「恐れではなく、光を養う」

 

 

最近、世界で起きている心を痛める出来事に、どう向き合えばいいのかという質問を、頻繁に耳にするようになりました。多くの人が、「なぜこんなことが起きるのか?」そして何より、「自分に何ができるのか?」と考えています。


こんな時は、TVシリーズ『スター・トレック』の中でも、『デイ・オブ・ザ・ダヴ(邦題:宇宙の怪! 怒りを喰う!?)』を思い出します。それは、とても印象深いエピソードです。邪悪な存在が宇宙船エンタープライズ号に侵入し、乗組員たちを憎悪や暴力へと駆り立てます。その存在は人々の心を支配し、本来は善良な人々にさえ、極端に残虐な行為をさせるのです。恐怖や強烈な否定の感情を拡大させながら、邪悪な闇の力はどんどん膨らみ、その存在が勝利するかに見えました。


しかし、やがて、艦の指揮官たちは気付きます。その闇の存在は、恐怖や怒りといった激しい負の感情をエサにして、終わりのない争いを煽っているのだと。そこで彼らは、その存在と戦うことを敢えて止め、かわりに、内なる平和と感情の静けさを育むことを選んだのです。すると、もはや、食糧となる混乱した感情が底をついたと知った侵入者は、力を失います。結局、その存在は立ち去り、船には再び健やかさが戻りました。


歴史上でも、大きな社会変革を成し遂げてきた指導者たちは、「悪」と戦ったわけではありません。かわりに、彼らはより大きな真理と調和しました。イエスやガンジー、マーティン・ルーサー・キング牧師は、人類に対する高いヴィジョンを掲げ、戦いを選ぶより、むしろ前向きな社会的行動を推し進めました。マザー・テレサは、反戦集会での演説を求められた時、こう言って断りました。「戦争に反対して戦うことは、別の形の戦争です。もし『平和促進のための集会』なら、喜んで参加します」と。


悪を行う人々は、深い苦しみの中にいます。彼らは、自分自身の源との繋がりを失っているのです。もしあなたが恐れ、動揺し、怒りに支配されるなら、あなた自身もまた自身の源との繋がりを失い、前向きな結果を生み出す力を失ってしまうでしょう。繋がりを失った者同士の戦いは、断絶をさらに増幅するだけです。もし世界の悪を和らげたいと願うなら、加害的な行為そのものに意識を向けるのをやめ、解決策に意識を向けましょう。


ネイティブ・アメリカンのオノンダガ族には、オレン・ライオンズという「フェイスキーパー(信仰を保ち続ける者)」がいました。彼の役割は、外の世界で何が起ころうとも、平和を保ち続けることであり、戦争、悪天候、食糧不足などで部族全体が揺れ動く時でさえも、彼だけは健やかさとの繋がりを持ち続けなければなりませんでした。そして、それが部族全体に良い影響を与えていたのです。


私たち一人ひとりの中にも、「内なるフェイスキーパー」がいます。それは、断絶が分離、暴力に呑み込まれていても、なお全体性と繋がり続ける心の一部です。内なるフェイスキーパーと繋がる時、私たちは効果的に行動するために必要な全ての導きを受け取ることができます。


場合によっては、政治的行動に参加するよう促されるかもしれませんし、奉仕団体に関わったり、自分にとって意味のある表現方法を通して、声を上げることもあったりするでしょう。あるいは、ただ内側に向かい、瞑想や祈りによって中心を保ち、心を乱している人を助けることかもしれません。いずれにしても、あなたの内なる教師は、必ず導いてくれます。


聖書にはこう書かれています。「悪に抵抗するな。ただし善をもって悪に打ち勝て」「あなたを迫害する者のために祈りなさい」と。また、「柔和な者(非暴力の者)が地を受け継ぐ」とも語られています。


不正を目にするのは、確かに心が痛むことです。しかし、私たちが過ちを目撃する時は、「私たちはもっと良い世界を受け取るに値する」という内なる導きを受け取る時でもあるのです。


私は毎日、個人的にも、この国においても、そして世界全体に対しても、癒しのヴィジョンを保つことを実践しています。もし祈りや瞑想を通じて、他の人と共にその意図を合わせることができれば、その効果は何倍にもなります。光の子どもたちが集まる時、その光は一人で行動する時よりも、はるかに明るく輝きます。


『奇跡のコース』には、「もしあなたが、自分の選んだ道を共に歩んでいる存在が誰なのかを知っていたなら、恐れは存在し得ないだろう」と書かれています。


先述の『デイ・オブ・ザ・ダヴ』のラストシーンで、カーク船長はクリンゴン司令官カーンと共に、宇宙船を戦場へと変えた邪悪な存在に、こう言い放ちます。
「この船から出て行け!ここではお前は無力だ。俺たちはお前の正体を知ったし、もう相手にしない。お前みたいな存在は、他にもいるかもしれない。多くの苦しみや、長い歴史を生み出してきたのかもしれない。だが、それももう終わりだ。これからは警戒を怠らない。いつでも備えている。さあ、出て行け!とっとと失せろ!」


このエピソードが放送されたのは、ベトナム戦争の最中、国全体が分断され、全てが恐怖と怒りに支配されていた時代でした。その過酷な状況の中で、脚本家ジェローム・ビクスビーは、対立を超え、より高い解決のヴィジョンを見出したのです。


そして今、私たちは再び、分断が支配しているかのような時代に立っています。私たちは、個人としても、集団としても、同じ学びを何度も繰り返します。それは、私たちがその学びを、真に習得するまで続くのです。


もしかすると、今、カーク船長のこの言葉を、私たち自身の高次の意識の声として、分断を促す邪悪な存在に向けて使う時なのかもしれません。「さあ、とっとと失せろ!」と。


アラン・コーエン