娘の家の庭にある、サンシュユの実を描きました。
鮮やかな黄色の花を咲かせて春を呼び、秋には真っ赤な実をつけて鳥を呼ぶサンシュユ。
私はサンシュユを見ると、亡き父がよく歌っていた「ひえつき節」を思い出す。そして、少女の頃の私の胸を痛めた、つる富姫と那須の大八の悲恋がよみがえる。
ところが!
あるとき、ひえつき節の「サンシュユ」は実は「山椒」である一文を読んだ。
私は「そんなはずはない!父は確かに、『サンシュ』と歌っていた」と反発した。
それもずっと不思議だったことことだが、父は「サンシュユ」ではなくなく「サンシュ」と歌っていた。おかしいなとは思っていた。
大体、山椒だなんて、逢い引きの歌にはふさわしくない。黄色の花と鮮やかな赤い実こそであって、黒い実のなる山椒では地味すぎるし、恋より料理が浮かんでしまうと。
だが、事実はやっぱり「山椒」だった。
サンシュユが中国から渡来したのは、1722年のことらしい。
ひえつき節の平家の落人が絡む椎葉の悲恋物語は、鎌倉時代のことだから、それよりずっと以前のことだ。
もう一つわかったことは、日向地方では「山椒」を方言で「サンシュ」と呼ぶそうなのだ。
これで一気に私の疑問は解決し、父の「サンシュ」と歌っていた歌詞は正しかったのだと納得した。
でも、理性では納得しても、70年間も、サンシュユを椎葉の悲恋と結びつけてきた私の心は、容易に受け入れてくれない。


