娘の家の庭にある、サンシュユの実を描きました。

鮮やかな黄色の花を咲かせて春を呼び、秋には真っ赤な実をつけて鳥を呼ぶサンシュユ。

私はサンシュユを見ると、亡き父がよく歌っていた「ひえつき節」を思い出す。そして、少女の頃の私の胸を痛めた、つる富姫と那須の大八の悲恋がよみがえる。

ところが!

 

あるとき、ひえつき節の「サンシュユ」は実は「山椒」である一文を読んだ。

私は「そんなはずはない!父は確かに、『サンシュ』と歌っていた」と反発した。

それもずっと不思議だったことことだが、父は「サンシュユ」ではなくなく「サンシュ」と歌っていた。おかしいなとは思っていた。

 

 

大体、山椒だなんて、逢い引きの歌にはふさわしくない。黄色の花と鮮やかな赤い実こそであって、黒い実のなる山椒では地味すぎるし、恋より料理が浮かんでしまうと。

 

だが、事実はやっぱり「山椒」だった。

サンシュユが中国から渡来したのは、1722年のことらしい。

ひえつき節の平家の落人が絡む椎葉の悲恋物語は、鎌倉時代のことだから、それよりずっと以前のことだ。

 

もう一つわかったことは、日向地方では「山椒」を方言で「サンシュ」と呼ぶそうなのだ。

 

これで一気に私の疑問は解決し、父の「サンシュ」と歌っていた歌詞は正しかったのだと納得した。

 

 

でも、理性では納得しても、70年間も、サンシュユを椎葉の悲恋と結びつけてきた私の心は、容易に受け入れてくれない。

ほめられて嬉しかった話。

 

私は、月2回、ボイストレーニングを受けています。年令がいっても、ちゃんと声が出て歌えるように、との目的です。

 

イタリア古典歌曲でレッスンを受けています。

 

先生は、歯に衣を着せぬ率直で素晴らしいソプラノの歌い手の方です。しかし、大変厳しくめったにほめていただけません。

 

いや、もう6~7年になるのに、うんとほめていただいた記憶はないくらいです。

 

あまりに要求が高い時には、「私はプロになるつもりはないのだから!!」と心の中で叫んだり、正直、通うのが気が重くなったときもありました。

 

それが先日のことです。

 

「この歌(いとしい絆よ)は、すっかりあなたの歌になりましたね。あなたはこんなふうに歌うんだなあと思いましたよ。あなたの持ち歌の一つにしていいですね。よく頑張りました。非常にいい歌い方になりましたね」と。😍✌

 

 

「よく頑張りましたね」に驚きました。「え!!私、がんばったんだ!」と思いました。

それが、少し前から、私の中でも何かが変わった感じがしていました。一皮むけたと言うか。

 

量から質への転換ってこういうことかなって。

それを感じてから、気を楽に歌うことができるようになりました。

 

 

思ったことは、私には、いつか見せていただいた刺繍をするような根気はないが、捨てたもんじゃないんだ、と自覚したことです。

 

それと、一つ目の前がひらけ感じがして、気分爽快です。

 

 

大学の時には、教員資格を取るために必修だったピアノは、先生が厳しくて1年目はギブアップしました。

だって、生まれて初めて触るピアノでしたから。

2年目になんとか取りましたが、まあ、おとなになったってことですかね。😅

吉祥欄 あるいは吉祥草

この花が咲くと幸を呼ぶと言われている、縁起のいい花です。

 

庭にたくさん増えてよく咲いていますから、きっと我が家には幸がたくさん来ているのかもしれません。

幸とは、案外、気がつかないものなのかもしれません。

 

 

福島の災害で、故郷を去らざるをえなかった子どもたちが、「いつかきっと、この地で会おう」と作った詩に曲をつけた、よく歌われる合唱曲「群青」の歌詞にあります。

  

     ♪  当たり前がしあわせとしった・・・

 

 

福島の原発事故の凄惨な経験があってもなお、再稼働するとは!