具体的なことは誰も教えてはくれない。
誰も、今日は何に食べた?という答えには答えても

今日はどういうふうにナイフをもって料理をたべた?という質問には答えられない

それは細部にはいくらかの方法があって、個人の特性で決まったりすることだからだ。

だから、細部は自分の力で行わなければいけない。

一から十まで手を貸すわけにはいけない。
そしたら、ロボットを雇えば良いのだから。
細部をやるにはよい方法と悪い方法がある。

考えなくて悪い方法と考えなくてよい方法がある。
そして、また考えても良い方法と考えては悪い方法がある。
その4つがある。
まぁ、そんなことはどうでもいい。

僕は抽象的すぎる。具体的なことはなんだか苦手だ。

会話が苦手なのはここからくるのではないだろうか

具体的になればなるほど会話は面白くなるはずだ

抽象的すぎると会話にならない。

具体的すぎるとうんざりする。

その狭間を揺れているような気がする

絵でも同じだ。

抽象的すぎるとなんだかよくわからないし、具体的的すぎると味気ないものなのだ。

関心と無関心に似ている。

なんだかよくわからなくなってきた。

生まれ持った傾向を鍛錬することがいいのかもしれない。

だめだ。最初から間違っていたのかもしれない。

ただ、細部にこだわるということは大事なことなのかもしれないと思っただけだ。

一つわかったことがある。それは細部にこだわるというのは正しい方法を使いたいということだ。

スパゲッティを食べるときはフォークを使いたいし、布団を干すときは物干し竿を使いたい。

そういう細部にこだわりたい。

そういうことだと思う。いやよく分からない。