駅から会社までの通勤路、一つめの信号を渡った角に 畑がある。
多分産業農園ではないが、 家庭菜園にしては、まあまあ手広い畑だ。
 
週に2日か3日 不定期に 腰の曲がったおじいさんが、畑の手入れをしている。
そしてごくたまに(月に数えるほどだが)、犬をお供に連れている。
 
日本犬。
秋田犬にしては小さいが、柴犬にしてはやや大きい。
色めは、柴犬のそれだから、きっと柴犬となにかの雑種だと思う。
 
 
しかしコイツが まぁ--ぁ、悪っい犬なのだ。
 
 
朝の通勤サラリーマンが信号を渡ってくるのを待ち受けて、金網越しに ワンワンと吠えたてる。鼻にシワを寄せて、牙を剥いて、バウバウと吠えたてる。ひとしきり吠えたら、静かに農具倉庫の裏を回って、出てきたところで待ち伏せして、もうひと吠え。
吠えられるたびに 通勤サラリーマンたちは、ビクッと小さく飛び退いて怯む。
 
 
これを信号を渡ってくる人、渡ってくる人に、飽きずに繰り返す。
 
毎日コイツが居るのなら、『ココ危険ですよセンサー』が働くのだが、じいさん気まぐれに 忘れた頃に、コイツをお供につける。
 
アタシも油断して何度かやられた。
 
そしてある朝、赤信号で引っかかったアタシの前で、信号を渡り終えたサラリーマンが アイツにガウガウと吠えられていた。
 
 
 
次のターゲットは、アタシ。
アイツは、アタシに気づいていないかのように、マヌケそうな肛門を見せ、土の匂いを嗅ぐ素振りでアタシを待ち受けている。
 
 
ひとーつ、人の世生き血をすすり
ふたーつ、ふらちな悪業三昧
みーっつ、醜い浮世の鬼を退治、、、、、、
 
 
ぃよォーーーー!ポンポンポンポンポンポン
 
 
退治する相手を間違っている気もしないではないが、ここはひとつ アタシが成敗しておかなければ
 
 
アタシは、桃太郎侍よろしく、すり足でアイツに近寄った。 
は、イイが 8時45分桃太郎の決め台詞が、頭の中をリフレインして ノープラン。
 
 
仕方ないのでここは、顔面の中心に力を集中させ  ウーーーと、唸ってみる。
っていうか、丸腰のアタシにはそれくらいしか出来ない。
 
5秒ほど睨み合っただろうか、つと、アイツがポカンと口を開け真顔になった。
しばしの沈黙。
 
 
前半は、勝ち。。。か?。
 
 
 
そしてアタシは、さらに歩を進める。
アイツは、農具倉庫の裏を周り、視界の開けたところで待ち受ける。
 
ぃよォーーーー!ポンポンポンポンポンポン!
後半戦の始まりだ。
 
アタシは、顔面の中心に力を集中させ、低く唸りながら、アイツの70cm前まで歩み寄った。
さあ、これからどう攻撃しようかと考えた途端、アイツは眉を下げ、首を左に傾げ、かわいいっしょ?と言わんばかりの顔をした。
 
後半戦も、勝ち?。
アタシは、人目も憚らず 胸の前で、小さく両の拳を握った。
 
ふんっ 結構あっけなかった。
 
 
朝の陽ざしを顔面に浴びて、悠々と歩きだすアタシ。
三波春夫のエンディングが、耳に微かに響く。
 
 
 
それから何度かアイツに遭遇したが、吠えなくなった。
 
更に最近、おじいさんが腰を曲げて畑の手入れをしているのは見かけるが、とんとお供にアイツを連れていない。
ちょっと黙らせてやろうとは思ったが、正真正銘 イヌ退治してしまったのか少し心配になっている。
 
 
なんせアタシはイヌ好きである。
なんせ高校の頃拾った捨て犬を、長年飼っていた。
もちろん、世話は父母の役目だ。
 
イヌが割と好きな方だ。