鍼灸が痛いところに対して効果があるのは何となく知っているけど、
どんな機序で作用があるのだろうと感じる患者さんは多いと思います。
実は、鍼灸の効果について様々な事が分かってきています。
今回は、
鍼灸の効果について
科学的に説明させていただきます。
1.痛い所への治療(疼痛局所への治療)
痛い所に鍼をすると痛みが消えたり、減少したりとそんな経験をした人も多いと思います。
その治療機序についてご説明します。
(オピオイド受容体を介した鎮痛)
炎症があるところには痛みを抑制する物質であるオピオイドを含有した免疫細胞が数多く存在しています。鍼灸刺激によりそれらの免疫細胞にオピオイドを放出させ、末梢の痛覚受容器に存在するオピオイド受容体に作用させる事で鎮痛が起こります。
オピオイド受容体は通常は、末梢の痛覚受容器には存在しておらず、損傷時や炎症時などの病態時に出現します。
これが、炎症の周囲にお灸や鍼(散鍼(さんしん))を行う際のメカニズムです。
(アデノシンA1受容体を介した鎮痛)
鍼灸刺激で微小の組織損傷が起こると、細胞からアデノシン3リン酸(ATP)が漏出します。
ATPは分解されるとアデノシンになり、アデノシンが末梢の痛覚受容器に存在するアデノシンA1受容体に作用して鎮痛が起こります。
これが、疼痛局所に鍼をして手技(雀啄、回旋、捻鍼)を行う際の鎮痛メカニズムです。
2.脊髄レベルの鎮痛(分節性の鎮痛)
疼痛局所で生じた痛みは、脊髄に集約されます。
そのため、脊髄で痛みをブロックする事も可能です。
また、痛みが障害分節全体に広がっている場合は、痛みは背髄レベルとなっている為、
脊髄に対応した鎮痛メカニズムの賦活が必要不可欠です。
(ゲートコントロール説)
障害のある脊髄神経と同じ支配エリア(デルマトーム・ミオトーム・スケルトーム)に刺激を行うことで、障害のある脊髄神経の痛みを抑える機序です。
Aβ繊維を興奮させる事で鎮痛を行います。
疼痛局所やその対側に刺激をいれます。
鍼をしたり、皮膚や筋肉に刺激を与えて(撫でたり、揉んだり)あげる事でもこのメカニズムを賦活できます。
しかし、この鎮痛は即効性はありますが、持続性はありません。
(下行性疼痛抑制系の賦活に伴う脊髄後角の抑制)
鎮痛の作用部分の一部は脊髄の後角にあります。
中脳・橋を介する鎮痛系は脊髄でノルアドレナリンを放出させ、
中脳・延髄を介する鎮痛は同じく脊髄でセロトニンを放出させます。
セロトニンが減少すると局所的に筋肉がこわばるという状態を引き起こします。
また、ノルアドレナリンが減少すると、交感神経亢進症である冷えや血流低下などを局所的に引き起こします。
鍼刺激により2つの物質を区別して分泌させる方法はありませんが、ノルアドレナリンもセロトニンも抗重力筋との関係が深い事から、抗重力筋の刺激が有効である可能性があります。
3.脳レベルの鎮痛(全身性の鎮痛)
疼痛局所で生じた痛みは、脊髄、そして最終的には脳に集約されます。
その為、脳で痛みをブロックする事が可能です。
特に、全身に症状が出現している場合で、なおかつ感情や交感神経などが亢進で痛みが増強していたら脳レベルでの鎮痛が効果的になります。
(下降性疼痛抑制系)
身体のあらゆる部位を刺激する事で、脳の視床下部、中脳中心灰白質や延髄大縫線核から内因性オピオイド物質を放出させるメカニズムです。
このメカニズムを賦活させる為には、Aδ線維やC線維の興奮が必要である為、
鍼通電や響きを伴うような刺激を行います。
また、脳の感覚野は四肢が大きなエリアを占めていることから、
手や足の四肢末端に刺激を行います。
さらに、刺激する周波数により誘発される物質が異なり、
2Hzではβエンドルフィン、2~15Hzではエンケファリン、100Hzではダイノルフィンが誘発されます。
四肢に鍼や鍼通電を行い、血中にこれらの物質が放出されて全身に鎮痛効果を生じさせる為に、最低15分以上の刺激が必要とされています。
鎮痛効果には即効性はありませんが、持続性があるメカニズムです。
痛みの種類から考えると、
μ(ミュー)受容体に作用するβエンドルフィンは、全身に受容体が存在することから、あらゆる痛みに対して効果があります。
δ(デルタ)受容体のエンケファリンは、扁桃体など情動と関係する部位に受容体が多く存在することから、情動に伴う痛みに対して効果があります。
κ(カッパ)受容体のダイノルフィンは自律神経系に関与が深い部位に受容体が存在することから、気分の変化やストレス、天候などで悪化する交感神経依存性疼痛のような交感神経性の痛み、さらにかゆみなどに効果的があります。
一方、薬剤としてのオピオイドは消化管抑制や呼吸抑制、抗利尿作用などの副作用があることから、
便秘や呼吸器疾患などの患者さんには不向きであると報告されています。
しかし、鍼治療で分泌される量は少ないと予想されることから、それほど気にしなくても良いと言われています。
(広汎性侵害抑制調節)
これは、痛みで痛みを止める対抗刺激療法のメカニズムで、
痛い所をつねって痛みを和らげる方法と同じです。
この機序を賦活する為には、Aδ線維やC線維の興奮が必要になります。
下降性疼痛抑制と類似していますが、脳の作用部位が異なる事、効果には即効性はありますが持続性が無い為、下降性疼痛抑制とは別の機序と考えられています。
4.鎮痛機構以外の方法
(Ia、Ib抑制を介した筋緊張の緩和)
筋緊張が増加すると、こりや痛みを生じる事が知られています。
一般的に筋緊張により血流が低下すると発痛物質が局所に溜まる為、痛みを誘発します。
その為、筋肉の中でも筋紡錘や腱紡錘の多いモーターポイント(神経が筋肉に入る場所)や筋肉の起始部や停止部付近を刺激すると、筋紡錘を介して拮抗筋を抑制するIa抑制や腱紡錘を介したIb抑制により筋緊張が低下し、痛みが改善します。
これが、筋緊張の強い部位に鍼を行う際のメカニズムです。
(血流改善(局所、または全身))
疼痛局所には発痛物質が存在している事が多いため、それらを洗い流す事が痛みの改善につながります。局所にC 線維が興奮するような鍼灸刺激を行うことで、C 線維を介した軸索反射が生じ、フレアーと呼ばれる局所的な血流改善が起こります。
また、筋緊張の緩和によっても筋肉全体の血流が改善する事や、自律神経を介した治療でも全身の血流を改善する事も知られています。
これが、血流低下部位に鍼を行ったり、四肢に刺激を行う事で全身のバランスを取る全身調整のメカニズムです。
(自律神経の調整)
痛みが長期に及ぶと交感神経が亢進した状態が続き、痛みの悪循環を形成します。
その為、自律神経を調整することが、痛みの軽減につながります。
自律神経に影響の深い筋肉は抗重力筋と呼ばれる筋肉であり、交感神経が亢進しているときはこれらの筋肉は緊張しています。その為、抗重力筋を緩める事で交感神経が抑制され、痛みの軽減につながります。
全身の筋緊張を緩めるような鍼やお灸、リラックスを促す施術が自律神経の調整には効果的になります。
(体性自律神経反射を介した内臓調整)
痛みの慢性化に伴い自律神経のバランスが乱れると、様々な不定愁訴を生じ、それが痛みの悪循環を形成します。
その為、各臓器の機能を改善する事が、痛みの悪循環改善には重要になります。
各臓器にはそれぞれ支配している自律神経が存在している為、その支配エリアに刺激を加える事で、体性内臓反射を引き起こし、症状が改善します。
これが、背中に各臓器の名前のツボがありますが、それらを刺激する事で内臓機能を調整するメカニズムになります。
(角質細胞を介した免疫・内分泌調整)
皮膚にある角質細胞(ケラチノサイト)が刺激されると、NO(一酸化窒素)が放出され、脳の視床下部を刺激してβエンドルフィンを放出させるとともに、脾臓を刺激してNK(ナチュラルキラー細胞)を活性化する事が知られています。
その為、皮膚への触刺激や擦過刺激は、鎮痛を起こすとともに、免疫細胞を活性化させ、免疫力を向上させます。
子どもにやる小児鍼や最近はやる方が少ないと思いますが乾布摩擦が代表的ですね。
(神経伝達物質を介した作用)
痛みが慢性化すると気分が落ち込み、不安や恐怖心が芽生え、それらが鬱などを引き起こす事で強固な痛みの悪循環を形成します。そこで、全身の鍼刺激により、セロトニンやノルアドレナリン、ドーパミンなどの神経伝達物質を増加させます。
セロトニンは、鬱などの気分や鎮痛と、ノルアドレナリンは情動と、ドーパミンは運動と情動と関係がありますので、鍼刺激によりこれらの伝達物質を増やし、痛みに関連した様々な症状を改善していきます。
今現在も世界各国で鍼灸に関してましては様々な科学的な研究がされています。
勿論、未だ解明されていない事が多いからこそ、神秘的な面白さと期待が多い東洋医学ですが、
今後の医療として西洋医学と東洋医学がそれぞれ良い部分を提供していく事が大切だと思います。
今回このように科学的な目線で鍼灸の効果について知って頂き、健康の為に上手に鍼灸治療を受けて頂けたら嬉しく思います。