・写真は、日本新聞協会「新聞倫理綱領」

 

「国づくり、地域づくりは、人づくりから」を信条とする参議院議員赤池まさあき(全国比例区)です。

 

 いよいよ今日5月7日(月)から通常業務となります。連休明け、身体はなまっていませんか。

 

●山梨日日新聞の取材を断る

 

 私は、参議院の全国比例区選出議員ですが、出身地であり、衆議院議員時代の選挙区でもあった関係で、自民党山梨県連に所属しています。それによって、県紙である山梨日日新聞(略称:山日=さんにち)からの取材を多く受けることになります。

 

 山日1紙だけで約20万部、山梨県内の世帯占有率56%となっています。県都甲府市だけだと約8割と言われています。

 

去る5月3日(木)は、祝日「憲法記念日」でした。5月3日号の山日の一面の憲法についての記事「県関係国会議員 2020年施行自民内にも異論 「国民理解十分ではない」」の中に、私の名前とコメントがありませんでした。それは、山日からの一言コメントという形での取材依頼をお断りしたからです。

https://www.sannichi.co.jp/article/2018/05/03/00268706 

 

なぜか。3月に、「国家公務員法違反者が公立中学校で教壇に立てるのか」という私の文科省へ事実確認した案件に関し、山日が私の一言コメントを取材したにもかかわらず、その私のコメントに手を入れ、正確・公正に伝えることをしなかったからです。その山日の行為には疑義を呈しましたが、その後の対応も、残念ながら、報道機関として責任あるものとは言えず、となると、今回の一言コメントも、同様に正確・公正に報道して頂けるか疑問に思い、お断りをした次第です。

 

●取材に対する私の回答がまったく違ったものとなって報道された

 

 文部科学省が名古屋市教委に質問状を送付した案件に関連し、3月23日付の山日「赤池氏照会で抗議文」との記事が掲載されました。それは、山梨県内の元教員らでつくる団体が、私に対して抗議文を出したことに対し、山日からコメントがほしいとの取材を受け、私が事務所を通じてコメントを出したという記事です。

・記事全文は山日3月23日「赤池氏照会で抗議文」

https://www.sannichi.co.jp/article/2018/03/22/80141376 

 

私は、次のようにコメントを出しました。

「3月21日の山梨日日新聞の一問一答を読んでほしい」

 

 一連の経緯と問題意識について、山日の記者から一問一答の取材を受けており、その記事が3月21日付の山日一面に掲載されていたからです。その記事は大変、客観的で分かりやすく書かれていて、私に関する事実は、その3月21日の一問一答に尽きるため、ぜひそれを読んでほしかったわけです。

・記事全文は山日3月21日記事「赤池氏一問一答 圧力になりようがない」

https://www.sannichi.co.jp/article/2018/03/21/00259520 

 

 しかしながら、掲載された記事は以下のようなものでした。

 「新聞に掲載された(赤池氏の)説明を読んでほしい」

 

 これでは、私が発言したコメントとは違うものであり、その意味すら異なるものとなっています。「 」で記す以上は、それは私の言葉そのものであり、取材したという事実を具体的に証明するものです。それを再取材もないまま、しかも意味も異なる形で簡単に書き換えたことには驚きを禁じ得ませんでした。

 ちなみに、各方面の全国紙記者の方々に、コメントという「 」の扱いについて聞いてみましたが、どの記者もさすがに軽々に「 」に手をいれるということはしないということでした。だからこそ、彼らなりに取材の仕方や質問の投げ方を色々考えて工夫しているとのことで、報道機関としての一線を踏み越えるようなことはしないという意識は感じ取れました。

 

 先ほども書きましたが、私の指摘した3月21日付山日の「一問一答」記事にあることが私の真意と事実です。だからこそ、コメントに使ったのです。私の事務所に届いた、抗議した団体の文書には、新聞記事のコピーが3枚添付されていました。3月19日と20日は山日の記事だったのですが、21日の記事は朝日新聞の記事となっており、3月21日の山日の「一問一答」記事は外されていました。3月21日の「一問一答」の内容が、私の真意と事実を正確に伝えるものなのに、その記事内容では団体が抗議するにあたって都合が悪かったのでしょうか。

 

●主旨を読者に伝えるために意訳して表現して掲載?

 

 山日記者に対して、私は事務所を通じて抗議し、記者個人の意見ではなく、社としての正式な見解を求めました。

 

 途中、こちらから何度かつついて、ようやく山日からは1か月以上経った4月27日にファックスが送られてきました。それによると、「今回の赤池議員のケースに限らず、取材対象者の発言などを主旨が読者に伝わるよう意訳して表現し、掲載しております」とのことで、今回の当該記事も、直近の私の一問一答を踏まえた表現だというのです。

 

「3月21日の山梨日日新聞の一問一答を読んでほしい」(私の元々の発言)

「新聞に掲載された(赤池氏の)説明を読んでほしい」(山日に掲載された発言)

 

 上の意見を読者に伝わるように意訳して表現すると下の意見になるものでしょうか。どう読み込んでも、上下2つの意見は、似て非なるものです。上の私の原発言は具体的な記事を指すもので、誤解を与えようもないものです。ところが、下の報道された発言は、全般的な新聞記事を指すものととれる内容に変わっています。

しかも、このコメントは、教育への圧力だとした団体の抗議について聞かれたもので、私は圧力ではないと回答するために、その理由も事実も答えた山日3月21日付の一問一答を読んでほしいと言ったわけです。それを、全般的な新聞記事を読んでほしいともとれる意訳をすること自体、文脈の流れがおかしくもあります。また、ともすれば、読者に、私赤池があたかも傲慢であるかのように印象操作をしているともとれます。少なくとも、私はそう感じました。

抗議団体があえて3月21日付の山日に触れなかったように、山日にとっても、報道してしまったとはいえ、3月21日付の私の「一問一答」記事は、彼らにとって不都合な真実であったのかと勘繰りたくなります。

 

 以上が顛末であり、山日の報道機関としての姿勢について、大変疑問に思っています。様々な意見や主張があるとしても、本来、報道機関というのは、まずは事実の報道をするべきではないでしょうか。その上での意見・主張かと思います。最初に意見・主張ありきで、事実を都合のいいようにゆがめるのであれば、それはもはや報道機関とは言えないと思います。しかも、今回の件にいたっては、それを意訳だと言ったことで、文章を書くことを生業としている新聞社の表現能力まで疑問をもたざるを得ない状況になっています。それが、私のケースに限らずとのことなので、他でも同様に事実が事実として伝わっていないケースがあるかもしれません。

このような状態にあるため、今回の憲法についてコメントを求められても、コメントは出せませんとお断りした次第です。

 ちなみに、山日にはもう一つ疑義を呈したことがあって、それは事実誤認です。ちゃんと調べて書いていないのではと思わざるを得ない箇所があったため、それを問うたのですが、それも、そのような趣旨では書いてないとの回答。どう読んでも、山日が言う趣旨には読めないのですが、そちらはまた別の機会に触れたいと思います。

 

●新聞倫理綱領

 

 様々な「情報」は、国民が判断する上で大変重要なものであり、民主政治発展にとって不可欠なものです。であればこそ、大事な「情報」を日々報道する新聞には、規制する法律もなく、再販制度や特殊指定等、独占禁止法の例外として守られ、来年十月の消費税増税の例外となり、食料品と同様に2%分が減税となるわけです。つまり、新聞社は特権を有しているのです。

 

 山梨日日新聞も加盟している新聞協会では、新聞の使命を認識して、新聞倫理綱領を策定しています。自由と責任、正確と公正、独立と寛容、人権の尊重、品格と節度という5つの項目が掲載されています。

・(出所)日本新聞協会「新聞倫理綱領」

http://www.pressnet.or.jp/outline/ethics/index.html 

 

  山日は、11年前にも報道機関として深刻な問題を引き起こしているわけですから、今回の一連の経緯と見解を再度検証し、自由と責任、正確と公正等の新聞倫理綱領に基づいて、対処して頂きたいと念願しております。