平和とは、日々の暮らしそのもの | 「豊かである自分達が失った大切なもの」パドマ・サーラ

「豊かである自分達が失った大切なもの」パドマ・サーラ

「世界は愛であふれています」私は日本人はこれから世界の中で大切な独自の役割を担っていくと感じています。シータヒーリングを通じて、自分の心を旅し、自分の魂が本当に望む生き方を発見して下さい。




「平和とは、日々の暮らしそのもの」

しばらく前になりますが、映画「カンタ!ティモール」の2度目の試写会を大阪・中之島で開催しました。






「カンタ!ティモール」は、インドネシアに27年間弾圧されてきた東ティモールが独立するまでを、ティモールの人々の体験で綴ったドキュメンタリー映画です。




この映画の監督は、日本人の若い女性です。
広田奈津子さん。
確か、まだ20代だったと思います。

彼女が最初東ティモールを訪れた時に、ギターを片手に明るい表情で歌を歌う青年アレックスと出会います。

帰国後、その歌の歌詞が気になり、彼女は再びティモールを訪れます。



東ティモールは、長年インドネシアに弾圧され、1/3のティモール人が命を失い、ほとんどの人が目の前で家族や友人を殺された経験を持ちます。

この映画は、インドネシア兵が「悪」で、ティモール人が「善」という二元性の視点で描かれてはいません。

普通、こういう映画やテレビの番組を観ると、登場人物は「被害者」「加害者」に分かれ、視聴者は被害者側の視線で、加害者に憎しみや憤りを抱きます。


ティモールの人達は、インドネシア兵に

「あなた達は上官に動物のように戦わされている。
今頃あなたの上官は、家族とくつろいでいるだろう。
あなたたちも、私達と同じ奴隷なのだ。
そしてあなた達が私達を殺しても、この声は続いていく。」


と語りかけます。

そして、捕虜として捉えたインドネシア兵に、自分達の考えを話し、拷問や傷めつけることなく釈放します。

以前「やられたら倍返しだ!」という言葉が流行りましたが、
ティモールの人達は

「やられても、やり返さない」

この精神で、憎しみ・報復の連鎖を断ち切るのです。

これは、今の世界で最も必要な感覚ではないでしょうか。


でも、自分が家族や友人を目の前で殺されて、「やられても、やり返さない」ができるのか?

そんなことが自分に果てたしてできるのか?
それは、まったくわかりません。

でも、もしこれができれば、世界中で昔から繰り返されている紛争に終止符を打つことができるかも知れません。


ティモールの人達は
「もう兵士に怒っていない。独立したから、もう過去のこと。
でも、悲しみは終わらない・・・」と語ります。

怒りを手放しても、悲しみは続いていく・・・・・

でも、彼らはこの悲しみを、

「人類はひとつの兄弟。父と母は一人だけ、みんな地球の子どもなのだ。」


この意識を持ち、乗り越えて行こうとしています。
地球・自然・人とのつながりを感じながら日々力強く生きています。

内戦後、多くの子ども達が孤児になりました。
でも、ティモールでは、路上生活者を見かけないそうです。

ティモールでは、
子どもは自分の母も、母の姉妹みんなも母と呼ぶ。
そして女性は、子どもたちを自分の子どもとして育てる。

誰かが困れば誰かが助ける。
家も、となり近所と助け合って建てる。
それが伝統。

「ほうきは束になっているから強い。
ばらけると弱くなる。」


「大地・水・自然を敬うことを忘れた時、人は絆を失う。
自然の力を敬えば、人は結ばれていく」


ティモールの人々の言葉が心に残っています。

先進国で暮らす私達は、ばらけたほうきのようだと感じます。
ばらばらで、人は孤独を感じ、生きる意味を失い自らの命を絶ってしまう・・・

豊かな私達が忘れかけている大切なことを、そして豊かな私達の貧しさを、壮絶な体験を持つティモールの人々に改めて気付かせてもらいました。

「平和は演説じゃない。
 政策でもない。

 それは、日々の暮らしそのもの。



平和は、どこか遠くで誰かが実現するものではなく、自分の心の中から始まるもの。
私達の心から生まれた小さな平和がつながり、世界を変える大きな平和につながっていきますように虹





来年3月に、「カンタ!ティモール」の上映会をします!

そして、熱い志を持つ素敵な仲間達と、上映会の後参加者みんなで思いをシェアできるイベントを企画中です。




みなさま、是非お越しください。