだめなんじゃない。


○否定の発言、態度

○自信なさげ、くらい


のがだめなの。



だから、


どんな私でも大丈夫。

どんな私でもよいの。


だから

自分で自分を否定だめ出ししないで


どんな自分でも、自分が自分を認めて、

自分が自分を好きになって、

自分が自分を肯定できてる

そして

自信付いて、明るくなって、

相手も肯定できて、


○肯定の発言、態度

○自信あって、明るい


なら、それでOK!






それなのよ!