象の夢を見たことはない -240ページ目

人は何度生まれかわれるのだろう

一生のうちに。



小さな宇宙。

自分に夢中になれば、世界は自分にシンクロする。さいきん、そんなふうに感じることが多いのですよ。出会いっていうのは不思議ですなあ。自分だけでは変われない。

人は変われるんだってことを見せてくれる人にひそかに感謝スマイル

ある支点

人づきあいが苦手だ。
苦手ではないが、かけひきが嫌。
嫌ではないが、利用するだけで与えない人がキライなのである。

自分は動かなくて人を動かそうという人間が心底嫌いなのだが、そんな人間そうそううまく生きられるものではない。人の間で生きるモノである以上、入出力のバランスをとっていないとうまくいかない。

バランスったって、自分が板の上でバランスを取るようなイメージではなく。。それだとアウトプットとして出てくるものは何もない。

バランスを取るのがウマイ人はテコを使うようで、みずからが動いてシステムの支点をずらす。利害の共通するグループや部隊に新しいバランスをとらせる。

$ニャンちゅうなブログ-正月に読んだ本

正月に読んだのはこの一冊だけ。
セレンディピティでもそうだが、イノベーションを起こせるのは異端児だけだというのが感想。
イノベーション、素人発想と玄人実行が必要ということで、もちろん一人でなせるものではない。
ワンマンというのは人の力を借りるのがうまい。そういう人しかイノベーションを起こして、それを会社として成功に導くことはできなさそう。

この本を読んでいると、ジョブズはただのわがままな策士のように思えるが、そうではないだろう。

イノベーションというと、この本。

成功者の絶対法則 セレンディピティ/宮永 博史

¥1,470
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この本、読んでみて最初に目に浮かんだのは経験と論理のピラミッド。ただそのピラミッドの頂上は、台座から離れて浮かんでいる。そこにセレンディピティっていうのがある。
跳躍があるが故に法則は届かない。そこに至る方程式はない。でも、確かにそこにある。

人との出会いで面白いと最近思うのは、キーワードは実は最初に出ていることが多いこと。
直観って最初にイキナリ跳ぶんだよね。なんなんだろうねえ、不思議だ。
洗練を重ねても跳ばない。いったんなにかを離すと跳べたりする。そういえば、地域再生のキーワードは、「バカ者、若者、よそもの」だとか。

インドで作業してたとき、インド人から出されたアイデアに「えっ?」と思ったことがある。そのころは力がなかったのでそれをつなぐことができなかった。線表もあるし。
ジャスト・イン・タイムだと無駄なことをする時間がないのでイノベーションなど起こるわけがない。
なので、今こういう本が売れるのかもしれない。

『名人は危うきに遊ぶ』という白洲正子さんの本がある。

名人は危うきに遊ぶ (新潮文庫)/白洲 正子

¥420
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この中に、『はさみ』というエッセイがあるのだが、奇しくも豊田章一郎氏の元日の新聞の話から始まっている。戦後の教育では、画一的管理者ばかり養成してきたので、職人がいなくなった。それが今日の企業の混乱を招いたと。で、白洲さんがつかっていたハサミの話に入る。

ハサミといっても花鋏で、これは二枚の鋼の刃を真中でとめてある。この止め金のことを「遊び」というらしく、ここが花鋏でいうと一番重要な部分だとか。使うときには、片手で花を持ち、もう一方の手で鋏を使うが、「遊び」の部分がきついと鋏が開きにくく、ゆるすぎるとうまくかみ合わない。

あるとき錆びたので知り合いの研磨屋さんに持っていくと、この花鋏だけは研ぐことはできない。「遊び」を外すと元に戻らないからと言われたと。鋏を作った職人も断ることのできる職人もえらいと思った。何でもないことだが、「遊び」が完全にできる人は一人か二人しかいない。

そう結ばれている。なんだか、遊びもいろいろ難しい。

今年の抱負

「おいしい水を飲みたい。おいしい空気を吸いたい。安全なものを食べたい。家族には長生きしてほしい。エコって自分と家族のためのエゴなんだけど、それを否定したりしなくていいと思うんですよ」。

坂本龍一の言葉なのだが。結構、このあたりの胡散臭さが村上龍と共通していて。

で、植樹などをしたり。別にそれでいいと思うが、男ってのはまわりくどい。

そのあたり、とっぱらいで直截的な表現、むき出しの人間っていうのが見たくなることがたまにある。冬だから?だろうか…。なので石垣りんだったり。。

子供に戻るっていうのが、自分の今年のキーワード。。のような気がする。

自分が子供の頃ってちっとも子供らしくなく、なにかに閉じ込められていた。いまになっていろんなものを肯定する余裕が出てきた、そんな感じで。不景気だからこそっていう逆境がモチベーションを刺激しているんだろうか。我を忘れたい、そこになにかがあるんじゃねえのかと。

名人は危うきに遊ぶというが、そういうときの遊びって結構ヤバイ。生命の力っていうのはいよいよそんなときに限って不思議な力を発揮するんじゃねえのかと。

   星空   三日月   星空   夜の街   星空

先日、紹介した石垣りんの詩で、いきなり島という表現が詩の中に出てきて「なんじゃいな?」と思った人がいると思うので、とりあえずその謎解きをしておかないとと思ったので… 
子供の頃、東海テレビのクロージングVTRで石垣りんさんの「おやすみなさい」という詩が朗読されていて。。

私たち生まれたその日から眠ることをけいこして来ました。
それでも上手には眠れないことがあります。
今夜はいかがですか?


っていうのがテレビのクロージングまで起きていた自分の図星さされているようで当時は妙に恐縮した。。よい詩です。

おやすみなさい       石垣りん

おやすみなさい。

夜が満ちて来ました
潮のように。
ひとりひとりは空に浮かんだ
地球の上の小さな島です。

朝も 昼も 夜も
毎日
何と遠くから私たちを訪れ
また遠ざかって行くのでしょう

いままで姿をあらわしていたものが
すっぽり海にかくれてしまうこともあるように。
人は布団に入り
眠ります。

濡れて、沈んで、我を忘れて。

私たち 生まれたその日から
眠ることをけいこして来ました。
それでも上手には眠れないことがあります。

今夜はいかがですか?

布団から やっと顔だけ出して
それさえ 頭からかぶったりして
人は 眠ります。
良い夢を見ましょう。

財産も地位も衣装も 持ち込めない
深い闇の中で
みんなどんなに優しく、熱く、激しく
生きて来たことでしょう。

裸の島に 深い夜が訪れています。
目をつむりましょう。
明日がくるまで。

おやすみなさい。


普通はこんなふうにまる写しなどしませんが、りんさんなので…。

『新年』 石垣りん

新年

それは昨日に続く今日の上

日常というやや平坦な場所に

言葉が建てた素晴らしい家、

世界中の人の心が

何の疑いもなく引越して行きました。


宇宙の片隅で―石垣りん詩集 (詩と歩こう)/石垣 りん

¥1,470
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石垣りんの詩集で持っているのはこれ一冊きりだけれど、不思議とこれ一冊で一年のはじまりは満たされるような気がする。
『太陽のほとり』 『新年』 『朝日が昇るとき』 『新年の食卓』。
新年を迎えるにあたっての詩が4編も収録されている。。毎年、新年に詩を作ってたんだねぇとあらためてなんだか愛おしくなる。

あらためて家族と向き合う日。正月はそんな家族の来歴について考えてしまう日だったりもする。

元日に
家族そろって顔を合わせ
おめでとう、と挨拶したら。

そこであなたは
どこからおいでになりましたか、と
尋ねるのも良いことです。

ほんとうのことはだれも知らない
不思議なえにし
たとえ親子の間柄でも
いのちの来歴は語りきれない。


正月だから、家族と喧嘩する。そういうことだってあっていいと思う。ってか、自分はそうだったんだよ、今年。いや、家族ったって性格なんてバラバラだねえ、ホント。身体は似てるんだけどねぇ。
正月って、以外と見えなかったものや我慢してたことが噴き出したりする。
でも、誰でも、どんな家族でも以外とそういうもんなんだよね。正月っから喧嘩するっちゅうねん。で、自己嫌悪で落ち込んだりとか。そういうことって誰にでもあるっていうことが以外とわからんかったりする。そんなあたりまえのことを教えてくれる石垣りん。好きなのだ。

そして取り囲む新年の食卓
これは島
手にした二本の箸の幅ほどに
暮しの道はのびるだろう
きょうから明日へと細く続くだろう。


そう。明日へ続く。ありがたいことに。。

お正月

お刺身お刺身どーん!

$ニャンちゅうなブログ-さーしーみー

牡蠣牡蠣どーん!

$ニャンちゅうなブログ-牡蠣ぃ

伊勢海老伊勢エビどーーん!!

$ニャンちゅうなブログ-いせえびー

日本人で良かったあ~音譜

今年は相差の民宿でお正月でした。ひらめの縁側って噛むほど旨いんですね。初めて気付きました。

今日から質素に生活したいと思います。うそです。
と今年もポジティブぶって行きます。はーい。

今年もよろしくお願いします。