New 天の邪鬼日記

小説家、画家、ミュージシャンとして活躍するAKIRAの言葉が、君の人生を変える。


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New 天の邪鬼日記-AKIRA_下野新聞10.1.11「COTTON100%」のインタビュー記事。下野新聞2010.1/11

4世紀(321年)以来、エチオピアは東アフリカで唯一のキリスト教国家である。
キリスト教の原型とされる「エチオピア正教」だ。
ノアの孫エチオピックの子孫であり、旧約聖書によれば預言者モーゼの妻はエチオピア人で、十戒を収め失われたアークもエチオピアのアクスムにあるといわれている。
それほど信仰心の篤い国ならば、まずは洗礼から受けなければならない。
夜中近くにウガンダからエチオピアの首都アディスアベバ(新しい花という意味)の空港に着いたオレは、タクシーではなく庶民たちの乗り合いミニバスで市内へむかった。
さまざまな場所で止まるたび、人は降り、乗りこんでくる。窓側に座っていたオレにストリートチルドレンのようなガキが走り寄ってきた。
「アイ、ヘイチュー!」(おまえを憎む!)
小さな唾のしぶきが蛇毒のごとく窓にはりついた。
猛烈な開発の進む東アフリカで工事を請け負っているのがほとんど中国系企業だ。たくさんの中国人がアフリカにきていて、その軋轢はある。道を歩いていても「チャイニーズ」と声をかけられ、ジャパニーズと呼ばれることはない。
いきなり通りすがりのガキに憎まれる筋合いはないのだが、憎悪の言葉はトゲのように心に突き刺さる。
第一の洗礼は、唾とともに浴びせられた「おまえを憎む!」という言葉だった。

安宿が集まるピアッサ地区は新宿の歌舞伎町みたいな繁華街だ。
カフェやバーをかねたゲストハウスというか娼婦宿というか、安ホテルは「ブンナペット」と呼ばれる。停電が久しぶりに回復し、明日から断食というので、どの店も大音響で音楽を流し、酔客でにぎわっている。
これだけ人がいればならかえって安全だろうと、夜中にバックパックを背負って宿探しをはじめた。
見るからにマリファナでラリっているチンピラがふたり声をかけてきた。
達者な英語で「エチオピアにようこそ、自由の国へよこそ」とあいさつされる。
「おれはたくさんの日本人の友達がいる」その中に「スズキ」という名前があがった。
「カメラマンでキックボクサーのスズキか?」
オレが聞くと、「もちろんそうだ、そうだ」と答える。
出発直前にダイ(鈴木洋見)から「おれの名前をつかって近づいてくるやつらには気をつけてください」と言われていた。
オレは何度も「ガイドはいらない」と断ったが、オレの行く先々についてくる。夜中過ぎだったせいもあり、目指していた安宿「タイトゥ」や「バロ」などどこも満室だった。しかたなくやつらが案内してくれた「セントジョージ」という宿にいく。これも薄汚い娼婦宿だ。こんなところなのに152ブル(1500円くらい)もとられた。
とにかく夜中に宿が見つかったので、お礼に100円くらいずつはやろうかと思っていたが、ふたりで150ブルを要求してきた。
ふざけるなとばかり、オレは英語で文句をまくしたてた。
「おれたちはこれが仕事なんだよ」
ひとりがポケットから小さなナイフをちょろっとのぞかせる。4畳半ほどの閉ざされた部屋にはオレたち3人しかいない。しかもやつらはドアのところに立っている。
騒ぐことも争うこともできたが、オレは黙って金を渡した。
第二の洗礼は「自由の国へよこそ」という脅迫だった。

翌朝宿のおばちゃんに聞くと、宿代は52ブルで、チンピラは上乗せして預かった100ブルをおばちゃんからひったくって逃げたという。
ジャマイカで警察に脅されてとられた20ドルと同じ約2000円をチンピラに巻き上げられたことになる。
昨晩はくやしくて眠れなかった。
30年以上も旅していてもなお、こんなチンピラの言うなりになった。このあともやつらは同じ被害者をつくっていくだろう。
ちなみにやつらのひとりは、間抜けにも電話番号まで書いてよこしたので、このあとエチオピアに来る旅行者のためにも書き写しておこう。

レマ・ケベデ 電話011-43-2652(20歳くらいのイケメンで物腰は柔らかい)

朝早く呪われた宿を出て、マルカート(市場)付近にいいホテルを見つけた。
「ASFA WOSSEN HOTEL」(シングル120ブル=約1000円)という商人宿である。
「地球の歩き方」にはマルカート付近はスリや泥棒が多い危険地帯だと書いてあるが、このホテルはセキュリティーもしっかりしているし、スタッフのみんながチョー親切だ。なによりすべての移動の中心となるバスターミナル「アウトブス・テラ」も歩いて5分という便利さだ。

去年ジャマイカを旅し、ラスタファリズムのコミューンなどをまわったが、原点はエチオピアである。彼らは黒人最初の皇帝、エチオピアのハイレ・セラシエ(旧名ラス・タファリ・マコーネン)をキリストの再来と崇める。
実際ハイレ・セラシエ皇帝は、エチオピアの近代化をはかり、侵略してきたイタリア軍を破り、ECA(国連アフリカ経済委員会)やEA(アフリカ連合)の本部をアディスアベバにおき、ライオンの石像を建てた。
まずは墓参りだ。
トリニティー・チャーチへはいり、聖職者にたのんで奥へ入れてもらう。ハイレ・セラシエ皇帝の棺は妻マナンの棺とともに美しいステンドグラスに守られていた。
祈りを捧げ、許可を得て写真を撮り、教会を出た。
エチオピアは人類発祥の地といわれる。
350万年前の二足歩行した原人「ルーシー」(=ディンキンシュ=「あなたは美しい」の意)、440万年前の人骨「ラミダス」(=根、ルーツ、祖先の意)もエチオピアで発見された。
国立博物館でその骨のレプリカが展示されている。
ラスタファリズムのルーツと人類のルーツを見学したあとミニバス乗り場へ歩いているときだった。
オレのまえを歩いていた男が本を落とした。
「あなたの本が落ちましたよ」とオレが声をかけた瞬間、うしろから来た男が軽くオレにぶつかった。前の男が振り向き、「サンキュー」と本を拾って歩き去った。
その数分後、街角の風景を撮ろうとしたらデジカメがない。
あのときだ。
燃えの男が本を落としてオレの気を引き、うしろからぶつかった男がウエストポーチからカメラを抜きとっていったのだ。
これが第三の洗礼だった。

エチオピアの第一印象は最悪だ。
なにが世界でもっとも信仰深い国だ。キリスト教が説く愛は「おまえを憎む!」という憎悪そのものなのか!?
「自由の国へようこそ」は、他者をだます「自由」なのか!?
おまえたちの祈りはカメラだけではなくオレの大切な思い出までも盗むことなのか!?
空港に着いてからまだ半日しかたってないに、いきなり三つもの洗礼を受けたオレはエチオピアを憎み、恐れ、呪った。
「それでもおまえはこの国とむきあう覚悟があるか?」
こんな声が聞こえた気がした。
進むか、引くかだ。
試されてるな。
エチオピアの深部へ、
自分自身の内側へと、
潜入していく、
オレの旅がはじまった。

※ライブ情報
New 天の邪鬼日記-星の家コンサート2010.3.13ポスター

3月13日(土) 17時開演。 「第13回青少年の自立を支える会コンサート」 

宇都宮市文化会館大ホール(収容2000名)  チケット1000円(全席自由) 3歳以下無料、託児コーナーあり
第一部:AKIRA (ボーカル&ギター)with 渡辺真理(ピアノ)
第二部:倉沢大樹(エレクトーン)、浅香薫子(ソプラノ)、島田絵里(フルート) 


出演者の方々の善意により、「無料出演」で開催されるチャリティーコンサートです。
この収益は全て、自立援助ホーム「星の家」の運営や、親や家庭からの支えを失った青少年の社会的自立を支援するために使われます。
お問い合わせ: 自立援助ホーム「星の家」 電話(028)666-6023 FAX (028)666-6024
住所:〒320-0037 宇都宮市清住1-3-48
HP: http://www2.ucatv.ne.jp/~sasaeru.snow/
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「もう東アフリカに海はねえな」とあきらめていたが、海のように巨大なビクトリア湖があったじゃん!
というわけで、うがんだ見方をすればウガンダに浮かんだセセ島を目指すことにした。
ルワンダの首都キガリからバスでウガンダの国境を越え、9時間でマサカに着いた。いや、だから、そのマサカだ。水も電気もないロッジに泊まる。だいたいアフリカはしょっちゅう停電するし、田舎にはネットはおろか電気のきてないところも多い。まあそれも慣れるのよねえ。
翌朝ボダボダ(バイクタクシー)でニエンド市場(「煮豌豆」と書きたい)へいき、朝飯を食う。
マサカの市場で、バナナの煮込みと野菜とごはんで25円。卵焼きをチャパティーで巻いた「エッグロール」が25円。
New 天の邪鬼日記-100214chapathi

タンザニアの乗り合いタクシー「ダラダラ」についで、「ボダボダ」もいいネーミングだねえ。意味を聞いたら「ボーダーまで走っていたから、ボーダーボーダーでボダボダ」だという。ヘルメットはかぶらないし、バイクで上海雑技団まがいの4人乗りまでやっちゃうし、たしかに命の国境まで走っているなあ。
乗り合いタクシー(残念ながらウガンダではただの「タクシー」という)でフェリー乗り場へむかったのだが、ふつうの乗用車にどんどん人がつめこまれてくる。おいっ、ギネスに挑戦する気か! 左右はあばらが折れそうなほど押してくるし、もうひざの上にもおっちゃんの角ばった尻がのっている。なんと5人乗りの車に12人がつめこまれてしまった!

New 天の邪鬼日記-100214taxi写真じゃこのすさまじさがよくわからない。

ブタカタ(「豚型」と書きたい)に着くとフェリーはちょうど今出てしまったところだった。「湖上のマタツ」と呼ばれる舟でブカラ島(「部下ら」と書きたい)にわたり、島の中心地カランガラ(「火乱柄」と書きたい)へいく。
ボートで知り合ったマーチン(「麻陳」と書きたい)がラジオ局をやっているので、急きょ出演することになった。
New 天の邪鬼日記-100214radio

「はーい、みなさん、今日は地球の反対側にある日本という国から素敵なミュージシャンをお呼びしました! ハバリ?(How are you?)」麻陳が聴く。
「サワサワ(Fine)、セセ島のみなさん、はじめまして、AKIRAでーす。日本といってもどこのことやらわからないでしょうね?」明(ミンと読みたい)が答える。
「セセ島の人だって知ってますよ。ホンダとトヨタとソニーの国でしょ。ゴクウもポケモンもニンジャもいます」
「そうそう忍者の専門学校へ行きたいというアメリカ人がいたんだけど、うちの近くの忍者村に連れて行きました(日光江戸村)」
「それでは3月にリリースされるアルバムを日本で日本より早くウガンダでお届けします。曲は?」
「The Answer」
セセ島だけのローカル局なので1時間くらい適当にインタビューされた。ウガンダやアフリカの印象を話し、ルワンダの虐殺の話題から「愛することをやめないで」をかけてもらう。

たとえ人が殺し合い
街が炎に包まれて
憎しみに支配されても
渡せぬ武器がある
どうか愛することをやめないで
好きになるのをやめないで
あなたの生きる証そのものだから(「愛することをやめないで」)

番組を終えてカランガラの町で買い物したり、ロッジにいくと、「ラジオ聴いたわよー」と声をかけられる。ほかに東洋人はおろか、白人もあまり見かけないので、この小さな島ではどこへいっても人気者だった。
New 天の邪鬼日記-100214amazones「きゃー忍者シンガーAKIRAよ!」

5日間滞在したルポトカにある(「ほらほらよくルポとかにあるうー」と読みたい)「パール・ガーデンズ・ビーチ」(「真珠庭海岸」と訳したい)はまさにエデンの園(ジェームス・ディーンがコンビニ店員ヒガシくんの役で出演した映画「おでんの東」より)だった。
ビクトリア湖に面した巨大な芝生の敷地にオレンジ色の円形コテージ(1泊2000円)が散らばっている。一個一個がかなりはなれているので、オレのボリュームでシャウトしても近所迷惑にならない。またウガンダにも理想的な「AKIRAスタジオ」が見つかった。
New 天の邪鬼日記-100214cotage

電気が使えるのは夜7時から10時までの3時間だけなのはちと不便だが、そのかわり星空の美しさは半端じゃない! 夜はハンモックに寝そべり、心ゆくまで星をながめる。
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1日休養すると熱も下がり、毎日歌(「The Soul in Cage」)をつくり、ビクトリア湖で泳いだ。
淡水で泳ぐのはオーストラリアの滝以来なのではじめ違和感(う、浮かない! 水がしょっぱくない!)があったが、巨大なプールだと思えばいい。世界一の湖をプールにして泳ぐなんてとんでもないぜいたくだ。
ふつう東アフリカの川や湖には「ビラールジアシス」その名も「住血吸虫症」という恐ろしい病気がある。この寄生虫は肌から進入し、発熱、血便、肝硬変にいたるのだが、ここにはいないという看板を信じて泳いだ。

エデンの園は美しい虹でオレの旅立ちを祝福してくれた。
New 天の邪鬼日記-100214niji

写真のフェリーで3時間、エンデベから乗り合いミニバスで30分、首都カンパラに着いた。
なんだかナイロビの混沌に比べると、洗練されていて品のある都会だ。
New 天の邪鬼日記-100214kanpala

独裁者アミン時代のウガンダは、恐怖政治に支配され、夜7時以降で歩いただけで射殺された。しかし今では東アフリカでもっとも安全な国として旅行者の人気を集めている。人がオープンでやさしいし、英語も通じるし、宿も安いし、食べ物も美味しいし、女性の一人旅も楽勝だ。
東アフリカの東大「マケレレ大学」(「今度の試合は絶対に負けれれないわ!」と書きたい)の学生たちはじつに知的だった。
New 天の邪鬼日記-100214kinen

ナイロビやコンゴやブルンジのようにびくびくしないで歩ける都会っていいねー。
日本では当たり前のこともアフリカではつくづく幸せに感じてしまう。
夜の路地を強盗団やゲリラに襲われないで歩けるってすごい奇跡なんだぜ。
アフリカ人はもともと平和的でやさしくて人情に厚い人たちなんだ。だから環境が整えば、今のウガンダやルワンダのように平和になっていくと思うな。
$New 天の邪鬼日記-100214usagi空にウガンダ兎雲

人間にとって最大の敵は「麻痺」である。
感覚や感情が麻痺すると、感動や好奇心や向上心や子供のような「センス・オブ・ワンダー」(驚く心)を失う。崇高なはずの人間も「食べ物の通り道」に落ちぶれ、輝かしい人生も「死への退屈なカウントダウン」に凋落する。
どんな一瞬も宝石のように貴重であり、限られた人生で取り返しのつかないギフトだし、家族や恋人や友達も何千年も連れ添ってくれたソウルメイトなのにね。
ほらほら、きみは「麻痺」していないかい?
ガンよりも恐ろしい「麻痺」を治療する特効薬が旅である。
旅をすると、近視的になっていた「視点」を引き剥がすことができる。当たり前だった日常や仲間たちや自分自身を客観的にながめることができるんだ。
そうするとほら、安全して歩ける舗装されたストリート、やすらかに眠れる家、蚊やノミやダニのいないベッド、便利な家電製品、停電しない町、頭に壷をのせ川に汲みにいかなくても飲める水、餓死しないで生きられる食事、打ち込める仕事、シミひとつない服、旅ができるほどの収入、通じる母国語、心から笑い会える仲間、生きている家族……
アフリカの視点で見れば、きみの生活は王様だ。一生努力しても届かない宝石だ。奇跡以外の何者でもない!
「~が足りない」、「もし~だったら」と愚痴ってるきみ、
旅に出なさい。
できるだけ遠くへ、できるだけ日本の常識が通じないところへ。
「きみの日常」という、豪華絢爛な宮殿を見直すために、
「きみの人生」という、世界一幸福な贈り物に麻痺しないために、
「きみ自身」という、世界で類を見ない宝石に気づくために、
旅に出なさい。
New 天の邪鬼日記-100214usiro

そうそう、カンパラで一押しのレストランは「ニューシティーアネックス」(「新町別館」と訳したい)である。
ロンプラ(バックパッカーの旅行ガイドブック。「孤独惑星」と訳したい)にでていたので上のホテル(同名)に泊まった(シングル1000円)のだが、このレストランで食べた子牛のワイン煮(400円)は驚くくらい本格的な味だった。
New 天の邪鬼日記-100214beef

ホテル「ニューシティーアネックス」はナショナル・シアター(国立劇場)のとなりにあるので、ひさびさに演劇を見にいった。「ブラック・マンバ」というアフリカ文学をベースにしたドラマだった。英語だったし、やっぱ自然もいいけど、人間が作り出す芸術もいいなあ。
New 天の邪鬼日記-100214dorama

いよいよ明日から、オレの旅の最終目的地エチオピアにはいる。
友人の写真家ダイがあれほどまで惚れこんだエチオピアを自分の体で感じてみたい。
……ああまた南京虫との戦いがはじまるのか。
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オレは今、「ホテル・ルワンダ」の部屋でこの文章を書いている。
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映画「ホテル・ルワンダ」の正式名は「Hotel des Mille Collines(ミル・コリンズ)」といいう。ルワンダの首都キガリを一望し、
New 天の邪鬼日記-100205rwanda

真下にはスイミングプールが青い水をたたえている。
New 天の邪鬼日記-100205milcolipool

1万5千円もするので一泊しかできないが、どうしてもここに泊まりたかったのだ。
なぜならここは、「愛の砦」だったから。
ははは、「愛の砦」と聞いて、ロマンチックなストーリーを想像する人もいるだろうが、まさにそれは人類史を変えてしまうほど壮絶な愛の物語だった。

ちょっと地図帳を引っ張り出してルワンダという国を見てほしい。
ケニアやタンザニア、コンゴ(もとザイール)やウガンダという大国にはさまれた山あいの小さな国だ。
今からわずか16年ほどまえの1994年、「世界でもっとも残酷な100日間」と呼ばれる虐 殺がルワンダで起こった。
戦争ではなく、多数派フツ族による少数派ツチ族の一方的な殺 戮である。
New 天の邪鬼日記-100205dzugai

1993年、ルワンダ(フツ族)とブルンジの大統領を乗せた飛行機が対空ミサイル攻撃を受けて墜落し、両者とも死亡した。
軍の指揮官ボゴソラ大佐は、「地上からツチ族を抹 殺せよ」と宣言し、ルワンダの近代化を目指す首相を殺し、国連平和軍のベルギー兵士を10人殺した。
民間ラジオのディレクターであるナヒマナは「ツチ族は人間ではなくゴキブリだから、より多くを殺したきみが英雄になる」と民衆をあおった。殺人軍隊は村を略 奪し、焼き払った。
この虐殺でもっともショッキングな点は、昨日まで隣近所で暮らしていたツチ族に、フツ族の男だけでなく、女や子供や老人までが襲いかかったことだ。
もちろん彼らに銃はなく、草刈用の山刀や斧、くわやすきなどで殺していった。婦女子の70%が強 姦され、今もエイズでその苦しみはつづいている。子供や赤ちゃんさえも容赦なく餌食となった。
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町や村の道には切り刻まれた死体があふれ、とてつもない腐臭が町をおおったという。(今でも片足や片腕の人をよく見かける)
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この騒動でミル・コリンズのヨーロッパ人マネージャーは逃げ出し、当時「Hotel des Diplomates」でマネージャーをしていたポール・ルセサバジーナ(Poul Rusesabagina)にまかされる。彼が「ホテル・ルワンダ」の主人公であり、フツ族であるにもかかわらずツチ族の妻や家族、たくさんの民衆を命がけで守ったヒーローである。
実際民衆全員が殺人鬼と化したルワンダを誰も救うことはできず、国連平和維持軍も引き上げ、世界中が見てみないふりをした。ポールは孤立無援の戦いを強いられたのだ。
国民の10人に1人、100万人以上が殺されたというのはとてつもない数字だろう。
New 天の邪鬼日記-100205dkawa

ミル・コリンズからバイクタクシーで5分くらいのところにある「メモリアル・センター」には虐殺の記録が克明に展示されている。
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被害者の写真が無数に飾られるホール、町中に積み重なる死体の写真、親や兄弟を殺された被害者たちのインタビュービデオ、そして被害者たちの服と頭蓋骨など、目を覆いたくなるようなものばかりだ。
New 天の邪鬼日記-100205dzugaicros

しかしオレたちは同じ人間と言う種として見つめなければならない。
これは遠い国で起こった他人事ではなく、明日のオレたちの姿になるかもしれないから。
2階の展示室には、ドイツのナチス、カンボジアのポルポト、ボスニア・ヘルツェゴビナなど、世界中で起こった大量 虐殺の記録があった。
日本も被害者として広島、長崎の原爆、加害者として中国や朝鮮半島の侵略を経験してきた。
ルワンダの山刀をもった人々が襲いかかってくる風景は、中国で日本軍が軍人の度胸試しのために民衆たちを無差別に切り殺した「千人 切り」を思い起こさせる。
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キガリの近代化が進む町並みを歩いても想像できない。当時5歳以上の人は記憶があるだろう。今オレの目の前を歩いてい20歳以上から年配の人まで あの悪夢を経験しているのだ。
New 天の邪鬼日記-100205dkizu

オレは失礼を承知で当時の話を聞いてみた。もちろんみんな口は重いが、初老のタクシードライバーが言った。
「この道も死体がいっぱいで歩けなかったよ」
「あなたはフツ族ですか」
「今はフツもツチもないよ。みんながルワンダ人としてひとつになろうとしている」
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虐殺のきっかけとなったブルンジへ入国した。首都はタンガニカ湖畔にあるブジュンブラだ。
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もちろんロンリープラネット(ガイドブック)や日本大使館など渡航中止勧告がでている危険地域である。
New 天の邪鬼日記-100205brutoumoro

虐殺によって世界中の注目と支援を集め、いち早く再生したルワンダとちがって、ブルンジはまだ不安定だ。
New 天の邪鬼日記-100205brumati

建築ラッシュのブジュンブラは、国連の車が走り回り、町中に銃をさげた兵士たちが立っている。
New 天の邪鬼日記-100205un

この国もフツ族とツチ族の血塗られた歴史でできている。
植民地時代、ヨーロッパ人はアフリカ大陸に部族や民族を無視して国境を引いた。ヨーロッパ人だけの利害のために国を作ったのだ。彼らを統治する道具として民族を対立させる。それが未だに尾を引いているのだ。
New 天の邪鬼日記-100205brukutumigaki

ブルンジよりもさらに危ないといわれる、コンゴ(DRC=デモクラティック・リパプリック・コンゴ。もとザイール)にも入国した。
New 天の邪鬼日記-100205yamamiti

好んで危険なところばかりいっているわけではないが、何事も自分の肉体を通して経験しないと気がすまないたちだ。
コンゴ第2の都市ゴマは「アフリカのポンペイ」と呼ばれた。
2002年にニラゴンゴ火山が爆発し、町は2メートルを越す溶岩で埋まった。
内戦という人災だけでなく、天災までもが襲いかかる。
New 天の邪鬼日記-100205cmarket

まるで西部劇のようにほこりっぽいゴーストタウンに見えたが、逆に再建にむけて動き出したばかりの町なのだ。
New 天の邪鬼日記-100205cmiti
ルワンダ国境から流れる靴や服などがマーケットに並び、人々の顔は活気にあふれているといいたいところだが、まだまだ安定しない危険地帯なので活気に加えて「殺 気」にもあふれている。ブルンジと同じように国連平和維持軍の車と兵士にもあふれていた。
それでもキヴ湖畔にあるゴマは魅力的な町で、物乞いする子供や商売熱心なおかみさんたち、火山岩を積み上げて家をつくっている男たちに、大きな希望を感じた。
New 天の邪鬼日記-100205cmikzuumi

この3国ではルワンダがもっとも早く安定に成功した。
虐 殺のイメージできてみたのだが、キガリは夜間も出歩けるし、人々が洗練されていてオープンだ。自分でもこんなにルワンダが気に入るとは思ってもみなかった。
おかげで3度入国するたびに60ドルのビザを3回支払わされたが。

話を「愛の砦」にもどそう。
平和な現代日本で暮らすオレたちには、昨日まで仲良く共存していた隣人がみな殺人鬼と化すなんて想像できない。
日曜大工が趣味のサラリーマンがハンマーを、木こりのおじいさんがチェーンソーを、魚屋のおばちゃんが刺身包丁を、子供がカッターナイフを振りかざして家に押し入ってくるのだ。
New 天の邪鬼日記-100205ox

虐殺前後のルワンダも今のオレたちと同じく平和に暮らしていたのだから。
たとえば中国や北朝鮮などの挑発によって、再び戦争に加わることがないとは言い切れない。そのときはヒットラーやポルポトのような煽動者が必ず現われるだろう。
ルワンダ人のように、軍国主義時代の日本のように、多くの人々があっというまに洗脳されるかもしれない。


「人間の可能性は無限だ」とあえて言っておこう。

しかし不の可能性も無限にあるのだ。

そのときにこそ「愛の砦」の話を思い出してほしい。


国民全員が狂気に走るなか、

ポールだけは愛を捨てなかった。

怪物と化した「群れ」に、たったひとりの「個」が立ちむかったのだ。


オレたちは長い間群れとして生きることばかり教育され、

「自分で考えること」ができないように虚勢されてきた。


「個」で生きる者を村八分にし、学校では生徒も先生もよってたかっていじめた。


自分の足で立ち、自分の頭で考える訓練は自分自身でしなければならない。

オレにとってはそれが旅だった。


民族や宗教や肌の色にとらわれず、

すべてを自分の命と同じように考えることを忘れないでほしい。

すべての判断は、愛にもとづいてすべきだ。

おっと国家や民族の群れに対する愛は、愛ではなくただの「差別」だからね。

洗脳されそうになったらこの言葉を思い出してくれ。


すべて命は、愛の名において平等である。


ホテル・ルワンダに夜のとばりが舞い降りて、キガリの丘を闇で包む。

さすがにハードな旅がつづいたので、38度近い熱がある。

マラリアのピルは飲んでいるので、ただの過労だろう。

アフリカの旅も、もう半分を折り返してしまった。

明日は独裁者アミン大統領で有名だったウガンダにはいる。


New 天の邪鬼日記-100205bike



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