2019年6月21日

夏至のこの日

私は

アリゾナ州のセドナの

大地に立っていました。

太陽のエネルギーが

最も力強いこの日を選び

マスターヒーラーが

カセドラルロックの

日の出を観に行こう、と

現地時間の

朝4時50分に

別荘を出ました。



この日、

私は

強い日差しを避けるため

サングラスを

かけていました。

ところが、
 
マスターヒーラーは

現地について

マスターヒーラー自身が

サングラスを

忘れたことに

氣付いたのでした。

カセドラルロックは

かなり

登りごたえのある山です。



その山を

日の出前には

目的地に着くという

時間制限の中で

登っていくのです。

息を切らしながら

目的地に辿り着き、

瞑想の後

朝日を待ちました。



朝日が昇るまでの

空のグラデーションの変化に合わせて

景色の色も

変わっていきました。

そして、

朝日が出ると

カセドラルロックに

当たる光と

カセドラルロックの

影とが

くっきりと

浮き彫りになったのです。

光が強くなればなるほどに

影も濃くなっていきます。



そして、

場所を移して

さらに

瞑想をしました。

そこで、

とんでもないことが

起こったのです...。

私の中に

大きな塊があることが

ハッキリと

感じられました。

怒りと罪悪感です。

それは、

余りにも大きくて

黙ったまま

瞑想をしていたら

お腹が痛くて痛くて

苦しくて

我慢できずに

私は

思わず

目を開けて

大きな声で

叫びました。

もう

限界だったのです...。

よく42年間も

こんな感情を抱えて

生きてこられたものだ、と

自分でも驚くほどの

巨大なネガティブエネルギーだったのです。

その後、

さらに場所を移して

瞑想を行いました。



瞑想しながら、

今度は

別の感情が

内側から

感情が込み上げて

苦しくなってきました。

私は

もう

クタクタでした...。

なぜ

ここに居るのか、

なぜ

こんなに苦しんでいるのか、

倒れ込むくらいに

心は疲労困憊状態に

近くなっていったのです。




その時...

マスターヒーラーでは無い、

誰かの手のひらの温かさを

私の肩に感じました。

その温かさに私は

安心し、

一気に涙が溢れてきたのです。

涙が嗚咽を伴い

次々に溢れてきました。



ワーナーさんでした。


私は

人の優しさに触れて

心に抑圧されていた

大きなネガティブ感情を

ようやく

払拭できたのでした。

そして、

帰途につきました。

ところが...

私は

余りにも

疲労困憊し過ぎて、

自分が

サングラスを

忘れていることに

氣が付かなかったのです。

そのサングラスは、

沖縄で購入した

私にとって

思い出のある品であるにも関わらず、

うっかりしていたのです...。

マスターヒーラーの

別荘へと

辿り着き、

車を降りるときに

マスターヒーラーから

「もえちゃん。サングラスは?」


聞かれて

よくやく

氣が付いたのでした。

でも、

もう仕方ありません。

ここは

アメリカだし、

落とした物が

そのまま在るなんて

到底無理でしょう。

しかも、

カセドラルロックへ

再び登るなんて

マスターヒーラーにも

いとこのYにも

迷惑すぎて

とても言えませんでした。

私たちは、

シャワーを浴びた後、

遅めの朝食を摂りました。



その後...

個人セッションも終えて

リビングで

呆然としていたら、

いとこのYが

話しかけてきました。

「もえちゃん。

あのね

サングラス

テーブルにあるよ。

マスターヒーラーとね、

もえちゃんが落とした

サングラスに

気付くまで

黙っていようって

話をしていたから、

今まで

言わなかったんだけど

なかなか

気付かないから

マスターヒーラーに内緒で

伝えるね...」








!!!!!



そういえば、

カセドラルロックを

下山するとき、

マスターヒーラーは

サングラスを忘れたと

言いながら、

サングラスを

かけていました。

また、

朝食後のテーブルには

サングラスが置いてありました。

食事を終えて

テーブルを拭くときに

「私のサングラスに似てるなあ」


一旦はサングラスを

手にしているにも

関わらず、

私は

自分のサングラスだとは

気付かなかったのです...。


目の前にありながらも、

その存在に

気付かないのは

“囚われて”

いたから、でした。


私のサングラスは

“ここには無い”

という

囚われが

在るのに

無いものとして

私の目には

映っていたのでした。

言い換えるならば

思い込み

です。

マスターヒーラーから

言われました。

「私は

サングラスを

胸にかけたり、

目にかけたり、

テーブルに置いたり

様々な

アプローチをしても

気付かなかったのは

なぜ?」


さらに

「もえちゃんは、

それだけ

強い思い込みの中で

今まで

生きてきたのよ」




私が

2019年の夏至の日に

セドナの大地で

学び得たことは

自分の思い込みが

自分を

不幸にしていた...

という事でした。


“優しさ”が在っても

私には

“優しさ”を感じられなかった...。

それは、

自分自身を

不幸で

可哀想な人と

解釈し、

自分が

自分を

大嫌いだったから

世界の全てを

斜めから

見ていたから、

でした...。

自分自身を不幸に捉えてしまう

思い込みを手放すには

やはり

自然の中に身を置き、

自分自身を

しっかり見つめることが

とても

大切になってくると

思います。

さらに言うならば、

自分1人よりは

マスター的な存在や

仲間が共に居るならば、

もっと

深い自己内観が

できると

私は

観じています。

1人だと

自分にとって

都合の良い解釈しか

しないことも

多々あります。

また、

仲間も

“傷の舐め合い”をする

仲間では無く、

お互いを高め合える

仲間であるに

超したことは

ありません。



私は、

人の優しさがあったからこそ

2019年の夏至の日に

素晴らしい気付きと

感動が

体験できたのだと

今も

感謝しています。

そして、

アロマを通した

瞑想が

私の想像を

遙かに超える

感情解放と

深い幸福感を

観じられることを

身を以て

体験したのでした。




あなたが

今日も

笑顔で

ありますように✨✨✨



熊本県合志市野々島

なぎの木整体

スピリチュアル氣功師MOE