「11月の香港で、霧だの雨だのってめずらしいよなぁ」
リツコは、キイチのその台詞を電話口から聞くと、
「あなたが一緒に来なかったからよ」と、悪戯そうな声で言った。
意地悪そうな声ではなく、悪戯そうな声。
リツコは、別に、キイチに意地悪したいわけではないから。
ちょっとした悪ふざけの意味でそう言った。
「ゴメンネ。一緒に行けなくて」
謝ってほしくて言ったわけではなかったけれど、キイチのゴメンネが、リツコの心を、少しだけ温かくした。
「雨は残念だけど、おかげさまで、一人の香港を楽しんでいるわ」
「なら、よかった」
「昨日は、あのバーへ行ったのよ」
リツコは、ホテルのベッドに寝そべって、窓からぼんやりと目に映る香港島の夜景を見ながら言った。
「あのバー?」
「ほら、あなたとレイコさんとコウタと4人で行った、あの高層ビルの最上階のバー」
「ああ、あそこか」
「3年ぶりだったけれど、場所をおぼえていたの」
3年前、キイチのガールフレンドはレイコさん、リツコはコウタのガールフレンドだった。
香港に詳しいキイチのアテンドで、4人は、九龍のハーバーの見えるレストランで広東料理を食べた。
薀蓄好きなコウタが、あれこれと語りながら、ワインを選んだ。
確かに、チャイニーズフードに合う白ワインだった。
食事が終わると、キイチが「いいバーがあるんだ」と、引率して向かった先が、リツコの言う「あのバー」だった。
そんなシーンが、リツコの脳裏をうっすらかすめた途端に、リツコは急にある約束を思い出した。
古い記憶が、いきなり、脳を覚醒させることがある。
リツコは、唐突に小さく叫んだ。
「あら、いけない」
「どうしたんだい?」
「約束をしていたわ」
リツコは、爪を噛んだ。
「何の?」
「あのバーに今日も行くことになっていた」
すると、キイチが言った。
「君のいるところは、もう、0時を過ぎている。女性の一人歩きはやめておいた方がいい」
リツコは、慌てて部屋のデジタルクロックを見て言った。
「でも、私は約束をやぶりたくない」
「一体、何の約束なの?」
「バーの男の子がね」
「バーテンダーってこと?」
「そう。イアンっていう名前なの。彼、日本人の女の子が好きなんですって」
「君ってこと?」
「いえ、一般的な日本人の女の子よ。私は女の子じゃないし」
リツコは、くすりと笑った。
「で?また来てねって言われたの?」
「イアンに、後で別のバーに一緒に行こうって誘われたから、『私はこのバーが好きなの』って言っただけ」
「そうしたら、明日も来てねって?」
「そういうこと」
「それは、君が誘われているってことだよ。イアンと異国でのアバンチュールを楽しみたいの?」
「約束を守りたいだけよ。火遊びするには若すぎる男の子だもの」
リツコは、笑った。
「なら、また別の機会に行けばいいよ」
「そうね。ブーツが雨のシミを作ってしまったから、ブーツを乾かさなきゃ。もう寝るわ」
リツコは、そう言って電話を切ると、窓辺に佇んだ。
ハーバービューの視界が、雨のせいでぼやけている。
(本当に、何だって雨なんだろう。雨じゃなきゃ、出かけたのに。
というより、新しいブーツを買うべきだったのかしら)
リツコは、そう思いながら、スーツケースを開けた。
実は、ブーツのシミが理由ではなく、明日の早朝の帰国の準備が、バーに行けない本当の理由だった。
リツコは、クローゼットの洋服をスーツケースに詰めながら、イアンを思い出した。
黒髪を束ねたイアン。
カウンターの中で機敏に動く子だった。
いい笑顔の子だったな、と、微笑みながら、リツコは、スーツケースを閉じた。
(イアンに会いに、また来よう。
なぜ日本人が好きなのか、理由を聞いていなかったわ)
To be continued・・・ Written by 鈴乃@Akeming
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お一人様バーのわたくしです
撮影はイアン、笑
って、イアンって名前は架空ですが
このバーは、私がこの日、広東料理を食べたランガムホテルの向かいのビルの最上階にあります
ストーリーの通り、3年前に初めて来ました
店舗デザインは、森田さんということで、なるほど~って造り
森田さんらしい!
ここは、下のフロアのレストランが吹き抜けになっていてこんな感じ(暗くてボケてますが)
窓一面からハーバービューが見えてサイコーのロケーション!
インターコンチのラウンジからの景観もいいけれど、こっちのバーの方がリーズナブルかな
っていうか、このバーはDJが入るので私好み、笑
レストランは、ロマンティックだよ
窓際は、カップル席
バーでは、ストロベリーシャンパンとピナコラーダをオーダー
シャンパンカクテルのハートのイチゴがキュート
その、、、
下のフロアのロマンティックなレストラン
3年前に来た時、上からのぞくと、ビジネス会食っぽいグループがあったり、正装した白人のお客の利用が多かった
この日も、上からチラっと見て、、、
ある決心をした私
続く。。。