Vol.962-2/3に続けてご覧ください。
さぬき歴史(観て歩き)フォトレポ-西讃編:07<雲辺寺山>
<11.雲辺寺山> <撮影:2013.05.19 and 2013.10.28>
雲辺寺山(うんぺんじさん)は、標高927m。徳島県堺にあり、山頂には四国88カ所66番札所雲辺寺がある。お寺は徳島県側にあるが、遍路道は香川県側にあり、讃岐の1番札所となっている。
遍路道は、自然のままで、丁石が多く残されている。
山頂は、三豊平野や燧灘が一望でき、特に瀬戸内海に沈む夕日は、美しい。 (観音寺市観光協会HP)
<所在地・外観>
▼雲辺寺山-徳島県三好市池田町白地763-2
▼雲辺寺山、雲辺寺-「四国高野」の別名をもつ、もっとも高所にある四国霊場
萩原寺から南東方向、約2.3kmの位置に1987(昭和62)年春に開通した雲辺寺ロープウェイの山麓駅がある。
▼雲辺寺山の全景、雲辺寺山の山頂-1
▼雲辺寺山の山頂-2
<概 要>
ここでロープウェイに乗れば、山頂駅までの全長2,594m、高低差657mを眼下に広がる三豊平野から、燧灘、さらには遠く中国地方までも展望できる一大パノラマを楽しんでいる僅か7分の間に運んでくれるが、私たち(五人組)は今回、登山道を使って山頂へ行った。
▼雲辺寺山の駐車場、雲辺寺ロープウェイ山麗駅
▼登山道の案内図、雲辺寺へ3.9km地点
▼登山道を進む、ロープウェイを左(東)側へ潜る-1
▼ロープウェイを左(東)側へ潜る-2、流水溝のような遍路道を行く-1
▼流水溝のような遍路道を行く-2、桧の植林帯を登って行く
▼雨が降り靄って来た、雲辺寺まて0.6kmを通過
▼無線中継塔が並んでる、羅漢像に迎えられ進んで行く
<歴史遺産-1>
約4kmの登山道を登って、四国八十八個所霊場66番札所「雲辺寺」(真言宗)に着いた。
雲辺寺は、讃岐と阿波(現、徳島県)の県境、「雲辺寺山(標高927m)」の山頂付近にあり、四国霊場の中でもっとも高く、「四国高野」の別名を持つ。
▼雲辺寺に到着、山門
▼大師堂への石階段、大師堂
▼本堂、護摩堂
▼厄除不動、鐘楼堂
▼涅槃像、五百羅漢
<関連遺産>
別の日に私単独で、愛媛県四国中央市の国道192号線の「七田」から雲辺寺へ上り、香川県三豊市粟井町へ下る「四国のみち」を走破したが、65番札所三角寺(愛媛県四国中央市)からの上り道、67番札所大興寺(三豊市山本町)への下り道、共に狭く急峻な道で、「遍路ころがし」の異名があり、霊場巡拝の遍路たちに恐れられてきた難所である。
▼雲辺寺への道-1
▼雲辺寺への道-2(眼下の国道192号線)、県境へ向かう
▼雲辺寺への道-3(愛媛・香川県境に到着、分岐点の指導標
▼雲辺寺への道-4(山稜を進む) 、雲辺寺は近い
▼雲辺寺への道-5、雲辺寺が見えて来た
▼大興寺への道-1
▼大興寺への道-2、観音寺市街と燧灘・伊吹島
▼大興寺への道-3
<歴史遺産-2>
境内は約40haの広さを持ち、スギ・ヒノキなどの古木に囲まれ、霊気漂う雰囲気がある。
807(大同2)年、空海(弘法大師)の開基と伝えられ、本尊の経尋(きょうじん)作の秘伝「木造千手観音坐像」(国重文)が祀られている。また、「木造毘沙門天立像」(国重文)も安置されている。
雲辺寺ロープウェイ山頂駅の前方に、高さ15mの展望館の上に重さ15t・高さ10mの北方の守護神、毘沙門天像が聳え立ち、眼下に睨みをきかせている。
▼毘沙門天展望館、毘沙門天像
▼館内の螺旋階段-1(下方向) 、上方向
▼館内の四国霊場88箇所の切絵
▼展望館屋上から高松市方向、徳島市方向
萩原寺付近から雲辺寺ロープウェイの山麓駅にかけて広がる丘陵地帯は、雲辺寺ケ原とよばれ、第二次世界大戦前には、陸軍第十一師団の山砲射撃場として使用されていた。
萩原寺からロープウェイの山麓駅に至る道の途中、山麓駅の500mほど手前に、砲弾の着弾地点を観測するため、昭和時代初期に建設された監的所が残っており、現在は史跡広場となっている。
▼雲辺寺ケ原史跡広場(web引用-水彩画風変換)
▼雲辺寺ケ原監的所(web引用-水彩画風変換)
雲辺寺山からの下山は、ロープウェイに乗って山頂駅から山麓駅へ降りた。
▼徳島・香川県境プレート
▼スキー場のリフト、北嶺の展望台(二等三角点、標高910.7m)
▼ロープウェイ山頂駅へ
▼ロープウェイ山頂駅
▼ロープウェイ-1
▼ロープウェイ-2
▼ロープウェイ-3
▼ロープウェイ山麗駅、ロープウェイ山麗駅駐車場
<文は現地説明板やWebなどより引用した>
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