Vol.591-3/5に続けてご覧ください。
<歩行メモ>
▼塩江町安原下を東南方向に進む
▼【国道番号標識:193-377(重用)高松市塩江町安原下】、左にカーブ(90度)しながら進む-1
▼左にカーブ(90度)しながら進む-2、塩江町安原下を北東方向に進む
▼右カーブ(45度)する、塩江町安原下を西方向に進む
▼バス停「御殿場」を通過、右カーブ(45度)しながら進む
▼左は香東川、塩江町安原下を東南方向に進む-1
▼塩江町安原下を東南方向に進む-2
▼塩江町安原下を東南方向に進む-3
▼右カーブ(45度)しながら香川町安原上に入る、【国道番号標識:193-377(重用)高松市塩江町安原上】
▼塩江町安原上を南方向に進む-1:左奥に塩江小・中学校
2015年3月末に閉校となった上西・塩江・安原の3小学校が統合し、同年4月塩江中学校の敷地内に整備した「新塩江小学校」として開校された。
▼塩江町安原上を南方向に進む-2
▼右に安原高等小学校廃校跡地之碑、塩江町安原上を南方向に進む-3
▼右の徳玄寺に寄る、国道沿いの親鸞聖人の立像
真宗興正派の寺院で、本尊は阿弥陀如来である。
▼徳玄寺-1
▼徳玄寺-2
▼徳玄寺-3
▼塩江町安原上を南方向に進む-4、右側の岩部観音堂に寄る
▼岩部観音堂-1
▼岩部観音堂-2
▼塩江町安原上を南方向に進む-5、岩部橋(香東川)を渡る
▼岩部橋(香東川)の上流方向、下流方向
▼塩江町安原上を南方向に進む-6、左折して岩部八幡神社のイチョウの木を見に行く
only one spot
<岩部八幡神社のイチョウ>
岩部八幡神社の創始は養老年間(西暦717~724年)あるいは天平年間(西暦729~749年)と言われている。古くは現社地の北方に鎮座していたが、後に現社地の北西山麓に遷座したと伝わり、その旧跡と考えられる礎石が素婆倶羅社前に見られる。その後、山上に遷座し明徳3年(西暦1392年)には細川頼之によって社殿の修築がなされた。イチョウはその頃に植えられたと伝えられている。
イチョウは東側を雄木、西側を雌木と呼ぶが、いずれも雌株で、実(ギンナン)をつける。
樹高は33mで、幹周は東側が9m、西側が6mである。秋には美しく黄葉し、遠くからもその雄大な姿を見ることができる。なお、幹から多数の気根が垂れ下がっており、乳房に似ていることから産婦の信仰が厚く、乳を授かるよう祈願する者も多い。 (高松市HP)
▼岩部八幡神社のイチョウ-1
▼岩部八幡神社のイチョウ-2
▼岩部八幡神社のイチョウ-3
▼岩部八幡神社のイチョウ-4
▼岩部八幡神社のイチョウ-5
引き続き、Vol.591-5/5をご覧ください。




















































