「合成の誤謬」という経済学用語がある。個々の経済主体が合理的と考える行動を取った結果、全体としてはかえって不合理な事態が生じてしまうという意味である。低成長時代に入ってからの日本は、この合成の誤謬の状態に陥っているのではないかという気がする。
企業がコスト削減のために人員を削減したり非正規化したりする。それは、その企業にとっては合理的な行動かもしれないが、国全体では、安定した収入が得られる中間層が縮小することで需要(消費)が減少し、巡り巡って自社の財サービスの販売が減少することになる。数年前にサントリーの社長が45歳定年にしたい旨の発言をして批判を浴びたことがあったが、この社長は自社製品の購買層の属性を分かって言っているのかと思ったものだ。
安定した中間層が縮小したり、少数の正規社員の過重労働が強化されれば、結婚や出産の減少により少子化が加速する。勤労世代に掛かる負担がますます重くなり、それがさらなる少子化の要因となるとともに、経済成長の足枷になってしまう。
政府が財政支出を抑えようと社会保障等の切り詰めを図れば、国民は将来への不安から消費を削って貯蓄を増やそうとするので、国全体の消費は停滞し、デフレ経済が固定化してしまう。この十数年、GNP統計が発表される度に、消費が盛り上がらないと指摘されているが、これも国民の「合理的」な行動の結果ではないだろうか。
これまで、経済の不調や、少子高齢化の進展への対策として、人件費の抑制とか給付水準の切り下げといった個別「合理的」な方策が強調されてきたため、結果として日本全体としては更なる縮小の方向にはまり込み、抜け出し難くなっているのが現状ではないか。これには、日本人のマインドに「コスト(特に人件費)の削減は美徳」「福祉は小さいほうが良い」という観念が染み付いていることの影響も大きいように思う。
この悪循環から抜け出すためには、これまでの施策の方向、考え方を根本からひっくり返す必要があるのではないか。安定した雇用と将来の所得の見通し、信頼できる社会保障制度等があることによって、安心して消費支出ができる条件を整えることが、経済の好循環をもたらすのではないか。このような問題意識から、今後の個別の施策を考えていきたい。