人が海にはいると、海水の波動に共振し、健康になる。
今回の合宿は沖縄の海で泳げちゃうのよね〜。
心地よい温度の海水にはいり、子供のようにはしゃぐなんて最高のセラピーだ。
4:00〜12:00「排出」フルーツや生野菜のみ。
12:00〜20:00「摂取」炭水化物、タンパク質などオッケー。
20:00〜4:00「吸収」食事はとらない。
中国の故事「塞翁が馬」は「災い転じて福となる」という意味だが、それぞれの人生に起こった試練による恩恵を5〜7分で語ってもらう。
「生きててもしょうがない」
ゆっきーは自宅の部屋に携帯コードをかけ、首を吊ろうとした。
父は暴力を振るい、母は心を患い、自分も壊れかけていた。
先祖のお墓で死のうと本部町までいくと、通報を受けた警察官に取り押さえられ、精神病院にいれられる。
そこで自分の人生をゆっくり振り返る時間が持てた。
私は生きていていいの?
今まで出会ってきた人々の顔が浮かび、たくさんの愛情を受けてきたことに気づいていく。
AKIRAライブを主催し、素敵な人たちと出会い、どんどん人生が好転していく。コンちゃんを応援する会を作り、友達の輪が広がり、愛する人と結婚までしてしまった。
ゆっきーのくぐった試練が深い思いやりと行動力を与えてくれた。
「今、いろんなことにチャレンジしながら生きてます。
苦しいこともありますが、見守ってくれてる人がいるので、生きてていいんです。私の命はとても大事にされてます」
1.Happy Birthday(ゆっきーリクエスト )
両親が教師でいつも忙しく、寂しかった。
父は幻覚に悩まされ、母は急に人格が変わるような人でいつも怯えてました。
18歳で結婚し、夫が子供を蹴るので、街をさまよい歩いてました。
26歳で医療ミスにより、生死をさまよう病気になる。
両腕と足を切断と言われたんですが、夫が医師に土下座して切らないでくれとたのみました。
腐った筋肉を切除した線路みたいな傷が今も残っています。
激しい痛みに悶え苦しんでいました。
子供のために早く退院し、子供を重りがわりにしてリハビリしたり、1歳の子の転び方を観察して転ぶ練習をしました。
振り返ると、その頃の時間は宝物だと気づきました。
もし元気だったら仕事に没頭して子供といっしょににいなかったかもしれません。
障害を抱え、何度も死にたいと思いましたが、AKIRAライブに通い、どんどん友達ができていきました。
それぞれが試練を超えてきた姿を見て、自分の人生も誇れるようになりました。
2.Born to love(ボーカル:かおりん)
私は神主の家に生まれ、いつもなんで生きてるのだろう?と考えていました。
小4のときから自分のすべてが嫌いでした。
高校2年で長い遺書を書き雪山で凍死しようとしたとき、母の顔が思い浮かび、死ぬのをやめました。
私が浪人中に、兄が会社の研修で行った海の事故で一生歩けない身になります。
神なんかいないネガティブに拍車がかかったとき、親友に励まされと格言ノートを作り始めます。
もう5冊目になったころ、AKIRA歌に出会い衝撃を受けます。
私が本やネットから集めていた真理の言葉が全部AKIRA歌に詰め込まれてたからです。
現在はありのままの私を受け入れてくれる夫や親友に出会い、先生という職業にもつけました。
私が試練から学んだことを伝え、希望を与える人になります。
3.勇者の石(ボーカル 手話:のりぃ)
もしかしてガンかな?
婦人科で働いていたのですぐ検診しましたが、ホルモン異常でガンではないと言われました。
認知症の父がいよいよのとき、「お葬式と法事が重なったらあかんから頑張って」と言って10日間父といっしょに過ごしました。いい時間を過ごした。
父を看取った病院で再度診察してもらうと、私のガンが判明。
父の49日の翌日に手術を受けます。
主人も娘も看護師なので、私の大きな傷口を見て言いました。
「こんな傷だったら先生見やすかったな」と。(笑)
看取った人たちや、障害の従兄弟など、今まで出会ってきてくれた一人一人を思い浮かべるとあったかい気持ちになり、感謝の涙を流しました。
今まで自分の命に対して、いつ死んでもいいという傲慢さがありました。
義務、犠牲、我慢の3Gを愛ある生き方に変えたら、健康になり、AKIRAライブを通してすばらしい仲間と出会えました。
ガンちゃんが教えてくれたのは、生きることを楽しむことでした。
ガンちゃん、ありがとう!
4.ハレルヤ(慶子リクエスト)
私は弱視で10センチ先のものが見えません。
さらに2011年車の事故で脳脊髄液減少症になりました。
自律神経症状やめまい、顔が痺れる、体の痛み、右半身動かしにくい、朝が起きにくい、低体温など、パーキンソン病のような症状です。
保険が利かず実費でしたが、父がお金を出してくれました。
揉め事が増えると思ってたから、母親とコミュニケーションもとれるようになったのです。
人の体も癒したいと思っていたら、骨盤を矯正する独自の方法もできるようになりました。
病気がきっかけで心がオープンになり、AKIRAライブでさまざま人に出会い、自分に自信が持てるようになりました。
いろんなことにチャレンジしていこうと思います。
5.絆(ボーカル:テラ)
子供の頃は、話すのが苦手で友達がいませんでした。
母に愛してもらおうと何かをしても嫌われるばっかりでした。
口が聞けないのも、いじめられるのも私が悪い、私は生まれながらに狂ってて、まちがってると思って育ちました。
大人になってからストリップダンサーの仕事に出会い、はじめて自己表現に向き合います。
本当の自分を知りたい欲求が強くなり、ヒーリングの世界へはいります。
先生からアドバイスされます。
「あなたはいつも戦ってるから、もうやめたら。どんなに戦っても、慈悲や慈愛で絶対負けるから」
そのとおり、負けました。
自分を許していくと、自分に嫌なことする人さえ愛おしくなり、自分の過去さえ愛することができるようになってきました。
AKIRAライブやこの合宿でさまざまな人の生き方を知り、自分がどんどん好きになりました。
6、Egg(AKIRAセレクト)
お母さん、なんでこんなとこ、歩いてんの?
ふーーー、しゅっしゅっしゅっしゅ!
汽車が近づいてくるのに母は幼い私の手をぎゅっと握って逃げられません。
ごおおおおおおおお!
母は私を抱いて横に飛びのきました。
母は生まれたばかりの妹と私がいて、暴力をふるう父は浮気をしていました。
妹は保育園に預けられ、私は家で留守番し、父は私たちにタバコの火を押し付けたり、椅子で殴っりの暴力をふるいます。
父は癌で五年前に亡くなり、母を恨み続けた妹もいま末期癌です。
私の声は妹には届きません。しかし人を恨み憎みながら一生を終える名もない人たちも、私は勇者だと思います。
なんで生まれたの!と、とぐろ巻くような思いで、ずっと生きてる妹も、すごい勇者だと思う。きっと、妹が死んだあと父が迎えに来て、きっとわかると思う、
すまんのう、すまんのうって言って死んだ父も勇者です。
暴力的な父でしたが、不器用でも私たちを愛してくれたことを私は知っています。
たとえ私の声が届かなくても伝えつづけて生きたいと思います。
あなたの人生は完璧だったと。
7.Life is perfect (ボーカルなおみ)
私は三人兄弟の長女で生まれました。
自分がすべてみたいな父と、我慢の母。
私も結婚したら女は損、我慢しなきゃと思い込んで育ちました。
短大をでて保育士になり、環境に左右されるこどもに不憫さを感じ、自分は子供はいらないと、ディスコ行ったり、テニス、スキーにと遊びまわります。
30歳前にリストラに会い、保育士に戻り、30歳前に8歳年上の夫と結婚し
た。
生まれたのがダウン症のゆうなです。
ショックでしたが保育士してたし、夫も僕のせいかもしれないとか勝手に思って協力的に支えてくれました。
ゆうなが小学六年生の時、夫は心筋梗塞で亡くなりました。
夫は貯金も残してくれたし、車も買い換えててくれてたり、準備してくれていたのかと思います。
亡くなった後も私たちを見守り、導いてくれるのを感じます。
8、えん(ボーカル みちほ)
私は結婚してから人生の歯車が狂いはじめました。
子どもに虐待を繰り返します。自殺の強要、外に置き去り、トイレに閉じ込め、玄関で寝させる、塾や習い事で、遊ばせないなどひどいことを繰り返しました。
子供は立派な不良に育っていき、形勢が逆転し私が奴隷のようにこき使われます。
追い詰められ、猫を連れて宮古島に逃げました。
半年後には猫と遊べるゲストハウスをオープンし、お客さんの悩み相談に乗ったり、人気の宿になりました。
心臓病手術にため、ペースメーカーいれた、埼玉へ引っ越し、猫カフェをオープンします。
斎藤一人さん、さとみねえやん、 AKIRAさんに出会い、AKIRA ライブで号泣します。
私の人生をAKIRAさんが脚本に書いてくださり、今年10/21に、私のセルフストーリーオペラを埼玉でします。
不幸は魂を成長させてくれる贈り物だということを伝えていきたいと思います。
9、Being you(ボーカル:にゃこねぇ)
私の父は20年前64歳で亡くなりました。私が36歳の時、息子の小学校入学式の日がお通夜でした。
父はそれまでも軽い脳梗塞を何度かしていたし 十二指腸潰瘍で穴が開き入院したりしていました。
父は若い頃からギャンブル好きで、あちこちに借金を繰り返していました。
亡くなって数ヶ月経ってからも家族の知らないところから借金の催促がきたりしました。
それから6年後 主人の母が亡くなりました。
義母も朝起きたら息をしていないという状況でした。
主人の実家は田舎の昔ながらの家で 男尊女卑がまかり通る家でした。
食事は男が終わってから 義母はいつも冷ご飯にお茶をかけて食べているという時代です。
義母は認知症になり、しばらくして亡くなったのです
葬儀の後義母の兄弟からは「なんで退院させたんだ。病院にいたらまだ生きていられたのに。おまえらが殺したんだぞ」と言われましたが、義母は家で最期を迎えることが出来て良かったと思います。
その後義父が病院で亡くなりました。
義父は膀胱がんを患っていましたが、高齢のため手術はせず、高額な注射を打つ治療だけでした。
義父は食事をとるのをやめ、「もう終っていきたい。家に帰りたい」としきりに言っていました。
それから数年後、私は看取り士の柴田久実子先生を知り、家で看取ることの大切さを知りました。
3人の最期を見送った後私自身も乳がんになって、人生の終末を考えるようになりました。
自分の最期は自分で決めようと思います
義父母の介護を十分に出来なかったと後悔しますが、今は高齢者の施設で働き、ボランティアで他施設に訪問して、AKIRA歌の「ばあちゃんの手」や「千年桜」、「勇者の石」などを歌わせてもらってます。
出来なかったことを後悔するより、今できることをしていけばいいと思っています。
10、愛することをやめないで(ボーカル まりさん)
(ドンドン足をふみならす)
お母ちゃんごめんな、助けてあげれへん。しくじってしまった。
心臓が悪くて、命と引き換えに、子供を産みたかった母。
おばあちゃんも、産み!育ててあげるからと言って、
私は、母を選らんで生まれてきました。
楽しい子供時代でした。
両親の離婚の危機や借金などいろいろあったけど、母は「女も自分の経済力で好きなもの買えるのよ」と言います。
私は教師になり、校内暴力で家庭裁判所にも行きました。
母が30歳のときに祖母がなくなり、私が30歳のとき母もお風呂で亡くなりました。
沖縄の海で出会った人と結婚し、大阪から愛知に行き、ダンスダイナミクスに出会います。
私の師匠ヴォルフガング・シュタンゲさんから障害を持つ子供達とコミュニケーションをとりながら踊ることを教わり、私も演出するようになりました。
今日、海に入って、水が一番自分に近い大切なものと確認しました。
母がなくなったのも水の中。私が生まれたのも水のなか。
自分の心音を感じれた幸せをダンスでも伝えていきたいと思います。
11、精霊の島(ボーカル、ダンス:カヲル。ダンス:なおみ、ゆうな)
この合宿に来たのは、自分をさらけ出したいからです。
私が生まれる前に両親が離婚して、父を知りません。
小学6年で母が死に、5人兄弟で支え合って生きてきました。
20歳でバイトにいけなくなり、姉の家族の家にお世話になりながら、通院するようになりました。
2016年、越智先生のクリニックに予約して初めてヒーリングをしてもらい、とても解放されました。
そのあとに生活訓練のスタッフからAKIRA ライブをするときいたので、精神科の予約を蹴ってライブに参加しました。
これまでAKIRAさんのライブは、沖縄本島と石垣島の4回参加しました。
集団行動や密集地帯が苦手な私もAKIRAさんのライブは、自己成長するので楽しみです。
昔は被害者意識がありましたが、少しずつ導かれるように、まわりの目に見えないサポートもらって、明るいほうに進んでいくようになってきました。
みんなの愛がすごすぎて、自分の小ささに気づいて、自分と向き合って来たつもりだったけど、まだまだですね。
この合宿を振り返って、きっと感動して家で泣くと思う。
みんなが夢を引き出してくれるから、みんなが光になって羽ばたいていくように感じました。
12、Hallo my mom!(ボーカル:なり)
ゆうなは人生の応援歌「エール 」をみごとに歌いあげた。
ゆうなのひたむきさと大きな愛情に会場は包まれ、大きな拍手が降り注ぐ。
オレはこの塞翁が馬で何度も何度も泣かされたよ。
トラウマが自己表現の武器に変わっていく瞬間を目撃し、自分の過去をさらけ出す強さと、人が成長していく美しさに感動した。
人間てすばらしいんだよ。
あなたはすばらしい存在なんだよ。
どんな人生も最高のライフレッスンなんだよ。
どんな出来事も、いまの自分にさせてくれることになってるんだよね。
あなたの人生は完璧なんだ。
昼食は恩納村の道の駅でランチをする。
それにしても「おんなの駅」ってネーミングすごすぎる〜。
巨大なフルーツパフェをみんなで食べ、いろんなメニューをシェアした。
「私は龍も天使も見えてるから信じれるけどー、みなさんは見えないのに信じれてさらにすごい!」(爆笑)
最後にメディスンサークル(聖なる輪)をつくってシェアリング
した。
1人づつインディアンの衣装で合宿の感想を話す。
まさに至福の時間だったね。
啓ちゃんがつくった癒しの理想郷で、月食の時間にも守られた。
それぞれの人生をすごしてきた仲間たちが集まり、自分をさらけ出し、命の絆でつながり、生きている感謝を分かち合った。
このすばらしい場所と時間を用意してくれた越智啓子さん、ゆきこちゃんはじめスタッフのみなさん、合宿を主催したみかん、13人の勇気ある参加者、
海よ、大地よ、空よ、太陽よ、月よ、そしてこの命よ、
にふぇーでーびる(ありがとう)
(残り17作品)
(残り13作品)
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