Vol.543-4/5に続けてご覧ください。
▼県道4号線を南下-7
▼代官所跡が見えてきた、代官所跡-1
▼代官所跡-2
天領代官所跡(説明内容は下記)
寛永十九年徳川幕府は、苗田村、榎井村、五条村、五毛村を天領と定め幕府が直接治めることになりました。
そして、この天領からあがる年貢は満濃池の改修や用水路の整備等の費用にあてられました。代官所は、金毘羅参詣道の丸亀街道に沿った苗田村のこの地に設けられ、幕府からの命ぜられた初代の代官守屋与三郎がその職に当たりました。この代官所の近くには、守屋一族の墓地等があります。
▼藤の棚跡の立石へ-1:県道4号線を南下
▼藤の棚跡の立石へ-2:県道4号線を直進、次の角を右折
▼藤の棚跡の立石へ-3、藤の棚跡の立石が見えてきた
<探訪史跡-4:藤の棚跡(131丁石)>
大和(現、奈良県)生まれで、諸国遊歴の画家として広く知られていた大原東野(おおはらとうや)の旧宅地跡である。東野はここに20年間ほど住み、作品を進呈することを条件に資金提供者を募り、丸亀街道の修築・整備をはたした。
▼藤の棚跡の立石(百三十一丁石)-1
▼藤の棚跡の立石(百三十一丁石)-2
<歩きメモ>
▼石井神社へ向かう-電柱にこんぴら街道の標識
▼若宮神社(石井神社の境内社)、石井神社-社号標
▼石井神社-参道、参道鳥居
▼石井神社-境内、拝殿
▼JR琴平駅へ向かう-1 、国道319号線を西に横断
▼JR琴平駅へ向かう-2、横瀬の石鳥居の手前で反射鏡にマーキング
▼横瀬の石鳥居、鳥居の礎の百三十五丁石
▼JR琴平駅へ向かう-3
▼JR特急列車が通過、JR土讃線の高架橋を潜る
▼JR琴平駅へ向かう-4、ことでん琴平線の踏切を渡る
▼左(東)方向はJR土讃線の高架橋、右(西)方向はことでん琴平駅
▼石灯篭と地蔵堂が見えてきた、横瀬の石灯篭と地蔵堂
▼JR琴平駅へ向かう-5、次の交点を左折
▼JR琴平駅へ向かう-6
▼駅舎が見えてきた、駅前通りと駅舎
<探訪史跡-番外:改修(耐震)したJR琴平駅>
昭和11年(1936)に現駅舎が竣工、平成21年(2009)月に駅舎が経済産業省の「近代化産業遺産」に認定された。平成28年(2016)12月に耐震改修工事が終了、平成29年(2017)3月には駅舎復元工事が完了した。また、同年4月には接近メロディを「こんぴら船々」に変更した。
▼駅舎全景、駅舎入口
▼コンコース
▼改札口-ホーム入口側、改札口-ホーム出口側
▼プラットホーム-1
▼プラットホーム-2
▼跨線橋
<歩きメモ>
▼跨線橋で4番ホームへ、普通電車で帰宅の途に就く
<改修前のJR琴平駅>
▼改修前-駅舎、跨線橋とホーム
▼改修前-ホーム
▼改修工事中-駅舎、跨線橋とホーム
▼改修工事中-ホーム
▶▶▶▶▶▶ 今報了◀◀◀◀◀◀



































































