苑宮絵事の人生継承。延展絵器子の一目惚れ。 | 墜落症候群

墜落症候群

墜ちていくというのは、とても怖くて暗いことのはずなのに、どこか愉しい。

 浮き上がって見える記憶というものが、あなたにはある?
 そこがどんなシチュエーションだったか。例えば何才のどんな季節だったか……そういうことを覚えていなくても、他のどんな記憶を忘れてしまっても、鮮明に焼き付いている記憶というものが、あなたにはある?
 私にはある。

 それは私が小学校の夏の時だった。日差しが眩しくて、セミが鳴いていたように思う。
 これ以上の正確な特定は、私は逆にしたくない。
 あの日を、このくだらない現実と地続きの日常ではなくて、本物の特別としていつまでも絵画に飾っておきたい。
 あの出来事こそが、私にとっての……いや、私という物語の始まりでした。

 麦わら帽子を被っていても日差しが眩しくて、ふと目に入った公園の木陰で休もうと立ち寄った時、その入り口に立った時、その大きくはない公園に、五、六人の男の子たちが全員呻きながら、倒れ伏しているのが目に入った。
 私は、その男の子たちを心配する気持ちが、少しも湧き上がらないのが、自分でも不思議なくらいに、ジャングルジムの上に一人座っている、くしゃくしゃ髪の身体の小さな少年に心の視野を狭窄していた。
 少しだけ猫背の、その男の子の、目が何より印象的だった。この世界に価値あるものなど何一つないという確信を抱いているかのような、その瞳。
 気怠げに頬杖を付いている彼は、どんな風にこの世界を切り取っているんだろう?

 私は彼に話しかけようとは思わなかった。
 彼のことをいつまでも自分の心のフォトフレームに飾っておこうと思った。

 そんな自分のことをちょっとおかしいとも思ったし、気持ち悪いとも少し感じた。

 こんなに、乙女みたいな気持ちに、自分がハマってしまうなんて私自身が一番意外だったけれど、そうなってしまった以上、仕方ない。

 そう、この時、もう既に私、延展絵器子は、彼、苑宮絵事に、もう一生がかりの、全生涯を託した恋を捧げていた。

 その日から見る夢は、いつだって彼が登場した。