マブチモーター、もう一つの事実、 | 「模型探偵団」明石小五郎の昭和のプラモデル

「模型探偵団」明石小五郎の昭和のプラモデル

昭和のプラモデルが好きなタダのジジイです、上から目線で書いてます、左翼系、反日、朝日新聞、テロ朝系列マスコミが嫌いな人間です、真実のプラモデルの歴史を書いてます、テーマの項目の「真実のプラモデルの歴史」から「和工樹脂の謎」までをお読み下さい。

歴史は勝者、成功者が作るもの、そう、捏造してでも作るもの、

それは、模型の歴史においても例外ではない、
まあ、このことも僕はいろいろな事例にて紹介してきた、その一つとしてマブチモーターの歴史に
ついても紹介してきた、
 
マグネットモーターはマブチが世界初に開発したものでない、ということも紹介した、
そう、いろいろと証拠資料を揃えて証明してきた、それらのことについては「模型モーターの歴
史」の項目をご覧いただきたい、
 
 
イメージ 1
              (昭和29年6月10日 日本教材新聞)
 
もちろん、この記事にも書いてある、昭和初期には多くの種類のマグネットモーターが存在してい
た、
ただ、誰が最初に開発したのかは不明、それを特定するのは当時であっても無理な話だろう、
なぜなら、電磁コイルの電磁石でなく、永久磁石を使ったほうが性能がいい、というのは誰でも知
っていた、
モーターが回転する原理を知っているなら誰でも気づく単純なことだからである、何もコイルを巻
いて電磁石にしなくても、永久磁石を使ったほうが簡単だからである、
 
だから、模型工作の好きな方は廃品などを利用してマグネットの模型モーターを自作して楽しん
でいた、
その馬蹄形マグネットを利用したものについては、

戦前の模型モーターを回す、

 
ところが、マブチモーターの社史には、この馬蹄形マグネットモーターは、マブチモーターが世界
初に開発したものだと、延々、何ページにも渡って書いてある、
 
イメージ 5
イメージ 6
イメージ 7
イメージ 8
 
嘘もここまで丁寧に説明し書かれるとそれが事実のように思えてしまう、
 
イメージ 2
 
竹岡模型店が発売したマグネットモーターというのが、この広告のもの、
現物は持ってないので、画像から判断すると馬蹄形マグネットだろう、
では、次の広告をご覧いただこう、
 
イメージ 3
             (昭和30年10月10日 日本教材新聞)
 
上のニッカの広告、そう、「日本科工㈱」という会社、これはマブチモーターが設立した別会社、
 
イメージ 4
                (昭和30年12月10日 日本教材新聞)
 
ではなぜ、マブチモーターは「日本科工㈱」という会社を設立したのだろうか、
マブチモーターの当初の会社はこの広告にもあるように、「東京科学工業㈱」である、
 
実は創業当時、売り込み先がなく、マブチモーターが困っていた時に手を差し伸べてくれたのが
「野村トーイ」であった、
 
そして、その東京科学工業は、「野村トーイ」が8割以上を出資して実質、マブチモーターに作っ
てあげた会社であった、
そう、マブチモーターが製造したモーターは全部野村トーイの玩具に使ってあげる、その代わり、
他のメーカーには売らないでほしい、という条件であった、
それで、マブチモーターも野村トーイもお互いに急激に成長した、共栄共存だった、
つまり、マブチモーターは野村トーイが手を差し伸べてくれなかったらその時に消滅していたかも
しれない、
 
しかし、このまま野村トーイに依存していたのではこれ以上の売り上げ増などは望めない、
しかも、模型モーターの需要はいくらでもある、
そこで、マブチモーターが企んだのが別会社を設立することであった、
そう、自分の資金で「日本科工㈱」を設立し、早い話がマブチモーターの販売部門である、
つまり、野村トーイとの約束はあくまでも「東京科学工業」との間の話だから、別会社を作った、
 
これをどうとらえるかは、判断が分かれるところだろう、
悪い言い方をすれば裏切りととるか、営業戦略として当たり前のこと、そうせざるを得なかった、と、とるか、
 
マブチモーターの社史によれば、その別会社を設立する際には野村トーイには警戒されたので、充分に説明し納得してもらったとなっているが、実際のところはわからない、
マブチモーターは、その「日本科工㈱」で販路を広げ益々業容を拡大することができた、
実際に、それから3年もしないうちに東京科学工業と日本科工を整理して今度は「馬淵工業㈱」と名を変え野村トーイとはそれまでの関係を切った、
 
そして、関係を切った1年後すぐにまた「東京科学㈱」と社名を変更したのである、
これを、マブチモーターの恩知らずの裏切りとみるか、そうではない、会社の発展のためには仕
方なかった、とみるかは評価がわかれることだろう、
 
その後については、言うまでもなく「野村トーイ」は20数年前にアメリカのハスブロ社に吸収さ
れ、そのハスブロ社も今は消滅してしまった、
そして、マブチモーターはその後益々発展し、今や世界的なモーターのメーカーへとなった、
その後、あの悲惨な殺人事件は発生した、犯人は捕まったもののその動機などは謎のようであ
る、
 
今となっては、その真相などは解き明かすことはできない、
 
最後に僕として間違いなく言えることは、今までも何度も言ってきたように、マブチモーター
は、「朝日科学玩具」と「野村トーイ」というメーカーがなかったら今の存在はなかった、ということ
だろう、
 
そう、「朝日科学玩具」のパクリから始まり、「野村トーイ」のおかげでその基盤を作ることができ
た、何度も繰り返すが、歴史は勝者、成功者が都合のいいように作り上げるもの、
 
まあ、いづれにしても、マグネットモーターはマブチモーターが世界初に開発した、ということはす
でにそれが定説になっている、それは違うと証拠を揃えていくら叫んでもそれが覆されることはな
いだろう。