良き物語はひねり出すものではない。
蒸留により生み出されるものだ。

                               ー  レイモンド・チャンドラー  ー





キスをして

裸にされて

ベッドに倒されて

愛し合った。




大好きだ……。

写真の犯人もわかって、和解して

スッキリしたところで、

愛し合えた。

ずっと、振られるのではないかと不安だった。

それが、今はこんなに……

100%、HALへの愛と、HALからの愛で

心が満たされていた……。




終わったあとも、あたしはHALを羽交い締めにしていた。

HALはあたしの髪の毛を撫でていた。




HAL「実は、わたしも太ったんです」

あたし「へ?そうなの?」

HAL「はい、同棲し始めてから、6kgも……」

あたし「ええ?全然見えない!」




HALも痩せ型だ。

全然気にならない。

6kgも増えたら、顔もぽっちゃり肉が付いてくるはずなんだけど

全然、太ったなんて気づかなかった。

それは、毎日顔を合わせてるからか?

何週間ぶりとか、久しぶりに会ったら

あれ?太った?って気づくのか??



HAL「なので、ちょっと……最近ジム行けてなかったので、絞りたいと思いまして……」

あたし「あ、だからジム行こうと?」

HAL「嫌なんですよ。いつも愛美さんの前では完璧でいたいので」

あたし「え……?」




HALもまさか

あたしみたいに、自信ないの?

え?

こんなに完璧な男なのに!?




あたし「ちょ、HAL完璧じゃん!パーフェクトじゃん!これ以上カッコよくなってどうすんの!?」

HAL「いや、全然です。今退化してます」

あたし「た、退化って」

HAL「25過ぎたら、代謝が一気に落ちてくるんですよ。今から太ってたら、30過ぎたらどんどん太ってしまう。それだけは絶対に許せなくて 」

あたし「マジですか……」




なんて美意識の高い男なんだ。

とはいえ、ちょっとおなかがポッコリ出てるHALを想像したら

それもちょっと可愛い。

好きだからこそ、なんでもいい。

……とはいえ、お相撲さんみたいに太ってHALが見る影もなくなってしまったら。

それはそれでちょっと嫌だけど……。

いや、浮気の心配が減るのか?




HAL「予定たてましょうか」



HALがあたしの両手からの呪縛を解いて、立ち上がった。

そして、トランクスをはいている。

…………。

じーーーーっと、おなかを見てしまった。

全然、出てないけども。

それよりそのHALの太ったという脂肪を

あたしの胸に移植してくれ。

そう願わずにはいられない。

そして、あたしは自分の胸を触ってみた。

全然変わってない!!

3kg増えた贅肉はいずこへ!?

おなかとかに付いてないでしょうね!?

胸を思いっきりワシャワシャ揺らしてみた。

揺れる脂肪すら付いてない!

なんにも変わってない!

もう死にたい!




HAL「……なにやってるんですか。コーヒー淹れましたよ」

あたし「あ、ありがとう」




見られてた!




あたしも急いでパンツはいてパジャマを着て

HALのソファーの隣に座る。




HAL「休みは……この日なら休めそうですね」

あたし「27日?おっけ。じゃ、HALはその日ジムだね!あたしはホテルで待ってる!」

HAL「あ。一緒に行きます?ジム。この前ジム行こうかって話したでしょう」

あたし「え!いいの!?」

HAL「まあ、愛美さんは痩せなくていいと思いますけどね。体力作りって名目で」

あたし「体力……確かに最近、体力自信ないわ……」

HAL「じゃ、この日一緒に行きましょう」

あたし「う、うん……!」




やった!

デートだ!

ジムだけど、HALと一緒に行動できるんだ!

ついでにHALを狙う、ジムにいる受付嬢とか、女のトレーナーとかを一網打尽にしてやる!!




HAL「会員制だけど二人で出来るか、確認してみますね。あと他にも休み決めた方がいい?」

あたし「あー。もし出来るなら!」




リナに、調査代金を払いに行かないといけないもんな。

HALが確実に仕事の日に、リナと約束したい。




HAL「この日は会議ないから……次に休めるのは4月2日ですね。午前だけ顔出したいんですが13時には帰れますよ」

あたし「おお?てか大丈夫?HALもっと忙しいんじゃない?」

HAL「誘拐事件の時遅れを取った仕事は全部済ませたので大丈夫ですよ。それに……」

あたし「ん?」

HAL「同棲出来るのも、あと僅かな気がしてるので」

あたし「え……!?」

HAL「もう、狙わないと約束したらしいです」

あたし「え!?誰と!?」

HAL「Jです。ただ、Lowyaは、審判の時が来た。その日まで、何もしないと」

あたし「し、審判の時!?なんて厨二病的発言!」

HAL「その日はいつかと聞いても、答えてはくれなかったらしいのですが。とにかく、愛美さんには手を出さないと……だから……」




ブラックコーヒーを見つめながら

HALは少し寂しそうに、言った。




HAL「明日にでも、本当は……愛美さんは実家に戻ってもいいんです」

あたし「…………」




いやだ。

もっと、一緒にいたい。

いやだ……。




でも、だめだ。

こんなホテル生活続けてたら、HALが破産してしまう。

HALの家で同棲してるわけではない。

毎月このホテルに、何百万という宿泊料金を支払ってるんだ。

それならば、一刻も早く実家に戻らないといけない。

理性ではそう思っていても

感情が許してはくれない……。




あたし「HALも……お金かかるしね……」

HAL「いや、そんな心配は」

あたし「そ、それに……ほら。結婚生活は、結婚するまでのお楽しみってやつだし……」

HAL「それは……わかりますね。新居探したり、家具を買いに行ったり……楽しそうですよね」

あたし「うん……絶対、楽しい……」




あたしは溢れる涙を堪えて

HALの肩に、頭を乗せた。




あたし「でも、まだまだ結婚出来ない……」

HAL「え?」

あたし「就職しなくちゃ……親に、大学費用払わないと……」

HAL「そんなものわたしが払いますよ?」

あたし「いやだ。どこに中退した大学費用を彼氏に払わせる彼女がいる!?」

HAL「いや、そんなの結婚した家事のお給料だと思えば」

あたし「世界中のどこに旦那から給料もらって家事をやる奥さんがいるの!?いないよ!?結婚したらそれは当たり前なんだもん!」




一気にあたしは、涙腺崩壊していた。




あたし「嫌なの!あたしは彼氏にお金をたかるような女にだけはなりたくないの!お金を借りたら人生終わりだよ!?親とかならまだわかるけど!バイトしかしてないあたしの人生、このままHALと結婚してお金に困らない人生送ってみ!?絶対に人間として、いや、大人として、社会人として最低最悪な人間になる!!」

HAL「あ、愛美さん……」

あたし「ちゃんと就職する!節約して頑張れば一年ちょっとで親に全額返せる!借金なくなって綺麗な身で、HALと結婚したいの!」

HAL「……愛美さんって……意外と常識人なんですね」




HALはあたしの頭を、なでなでしてくれた。




あたし「それはなに、説教?常識にとらわれるなっていう」

HAL「いいえ。わたしはそういうお金や物で心動かされないところが好きになったから……でも、そこまで深く考えてるとは思わなかった」

あたし「……」




そういうところが好きになったから。

この言葉で、更に涙が止まらなくなってしまった。

あたしという人間を「素」で、好きになってくれたんだと。




HAL「本来なら、お金をあげたい所ですが……わたしは愛美さんの希望を尊重します。就職して働いてる時に結婚してもいいですが、新婚旅行はかなり休む事になると思うので、やはり就職後に結婚するのは厳しいかもしれないし」

あたし「うん……ありがとう……」




この時は、あたしの意見を尊重してくれて

凄く、嬉しかった。

ただ、あたしは変な意地を張って

この幸せを逃してしまうかもしれないなんて

この時は、思ってもいなかったんだ……。




この時、HALにお金を借りて

結婚していたとしたら。

もし、そんな世界線があったとしたら

あたしの運命は、変わっていたのかもしれない。




それは



2023年の今だから、言えることだった。