こんにちわ。

 

とうとう、GWに突入しましたね。

ですが、今回のGWは、ちょっと特別💦

 

コロナのために、在宅ワークが当たり前なご時世となり、

運動不足のために多くの人が 「太る~」と感じているようですが、

私もそのうちの一人。

 

そして、どこを歩いても皆、マスクして上向いて太陽を見ている。

道の端っこで。

建物の角で。

 

今までは当たり前のようにあった太陽の暖かさを、

多くの人がとても楽しんでいるように感じて、

そんな姿をとても微笑ましく感じてしまいます。

 

若いサラリーマンも。

おじさんも。

OLのお姉さんも。

子育て中のお母さんも。

よちよち歩きの小さな子供も。

 

いまだかつて、これほど太陽の力が喜ばれたことはないのでは・・・という位で、

私も実際、太陽の力に本当に癒されています。

 

コロナが起こってから感じることですが、

今は、“一番大切な事”が見直されているのかな、

と感じています。

 

緊急事態になる前の、日常生活をしていた時から、

当たり前にように自分の周囲にあったもの。

 

 

暖かな太陽の光は、本当に私達の命を癒してくれていて。

 

散歩しているとどこからともなく漂ってくる花の香りに心が洗われたり。

 

普段はあまり声を交わすことのない隣人の存在も、

隣で物音がすることで“生きている”ことを“感じ”、

この非常時に同じ“命を持つもの”として、

大切な存在として感じることが出来ます。

 

それもこれも、この非常時だからこそ、

感謝をもって感じられること。

 

 

 

そして、まとまった時間の取れたこの週末、

今回のコロナについて瞑想をしていった時、

昨年の事を思い出しました。

 

 

 

昨年の11月にローマ教皇が日本にいらした時のテーマが。

 

『すべての命を守るため』

 

というテーマでした。

 

ローマ教皇は、何かを決定する時は、

毎朝の神様との対話の後に決定することが常だと伺いました。

 

教皇様が、アメリカでもなくロシアでもなくヨーロッパでもない、

日本に来られた、ということ。

 

そこには大きな意味があり、

その意味を私たちが自分自身の頭で考えてゆくことが、

とても大切なことだと感じています。

 

『すべての命を守るため』

 

自分たちには何が出来るのか。

そんな事を、この連休を通して再び瞑想しています。

 

 

 

私個人的には昨年10月くらいから、

(その時には“来年”である) 

2020年はとても大変なことが起こる、と、メッセージを受取っていて、

私自身も自分の内面の準備を急いで行っていました。

 

今年に入ってすぐに、戦争への動きが起きたり、

過激な事件が起こる中で瞬く間にコロナが広がり、

この状況になって初めて、「こういうことだったんだ・・」と感じることもあり。

 

 

 

少し瞑想した所、「命の大切さ」について、

メッセージを受取始めています。

 

“命を守る”って本当に多岐に渡っていて。

 

核兵器廃絶もそう。

自然を破壊しないこともそう。

人工中絶の問題にしてもそう。

今回の医療現場を守ることもそう。

いじめによる自殺の問題もそう。

コンビニ袋のよる環境破壊もそう。

 

本当に数えきれないほどの、命を粗末にしている現実があって。

 

この連休で、家の模様替え(というか引っ越し後の整理整頓)をしなくては・・・

なので、新しく家に来てくれた戸棚の組み立てや断捨離をしつつ、

瞑想に取り組んでゆく所です。

 

 

今、多くの方が、人と関われず、

内省する時間が沢山ある中で生活していると思います。

 

そんな中では、一人一人が、各自の観点から、

命を守ってゆくために何が出来るか。

自然と考えている方も多くいらっしゃると思います。

 

この時期、自分を含めて、少しでも多くの方が、

すべての命を守る為に自分がどうすればよいのか。

模索して行けるように祈ってゆきたいと思っています。

 

 

アルケミア☆高橋

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 
新年から、あっという間の1か月半が経過しています。
 
その後、皆様いかがお過ごしでしょうか。
社会的には世界中で、様々なびっくりするような事件が起っていて、
紙面をにぎわせていますが、そんなことも、
新年からの新しい時代の切替わりの空気を感じさせることなのかな、
と感じています。
 
 
私個人的な事を書かせて頂くと、
昨年からの人との出逢いというのは、
後から思い返すと、いつも必然であり、
神様に導かれているものであると感じています。
 
それほどに、神様からの愛は,
私達人間の愛の想像を絶するほど深いものなのか。
そんな事を感じている今日この頃です。
 
 
 
年末から新年の間に行った8日間の修行の中では、
最終日に自分自身の、30年前の出来事の振り返りをする機会がありました。
 
その30年前の体験は私にとって、
人生最大の絶望のどん底というような体験でしかありませんでしたが、
その最悪の記憶さえ、30年という長い期間を経過する中で、
その記憶も薄れてしまってるくらいでした。
 
ですが、なぜか、この修行の時に再び思い出す機会を得て、
大人になった自分が、その時のことを俯瞰して思い返してみると。
 
その時の私は、まだ自分の体質(巫女体質)を知らなかった故に、
自分では気が付かずにいたけれど、
今の私から見ると、確実に神からの啓示を受取っており、
その神からの啓示に対して、
「今の小さな自分を超える!」と、自発的に大きな決意をしたことを、
神様が受取った故に、ご意志によって起こされた出来事だと知った時に、
その後、たった一人で生きてきたと感じていた自分の30年間を、
実は、神の慈しみの眼差しの中で神と共に生きていたのだと、
涙と共に確信することになりました。
 
昨年10月から約2か月の間にも体験した、
神様からのお試しともいえる壮絶な浄化の期間を経て、
30年前の過去にも同じことが起こっていたのだと確信するに至り。
 
自分の人生にはなんと多くの神様からのお試しがあるのかと。
 
この事実は、自分の小さな頭の中で感じたことではなく、
沈黙の修行の時を過ごす研ぎ澄まされた感覚の中で、
自分の魂を通して感じたこと。
 
これは、日常生活の中で感じる世俗的な幸せとは全く無縁な事であり、
自分の魂を通してでしか感じることのできない、
派手さはないですが、魂の深い部分からやってくる、
どうしても涙を伴ってしまうような幸せの感覚です。
 
今の自分はそういうことを通してしか、
幸せを感じることが出来なくなってしまっていますが。
 
 
この体験は、私に深い感動と目には見えない、
神の存在への更なる確信を育てることになりました。
 
そして。
そんな体験をした後の。
自分の周りを見てみると。
 
自分の身近な周囲の人の中に、
イエス・キリストの姿を見ることがあります
 
その方々に共通してるのは、
「人に与えること」を実践している人々である、ということです。
 
人に与える行為というのは、
小さな自分の個を超えた行為を伴うことであり、
キリストへの信頼と共に、
キリスト意識と共に生きるということでもあります。
 
そんな人と出会う度に、
そんな方々と共に生きる喜びを見出します。
 
そして、そんな生き方をする中では、
世俗的な苦難は付き物です。
 
自分の意に反する、社会的に間違っている指針、
矛盾している現実や世界と向かい合ってゆかなければならないことが殆どで。
 
そんなものの鎖にがんじがらめになって生きることを強いられる日々ですが、
自分が神に恥じることのない、神のご意志に沿った意向を
求めながら生きてゆく日々です。
 
そんな渦中で生きることは、ある意味、苦しみの連続であり、
苦しみしか感じないことが殆どです。
 
そんな中でも、キリスト意識を感じて生きてる人と出会えるのは、
ほんの一握りだと感じます。
 
そんな神様のご意向でご縁した方々と共に、
神様のご意志を働けることは、とても幸せなことだと感じます。
 
忙しい最中。
私と同じ思いでいらっしゃる方もいるのではないか、
と感じ、久しぶりにその方々に何かメッセージを残したいと思い、
このメッセージを書かせて頂きます。
 
必要な方々に届きますように♡
 
 
アルケミア☆高橋
 
 
 
 
 
 
新年明けまして
おめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
 
《 修行先の松ぼっくり 》
 
 
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新しい年が始まりました。
皆様いかがお過ごしでしょうか。
ご家族との交流の中で、暖かなお正月をお過ごしかと思います。
 
今年はオリンピックの開催という大きなイベントがあり、
その中には今から、隠れている問題を感じさせられる部分もありますが。
 
どなたにとっても、
頑張れた!
達成した!
幸せだった!
喜んだ!
満ち足りていた!
笑った(笑)
 
そんな声が聞こえる1年となりますように。
 
新年より、修行中の鎌倉の地から、
お祈りさせて頂きます。
 
*:.。. .。.:* .。.:*・゜゜・*・*:.。. .。.:* .。.:*・゜゜・*

私は昨年の12月26日から、再び、沈黙の修行に来ております。
 
日頃の仕事の忙しさから離れ。
 
自分の趣向に囲まれた部屋や日常生活からも離れて、
自分に最小限必要な生活用品だけに囲まれた生活。
 
その中で聖人によって書かれた書物を通して学ぶ中で。
1日1日、少しづつ、自分の内側が拡大して、
よりリアルに見えてくるような感覚を感じています。
 
そして、拡大して見えてくるものは、
最初は自分の内側の事であったとしても、
不思議なことに。
 
段々と、今現在の自分を取り巻く環境・人間関係等のすべての側面について、
“拡大された”よりリアルな姿が見えてくる瞬間があります。
 
そういうプロセスを経て感じたこと、見たもの、発見したことというのは。
やはり、疑いようのない“真実である”と感じます。
 
“真実”とは隠せないもの。
各自がどれだけ抗おうと、どれだけ隠そうとしても。
これからの時代の流れは、何も隠すことなんてできないのだと感じました。
 
 
今だから言えることですが、
昨年の10月11月と、私自身が“邪”なものから、
日々、ちょっぴり(とても?)苦しめられていました。
 
日々、苦しめられる理由もわからず、
神様に大天使ミカエルに祈りつつ、耐えるしかない中で。
その禊ともいえる2か月の期間が過ぎた12月初旬頃に。
 
その理由を、答えとして頂く機会が訪れました。
その理由を聴いた時に、
「苦しくても、神様を信じ続けて良かった。」
と、素直に思えました。
 
もし、途中で私がくじけてしまい、
自暴自棄になってしまったり、
何かしらの、自分の本当の意に沿わないことをしたり、
不本意な方向に進んでしまっていたとしたら。
 
そのお試しのプロセスを経た後、自分の中では、
神様に対する後悔の思いでいっぱいになってしまったことでしょう。
 
そして、もし、自分の意に沿わないことをしてしまっていたとしたら、
自分自身の心に、また、違う種類の苦しみの種を植え付けてしまうことによって、
そこから更に自分で自分を苦しめることになってしまったのではないか。
そんな風に感じました。
 
 
ここにきて、1週間がたちましたが、日々の修行の中、
自分の内側を拡大して見てゆくプロセスの中で、
そんなことに気が付き、どんな苦しい中でも、
神様から離れなくて本当によかった。
 
そんな思いと共に、どのような方も、
ご自身が耐えられない程の苦しみの訪問を受けたとしても、
神様に導かれていることを疑うことのないように、
今年1年豊かな年となりますようお祈り申し上げます。

今はもう少し、この静かな空間の中で、
今年1年の事について、思索してゆきたいと思います。
 
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ということで、アルケミア始動は、
1月6日(月)からとなります。
 
今年もどうぞよろしく♡
 
 
アルケミア☆高橋