王様の耳は驢馬の耳 | 王様の耳はロバの耳

王様の耳はロバの耳

普段口には、しないで
済んでいることを
こっそりと、呟いて…

人は、誰もが
愚かしくも、
あまりにも、簡単に

与えられ具えていた、
徳や尊厳を自ら失くし
迷ってしまうことを
私が忘れぬ為に書く
普段は口にしないこと。


貴方が、
貴方とは違う人に
憤りを覚える時

貴方に寄り添い
慰める人は口にする。

あの子は
貴方とは違うから

貴方とは違って
こうしたことで憤りを
覚えたことがないのだろう。

だから、貴方の気持ちを
察すること敵わずに
このようなことで憤る者の
想いも気持ちも
知らないのだろう。

暗に、自業自得
因果応報なのだ。と

貴方を諭し

きっと、あの人は
このようなことで
憤ることが、ないのだろう。

だから仕方が無いのだ。と
人は憤る人を制しては
間に入る真似をして

憤る者の想い気持ちが
理解できない幼子に

ここは任せて
今はあっちへ行っといでと
目配せをしてみせて

憤る者を宥めては

避らせた者の所へ赴き
どこか遠く遠くを
眺め見て、背中を見せては、
言葉少なに多くを多くを
物語り、

いつか解ると口にしては
今日のことは
自分に免じてと
憤りを他者に
ぶつける者の赦しを
代わりに乞うては

それで済まなければ
怨む気持ちが滾ったら

ここで
このような真似をした
自分のことを責めたらよい。と
口にして

目を合わせることもなく
静かに目を伏せては

再びその背を向けては
どこか遠く遠くを眺めては
いったい何を誰を
今、ソコで、想うのか

その背を見守っていれば
語り出す。

遠い昔の物語
棘のように刺さった悔いに
抱いてしまう感傷の
起点になる物語。

ソコにまだ迷い有り
ソコにまだ苦悩有り
ソコにまだ葛藤有って

語り終えてはやっと今、
その背を見守り続けた者の
視線と瞳交差して

哀しく儚い顔して、
微笑んでは

一瞬、すがり乞うような
姿をソコに晒しては

今、その瞬間の
己の仕草、ありように
気付いたように恥じて見せ

もう、下がって良いよ。と
告げてくる。

誰が、誰を、支え
誰が、誰に、甘えようと
しているのか

人と、いう生き物は
皆一様に繊細で

繊細な心を一人抱えては
どこか遠くを臨んでは
今、ソコに観る者に寄り添って

今の己を奮い立たせて
一人一人が懸命に
今、この瞬間を生きてゆく。

ソコに貴方が想い描く
誰かや何かがあることは

それが貴方の感傷や
忘れ難い古傷、悔いだろうと

その全てが本来
今の貴方を活かすモノ。

今、ソコに在る
すがりたい者
甘えたい者
それに甘えてしまわずに
ソコに執着、固執せず

自らが向き合うべき者は
自らが向き合うべきと
人は自ら定めては

立ち止まりながらも
ゆっくりと
一歩を一歩を進んでは

やがて過去の己の
業の呪縛から
己自らを救い出し

いつの間にか
いつの間にか
もう、あの頃の
自分とは違う自分に
成っていたのだ。と

遠く遠く見えなくなった
大海を
己が歩いて来た稜線を
振り返っては

見えなくなっていることに
気付いては

ソコまで来れた者は皆
何かを振り切るように潔く

今、己が対峙するモノ誤らず
前を向いては

誰かや何かと共に今、
己が今を懸命に
自ら選び生きてゆき

己が感傷、悔いに
囚われず

囚われている者を
ソコに見ては
泣きそうな儚く
哀しそうな顔をして

それでも
そんな顔を観る
誰かの前で懸命に今
微笑んで

己の弱さ、甘えを
断ってみせては
自ら、その背をみせてくる。

そのような背を
この世で、見せれる者は、皆
常に誰かに、
優しく見守られ続けている。

決して独りに成ることがない
この人生の手本のように

その存在そのものが
有り難い。

出会えたことに
感謝出来る存在と

人ならば必ずこの世で
出会うことが敵うだろう。

寄り添い見守り
何も出来ずとも
ソコに居させて貰えたことが

何よりの至宝の宝だ。と
自らが、この今生にて
想える者と
出会えたならば

甘えすがり依存せずに

見させて貰えた全てのことを
大事に大切に有り難いと
知ることが

今生にて敵うと善いね。