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戦場の上に立って
私たちの多くは、この世界で目にする争いや不正に心を乱されます。
調和や思いやりを大切にしているからこそ、人々が理由もなく互いを傷つけ合っている様子を見ると、その狂気を止められない自分の無力さに、怒りや苛立ち、あるいは落ち込んでしまうのです。
『奇跡のコース』には、「戦場の上に立って」という印象的な章があり、重苦しいニュースがもたらす苦しみから抜け出すためのヒントが示されています。
それは、私たちは、スピリチュアルな存在として、ネガティブな渦に引き込まれないような、もっと高い意識へと自らを引き上げる力を持っている、という真実です。
つまりは、戦争に意識を向けるのではなく、平和や健全性に意識を向けることで、戦いから自由になることができるのです。
『奇跡のコース』はこう語っています。
「戦争を見つめる者に、平和はあり得ない」と。
ここで、ニュースが煽るような争いから、自分自身を解放するために、私たちが個々で取り組める、強力な方法をご提案しましょう。
それは、「私たちが癒すべきは、外側の争い以上に、自分の内側にある葛藤である」という真実に基づくことです。
外の世界で起きている争い以上に、まず癒すべきなのは、私たち自身の内なる争いなのです。なぜなら、この世界は、私たちの心の鏡です。つまりは、外側に見える戦争は、内側にある戦争を映し出しています。世界で起こっている争いを癒す前に、まずは自身の内なる葛藤を癒さなければなりません。
先日、ベットという女性の話を聞きました。
彼女は膵臓がんと診断され、医師からは「腫瘍が大きすぎて、対処が難しい」と告げられました。彼女は深く落ち込み、死んでしまうのではないかと恐れました。
そんな折、彼女に家族の集まりに参加する機会が訪れました。その楽しい雰囲気を自分の暗い知らせで壊したくなかった彼女は、できるだけ明るく振る舞い、いつも通りに過ごそうと決めました。しかし、幼い姪のエイミーをごまかすことはできなかったようです。
「ベットおばさん、悲しそうだよ。どうしたの?」と少女は聞いてきました。
正直に答えるしかないと感じたベットは、子どもにもわかるようにこう答えました。
「私の中で、とても暗くて悪いものが育っているの」
すると、エイミーは不思議そうに眉をひそめて、こう言ったのです。
「そんなことないよ、ベットおばさん。おばさんの中に暗くて悪いものなんて何もない。おばさんは完璧だよ!」
その言葉は、ベットの心を揺さぶりました。エイミーの無垢なまなざしが、彼女の本来の高次の自己、つまりは真実を映し出し、恐れと混乱の濃い霧を払ったのです。
彼女は、その瞬間、自分の完全性を感じ、自分は愛される存在なのだと思えました。そして、その感覚は、医師から告げられた診断をはるかに超えるものでした。
彼女は本来のありのままの自分を取り戻し、安らぎを感じたのです。
彼女が、次に医師のもとを訪れたとき、医師は驚きを隠せませんでした。
「ベット、説明がつかないのですが、、、でも、あなたのがんは完全に消えています」
このように、私たちが本来持っている完全性のヴィジョンは、私たち自身の困難や世界の問題を超える力を与えてくれるのです。
かつて私はルイーズ・ヘイに、本にサインをする時、何と書くのか尋ねたことがあります。彼女はとてもシンプルに、こう答えました。
「愛は癒す(Love heals)」と。
私たちがニュースに心を乱されれば、世界を暗く見せている痛みに、さらに加担していることになります。一方で、それぞれが自分なりのやり方であっても、平和であり続けようとするならば、私たちは問題の一部ではなく、解決の一部になります。
ラドヤード・キップリングの言葉を借りるなら、「周囲の人々が皆、取り乱している時に、自分の平静を保つこと」です。もちろん、周りが混乱している時にも、健やかさを選び取るには、大きな覚悟と誠実さが必要となるでしょう。
しかし、それこそが、今この時代に私たちがこの世界にやって来た理由なのです。
多くが闇に覆われているこの世界において、その闇を照らす光となるために。
もしあなたがこの「くつろぎレター」を読んでいるのなら、あなたは、自分には世間に与えられた役割を超えたより大きな使命があると、少なからず感じているはずです。
今こそ、その使命に一歩踏み出すときです。
イエス・キリストや『奇跡のコース』が私たちに示しているように、「世界の光」として在るために。
なぜなら、自分の心をより良い場所にすることができた時に初めて、私たちはこの世界をより良い場所に変える力を持つことができるのですから。
アラン・コーエン
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