永井荷風は、長いことお腹の不調、すなわち下痢や腹痛で悩んでいたことが「断腸亭日乗」
を読むとわかる。
今でいう「過敏性腸症候群」である。
最近、これまでブラックボックスであった小腸の疾患がかなり明らかとなってきている。
そして、過敏性腸症候群や機能性ディスペプシアなどの患者さんの小腸(空腸)液を培養して調べてみると、小腸で細菌が増えている人が多いことがわかってきた。
健常人 10の2乗~3乗 個
過敏性腸症候群 10の3乗~7乗 個
機能性ディスペプシア 10の3乗~7乗 個
小腸内細菌増殖症 10の5乗 個
を呈することが多い。
つまり、「お腹の調子がすぐれない」人の小腸には細菌が増えているのである。
通常、小腸内の細菌は、1万個程度と考えられている(培養では全ての菌数を検出できない;嫌気性菌などは空腸液を採取する際に死んでしまうため)。
小腸内の細菌が10万個(10の5乗個)を超えた状態をSIBO(シーボ;小腸内細菌増殖症もしくは小腸内細菌過剰増殖 Small Intestinal Bacterial Overgrowth)と呼ぶ。
では、永井荷風のような過敏性腸症候群の患者さんのどれくらいの割合にこのSIBO(小腸内細菌増殖症)が存在するのか?
論文報告では、検査の種類(培養、ラクツロース呼気試験、グルコース呼気試験など)や診断基準によってもばらつきがあるが、60%から高い数字では84%の過敏性腸症候群にSIBO(小腸内細菌増殖症)が合併していた。
小腸内に細菌が過剰増殖すると、食品として食べた「発酵しやすい糖質」を細菌がエサとして食べて、発酵の過程で大量のガス(水素ガス、メタンガス、硫化水素など)を発生させる。
小腸で発生するガスによる妊婦のような張り、頻回に出るガスで悩む人は多いのだが医師もこれまでなすすべがなかった。
水素ガスが多い小腸内細菌増殖症の人は、下痢になりやすい。
メタンガスが多い小腸内細菌増殖症の人は、便秘になりやすいことがわかっている。
腸の中で、急速かつ過剰な発酵を起こしやすい糖質を、「FODMAP(フォドマップ)」と呼ぶ。
過敏性腸症候群や小腸内細菌増殖症の患者さんの症状を悪化させるFODMAPの代表は、以下のとおり。
パン、クロワッサン、パスタなどの小麦に含まれるフルクタン、牛乳やヨーグルト、ミルクショコラなどに含まれる乳糖(ラクトース)、リンゴやスイカに含まれる果糖(フルクトース)、豆類に含まれるガラクトオリゴ糖(GOS)キノコやカリフラワーやキシリトールガムなどに含まれるポリオールなどである。
東洋経済オンラインにて江田証医師が低FODMAP食について解説。
「おなかの弱い人」に伝えたい食事と体の関係
度重なる不調は「糖質」が原因かもしれませんhttps://toyokeizai.net/articles/-/126733
プレジデントオンラインにて江田証医師が低FODMAP食について解説。
常識とは逆だった"お腹が弱い人"の食事法
https://president.jp/articles/-/23618
現在、このSIBO(小腸内細菌増殖症)は、心不全、肝不全(永井荷風では肝硬変)、腎不全の背景に広く存在する非常に裾野の広い疾患であることが次第にわかってきている。
小腸内細菌増殖症で細菌が過剰に発生させた毒素(LPS;エンドトキシン)は、腸管から漏れ出し(リーキーガットと呼ぶ)、血液の流れに乗り、肝臓に達してNASHという肝障害を起こし、肝硬変や肝臓癌が生じる。しかも、NASHというと太った肉付きの良い患者を想像すると思うが、実は標準体重だったり、やせている患者にも発症することが次第にわかってきた。
また肝性脳症はそんなに症状が軽くないという医師もいるかもしれないが、現在、最も注目されている病態が、「マイクロ肝性脳症」という状態だ。つまり、肝性脳症には、倒れたり意識障害になるような派手な肝性脳症ばかりがあるわけではなく、「医師にもはっきりと診断できない軽度な集中力の低下やだるさ」、「交通事故が多い」、「奇行」などが実は軽度の(マイクロ)肝性脳症であったということが現代医学ではわかってきており、注目を浴びている。
したがって、消化器内科医以外の循環器内科医、腎臓内科医など他科領域の医師からも非常に注目されている。
今回、私は、この新しくさまざまな疾患の原因となっているSIBO(小腸内細菌増殖症)についてNHKで解説した。
また、低FODMAP食についても解説した。
これまで多くの新聞記事にて低FODMAP食について解説してきたが、
https://ameblo.jp/akashieda/entry-12371677191.html
http://www.edaclinic.com/images/shimotuke.jpg
「低FODMAP食」の文字がテレビで放映されたのは日本初となった。
写真は、世界でも最も権威の高い消化器領域の専門誌「Gastroenterology」の表紙をFODMAPが飾った時のもの。
過敏性腸症候群やSIBO(小腸内細菌増殖症)で悩んでいる日本人の数は非常に多い。
放映で出された数字は低く、氷山の一角である。患者さんの悩みは深いがお腹の不調は恥ずかしさもありなかなか医師を含む他人には打ち明けづらい。実際には1700万人程度の日本人がこれらのお腹の不調で【ひそかに】悩んでいるのだ。
低FODMAP食、SIBO(小腸内細菌増殖症)について、日本社会の中でもっと認知されることを望んで出演させていただいた。お腹の不調で悩まれ、人生を楽しめない方が救われる日本であってほしいと心から願う。
もっとも、永井荷風の本当の疾患については、医学が進歩する以前のことで、当然、誰にも真実はわからない。カルテが残っているわけでもなく、真実は歴史の塵の中に埋没して明らかにはならない。
この番組は、あくまでも推論であり、フィクションであり、医療エンターテイメントである。
むきになって議論反論する人もいるかもしれないが、それをわかったうえで楽しむのが知性のある大人の楽しみ方と言えよう。
医師は、自分の立場や利益にかかわることや、瑣末的なことにこだわって他人の揚げ足をとることに執心するより、目の前の患者さんに番組で示したようなサインはないかよく観察し、改善できる食事法はないか(誰にも万能な食事法はない。なぜなら、腸内細菌の種類や構成は個人個人によって指紋のように大きく異なるからだ。当然同じ食事をしても、個人個人で腸の反応は異なるのが当然だろう。従って、それぞれの患者に合ったオーダーメイドの食事法がある。十把一絡げの食事法を全員の患者に指導するなら医師はいらない。AIどころか、テープレコーダーを流していればいいのだ)をきちんと見極めるべきだ。
患者さんが前進できる未来を作ることにポジティブに力を集中すべきだ。
読者からの声
https://ameblo.jp/akashieda/entry-12371677191.html
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医療法人社団信証会 江田クリニック 院長 江田証