皆さまごきげんさまです。

やましたひでこ公認断捨離トーレーナー 
あくちゃんこと芥川幸代です。
 
カルチャーセンター資料作成中
取り入れたい情報が。

5月19日
小松易【断捨離メルマガ】

シェアさせていただきました。



◆今日の断捨離
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FROM 小松易

こんにちは!
かたづけ士の小松易です。

先日、はじめて大学で学生向けに
講演をさせていただく機会をいただきました。

講演の中で学生全員に対して
片づけが苦手と思う理由を尋ねると、

「つい先送りしてしまう」という理由と並んで
多かったのが「モノが捨てられない」でした。

大学生もやはり同じ悩みを抱えているんだなと、
妙に納得したのと同時に、では、

「なぜ人はモノが捨てられないか?」

という根本的な疑問が改めて湧いてきました。

すると、2年ほど前にあるテレビ番組で
ご一緒させていただいた医学博士の先生と
楽屋で出番を待っている時に
片づけの話題になって盛り上がった場面を
不意に思い出しました。


「人はモノに対する“執着”があるから
捨てられないんですよ。
つまり、“愛着”だけならいいけど、
それが“執着”になってしまうんですよね」

というと、その先生は、
もともと用意された言葉のように
こう言われました。

「あ、それは、愛着、執着、そして、
膠着(こうちゃく)ですね~。

最後には、いわゆる膠着状態になって
動けなくなるんですよ。」

ちょっと悔しい想いをしながらも(笑)
その先生の「膠着」という言葉が
とても肚に落ちるような気がしました。

膠着とは辞書によると

1 粘りつくこと。しっかりくっついて離れないこと。
2 ある状態が固定して、ほとんど動きがなくなること。

とあります。

つまり、手放せないモノによって
心も体も動きが止まってしまうような状態です。

人は、モノに足して「愛着」だけならいいけれど、
それが執着となると、最後には膠着してしまう
というわけです。

では、執着を手放すことができるのか?
今日は次の言葉を引用して、
執着せず終わることにしましょう。

スリランカ初期仏教長老の
アルボムッレ・スマナサーラさんは、
著書「苦しみをなくすこと」(サンガ出版)の中で
このように言っています。

「なくす楽しみは長持ちする
捨てることで得る幸福は、それこそ永遠なのです。
得たものはいつか消えてしまいますから、
得る楽しみはだめなのです」


この言葉を本で見つけるたびに
自分自身のさまざまなモノへの執着心を
改めて浮き彫りにされるのと同時に
捨てることの先にある可能性を
信じる勇気の必要性も同時に与えてくれる
気がするのです。

そして、まずは「愛着」と「執着」の違いを
自分の中で区別すること。

それが執着を手放すスタートではないでしょうか?


さて、今週は自分の愛着と執着を意識しながら
断捨離、かたづけ、実践していきましょう!


かたづけ士 小松易

*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆


断捨離とは、
モノへの執着を捨てることが最大のコンセプト

それは、愛着、執着、そして、膠着(こうちゃく)

最後には、いわゆる膠着状態になって動けなくなる


最後は膠着

皆さま、参考になりましたか?。

私、取り入れさせていただきます。



今日もお読みいただきありがとうございました。
このご縁にいっぱいいぱいの感謝と
日々ごきげんに過ごせますように!!


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